Chapter4 医療品のない医療施設

 街へ入るなり、ミツルは車を停めた。

「ミツル、病院に早く行ってくれっ!」

 ミツルは何も言わず、一人で街の中を走っていった。周りの人々が不信の目で見ている。ドアを開け車を出ようとした都並の腕を掴んで止める。

「ドクター、たった一度の輸送任務だったから、名乗るつもりが無かったが、部下を救ってくれた礼ぐらい言わせてくれ」

 都並は、指示を出していた男がにこやかに微笑むのを不思議な感覚で見つめていた。

「私は、ケビン・ウイリアム。一応、今回の作戦の隊長だ。宜しくな」

 ケビンはそう言って、グローブほどのでかい手を差し出す。

「あ? ああ、都並です。一刻も早く彼を」

 まるで大きさの違う手で握手をする二人。

「ああ、承知している。ただ、この街では、我々治安維持部隊は、『味方』とは認識されていない。そんな中を突然、銃を持った兵士が現れたらどうなる?」

「ああ、そうか」

「ミツルは、信用できる男だ。我々も何度も救われている。信じて待っていようではないか?」

 人々が徐々に近づいてくる。

 一人また一人。

 人垣が出来始め、囲むように人の輪が出来る

 その輪が徐々に狭まり始める。

―― カチャリ

「やめろっ、銃から手を離せ!」

 人垣が迫る。その時、人垣を掻き分け白衣の人物が現れた。

「さぁ、みんな、場所を空けてくれ!」

 その一言で、輪が崩れた。

「怪我人は、誰だ?」

 都並は車から降り、白衣の人物の前に立つ。ミツルが間に入り、いつもの笑顔を見せた。ミツルが言った。

「この国一番の名医だ」

「君は、医者か?」

「はい、都並と申します」

「ジャラルと呼んでくれ。で、怪我人は?」

「ケビン、怪我人を降ろしてくれ」

 ジャラルは怪我人を一目見るとケビンに言った。

「いや、そのままでいい。車で運ぼう。悪いがみんな、道を空けてくれ、診療所まで、このまま運ぶ」


 ミツルが運転席にジャラルが後部座席に乗り込み、再び、車が動き出した。

「ところでツナミ、君は医薬品を持っているか?」

「いえ、ほとんど何も」

「診療所にはほとんど何もないぞ? 国からの支給品も保険機構からの支援も、こんな所までは届かんからな」

 ケビンは無線機を取り出し、話し始めた。

「現状報告。一名負傷、現在、街の診療所へ向けて移動中。至急、医療品および医薬品の補給を頼む。あと、輸血用の血液、RH-ABを5パック。そうだ、よし、郊外のポイントを指定する。食料他の物資も頼む」

 ケビンは無線機を置き、都並とジャラルを見て笑う。

「これで、貸し借り無しだ、ツナミ。二十分で郊外にヘリが到着する」

「軍人さん、たまには良いことするじゃねえか?」

「ケビンと呼んでくれ。このくらいはな」


 ジャラルは怪我人の状態を見ている。わき腹を押さえている手を握り、そっと傷から離す。

「このドクターは怪我人の君に、傷口を押さえさせていたのか?」

「あ、はい、傷口を見せてくれました。傷口が小さくて安心しましたよ」

「ほう、面白いことをするドクターだ」

「ジャラル先生、いけなかったでしょうか?」

「いや、その逆だな。怪我人や病人はいつも不安なものだ。安心させてやるのも医療の技術だろ?」

 ジャラルは、片目を瞑って笑って見せた。

 髭面で人懐っこい笑顔のドクタージャラルとは、こうして初めて会った。

 それからの一年、満足な医療品も設備も医薬品までもが不足した小さな診療所で、二十四時間の医療活動を行った。卓越した知識と技術。何もかもが日本での医師活動の数倍の経験と知恵を得ることが出来た。そう、あの日まで全てが順調に思われた。



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