Chapter8 暗闇からの訪問者3
ジャラル医師の最後の晩餐から、平和な日が数週間続いた。大きな戦闘もなく、もともと身体の丈夫な街人たちは、暇つぶし以外では、診療所に寄り付かなくなった。唯一、アジャラにシャラフとマシャフが、冷蔵庫を借りに来るぐらいだった。
「ドク、開店休業だね。それとも、うちの商品の倉庫代わりにしてやろうか?」
アジャラがいつものように、コーラを箱ごと冷やしに来た。ミツルが言うには、温かいコーラが市場価格の五倍で、冷えたコーラは十倍するそうだ。ただ、毎日、黙ってコーラを飲んでいる自分はもっと悪党だとも言っていた。
軍は一日に二度見回りに来るようになった。ほとんど戦闘用走行車両でぐるっと街を一回りするだけで、めったなことでは、銃を見せることも無かった。
その日、定時の見回りの車両に、ケビンが乗り込んでいた。
「ツナミ、いるか?」
「やぁ、どうしたんだい?珍しいじゃないか」
「実は、耳に入れておきたいことがあってな」
「まぁ座ってくれ。そこの冷蔵庫にアジャラのコーラが入っているぞ? 飲むか?」
都並は血液保存用の冷蔵庫からコーラを取り出しケビンに渡した。ケビンはリングプルを引き、栓を開ける。プシューと音を立てて、細かい泡が溢れる。ケビンはその泡を口で受け、美味そうに喉を鳴らしてコーラを飲んだ。
「うまいなぁ、こんな場所で、こんな美味いコーラを飲めるとは思わんぜ!」
コーラを飲むケビンを見ながら、都並は尋ねる。
「で、話と言うのは?」
「うむ、話せば長くなるんだが。ジャラルが死んだ日、我軍の偵察航空機が攻撃されその流れ弾、ま、ロケットランチャーなんだがな、それが診療所に命中した。ここまでは、知っているよな?」
「ああ、勿論」
「実は、その迎撃した集団がはっきりした。直接、戦闘やテロには参画しない広報に近い立場の実力者で、この辺りにずっと潜伏しているようなんだ。我々をこの町の直前で攻撃してきたあの連中のようだ」
都並は、怪訝な顔でケビンを見た。
「それと俺が何か関係があるのか?」
「ああ、これが写真だ、預けておく。実は、確かな情報なんだが、かなりの重症を負っている」
「怪我? いつから」
ケビンは胸ポケットから赤いパッケージの煙草を取り出し、火を着けた。
「数日前、東の山中でだ。後一息の所まで追い詰めたが逃げられた。国境は完全に封鎖している。山中は全て捜索が終了した。後はこの町だけだ」
「それで、どうしろと?」
「もし、ここに来たら、引き渡して欲しい」
都並は、一瞬、爆炎とともに飛び散るジャラルの診療所を思い出した。砂が舞い上がり、細かな瓦礫が雨のように身体を打つ。
「引き渡せばいいのか? もし重症なら、治療する時間ぐらいはくれるんだろうな」
「ああ、勿論」
「判った」
ケビンは迎えの走行車両に乗り込んで帰って行った。
その日の夜遅く、静かな街に蠢く気配で都並は目を覚ました。数人が辺りを伺い走る。物陰に隠れ、気配を消し、見られることを聞かれることを嫌い、ただ、身を潜め静かに静かに足音を忍ばせる。日中は決して姿を見せない闇に潜む者たち。
『そこだ、その角を曲がった先』
―― スタッ、トン、カタッ
都並は耳を澄ませていた。すぐ近くでする物音。誰一人気付く者もなく、蠢く気配は身を潜めた。
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