Chapter3 最初の医療
見通し良いこの辺りでも、僅かな地形や砂煙の変化で陰になる場所もある。その僅かな『隙間』に潜む影こそが最も危険な存在である。
強烈な砂を含んだ熱風が徐々に晴れると、白く浮き上がった砂漠の道が遥か遠くまで見渡せた。道の両側には破壊され捨てられた鉄くずが所々に見える。車や戦車、中には航空機も見える。道を使うために、両端に綺麗に並んでいるのが逆に異様な姿に写る。
「前方に煙っ!」
助手席に座る兵士が突然叫んだ。
晴れ渡った青空に黒い煙が上がっている。背景の山と砂を含んだ風がその煙を見事に隠していたようだ。
「前方、およそ5㎞。本部連絡!」
車内は突如として緊張が走る。自動小銃の点検、弾丸を装填し、セーフティレバーを外す乾いた音。
「ドクター、シートに伏せてください」
都並は、シートに前屈みに伏せる。自分の心臓の音がロックバンドのバスドラムのようにバクバクと鳴り響く。
「速度、現状を維持っ。戦闘準備」
三人の兵士たちは自動小銃を持ち、飛び降りる準備をしている。
「目標まで五百。速度を落とします」
助手席の兵士が双眼鏡で煙の元を見ている。
「目標確認。停車後、左側の二名は左障害物を遮蔽に、右側の二名は本車両を楯に援護。展開後指示を待て」
ジープは、目標物のおよそ200m手前で急停止した。直後、運転手と後部座席の二人はドアを開け、無残な姿の乗用車に向かった。助手席の兵士ともう一人の後部座席の兵士は車から降り、自動小銃を構える。
都並が乗ってきたものと同じ大型のジープが頭をこちらに、腹を見せ横向けに横たわっている。道には黒い焦げ後が広がり、鼻を突く刺激臭が広がっていた。
「報告! 現認状況、人影は無し。接近します」
無線機から、声が聞こえる。
助手席の兵士が後部座席の兵士に右側を指差し廻す。それを見た兵士は目標物を迂回するように後方に回る。
「ドクター、車から降り、影に隠れていてください」
都並は車の右側に降り、横たわった同型車を見る。
「おかしくないか?」
都並の独り言のような呟きに指示を出していた助手席の兵士が反応する。
「何がですか?」
三人の兵士たちは、横たわった大型のジープに近づいていく。
「あの車両はどう見ても、車両の右側、つまり我々の方向から攻撃……」
何気なく後ろを振り向いた都並の視界に、キラリと光るものが目に入った。
「後ろ!」
都並の絶叫に、ミツルと指示を出していた兵士が振り向く。
かなり近くに動く影が見える。
「敵は後方に確認! 全員、遮蔽物に隠れろ!」
左側から、煙を上げる車両に近づいていた一人が、呆然と後方を振り向いて見ている。その直後乾いた破裂音と『パシュッ』と空気が勢い良く抜ける音が聞こえた。
―― パパン、パパパパンッ!
「応戦!」
道の中央付近にいた兵士の一人が崩れるように倒れる。
「ツナミ、車から離れよう!」
―― シュルシュルシュル……、ドゴンッ!
都並の乗っていたジープのすぐ左、ほんの十mほど先の形の崩れたトラックが赤黒い炎に包まれて燃え上がる。
「ミツル、ドクター、車で逃げろ! 街へ入れ」
「OK! さあ、ツナミ!」
ミツルは、車の中から、運転席に乗り込み、助手席以外のドアを閉める。
「さあ、ツナミ!」
都並は燃え上がるトラックも運転席のミツルも見ていなかった。道の中央付近に広がる血溜り、その真中で横たわる一人の兵士。今朝、笑顔で朝食を食べていた兵士。
『今、ここで笑ってるやつらも、今夜再び帰ってくるとは限らないからさ』
ミツルの言葉を思い出す。
『ここは、戦場なんだ』
「ミツル車をそこに移動させてくれ」
「待て、ドクター。何をする気だ」
「彼を助ける」
「無理だ、もう間に合わない!」
都並は、指示を出していた兵士に向き直り睨み付けながら言う。
「兵士の君になぜ判る? 俺は医師だ、怪我人や病人を助けるためにここにいる。君は兵士じゃないか? 俺たちを守るためにいるんじゃないのか?」
「し、しかし!」
「時間をくれっ」
「判った! 怪我人を確保する! 今から車が怪我人の元へ向かう、全員、援護にまわれっ」
無線機から、小さな返事の声が聞こえる。
「ミツル、行け!」
都並は車に捉まり、姿勢を低くする。タイヤの軋む音と砂煙を上げて、わずか数十メートルほどの距離を猛スピードで走る。同時に兵士たちも横たわった同型のジープに走る。
―― パパパパンッ、パパパパンッ!
分厚い大型ジープの防弾ボディに―― カカカカッカカカカッ―― っと銃弾が当たる音が聞こえた。
―― ザッザァー
血溜りの中、うめく兵士の直ぐ横でジープが停まる。同時に複数の乾いた音が聞こえた。
「ツナミッ! 時間がたっぷりある訳じゃないからなっ! できれば、直ぐにでも……」
―― パンパンッパパパパンッ、パパパパンッ!
「動くな、大丈夫だ」
「ドクター? 俺は死ぬのか?」
「動くな! 黙ってろ!」
肩口、わき腹、大腿部。計三発の銃弾を受けている。特にわき腹の出血が激しく致命傷になりかねない。どの傷も銃弾は貫通していた
肩口は止血用の応急テープを患部に重ねて貼り、足は止血帯と応急テープを貼る。
「ドクター、援護は任せろ」
運転手をしていた兵士が横たわったジープの影から抜け出し、都並に駆け寄る。他の兵士二人も、徐々に近づいてくる。
「ツナミ!」
「もう少し!」
ハサミで、戦闘服を切り裂き患部を露出させる。銃弾が抜けた下の方をガーゼで押さえ、その上から止血テープを貼る。銃創は入り口が小さく、出て行った痕が大きくなる。銃弾の螺旋運動が肉を引き千切るからである。
「おい! ほら、見てみろ。撃たれた痕だ。こんな小さな穴でお前は死ぬと思うか?」
撃たれた兵士に、都並は銃創を見せる。
「ホントだ、こんな傷じゃ死なないよな? けど、ドクター痛いよ」
「痛いのは、生きている証拠。さ、このガーゼで傷を押さえていろ」
ちょうどその時、右側から展開していた兵士と支持を出していた兵士が到着した。
「ドクター、どうだ?」
「車に乗せてくれ。あと、輸血も至急必要になる。彼の認識票にはRH-のABと書いてある。血液はあるのか?」
「なけりゃ、運ばせるさ。さ、車に乗せよう」
都並と指示を出していた兵士で、怪我人を後部座席に横たえた。そして都並は怪我人の横に潜り込む。
「よし、スリーカウントで、援護中断。車に乗り込め」
「イエッサ―」
ほぼ同時に、兵士たちは車に乗り込み、ミツルはアクセルを底まで踏み込んだ。後方でまだ乾いた破裂音が聞こえる。
大型のジープは、猛スピードで疾走していった。
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