Chapter1 戦地と言う名の地獄
「ドクターツナミ。この国では、誰一人信用してはいけません。信用できるのは自分だけ、そう考えてください。荷物をお返ししますが、無くなっている物が無いか今のうちにお調べください。あとで言っても絶対に戻ってきませんから」
現地の平和維持軍の役人は事務的に用件を済ます。テーブルのカバンを開け、荷物を確認する。電気シェーバー・デジタルカメラ・ノートパソコン・財布の中の現金―― 犯人は人情があるのか、僅かばかりの現金は残されていた――その他の金目のものはほとんど無くなっている。
「どうですか? 無くなったものはありませんか?」
ツナミは、また面倒に巻き込まれるのを嫌い、笑顔で答えた。
「何も無くなっていません」
「そうですか、では、ここにサインを」
このサイン一つでツナミは、撃たれようが、殺されようが『名誉の戦死』と呼ばれる不本意な一言で全てが済まされる地獄に踏み込むことになる。判っていたことではある。が、しかしどうしても感情がサインを拒み小さく震える。人を殺して褒められる場所。それが戦場。
軍舎で待っていた保健機構の使いは、へらへら笑いながらツナミの会話を聞いていた。ツナミ自身気にはなっていたが、どうせ日本語が判る訳が無いと無視するように心がけた。
一通りのサインが終わると、その内の一枚を小さくたたみ胸ポケットに入れ、残りを軍人に手渡した。
「では、私はこれで」
「おい、俺はどうすればいいんだ?」
廊下を急ぎ足で歩きながら役人は一度だけ振り帰り面倒そうに言った。
「隣の彼がどこへでも案内してくれますよ」
隣には、髭面のやたらへらへら笑う男が、テーブルに座り都並を見ていた。保険機構のの使いだと言うが、どうせ金目当てだろう。
「旦那さん、電気製品と現金をいかれたでしょう?」
「あんた、日本語話せるのか?」
「一応ね、これでも、日本生まれなんですよ。どうします? すぐに現地に向かいますか? 夜だから、襲われたら一たまりもありませんがね」
「この近くに泊る所はあるのか?」
「無くは無いですが。ちょっと待っていてください」
保険機構の使いは、施設の奥に入っていき、上級軍人らしき人物と話していた。巨大なカマボコ型のテントは、様々な人種・年齢の人が行き交い、そのほとんど全員が銃を携帯している。決して、映画やテレビではない現実を、都並は叩きつけられた気がしていた。
待つほども無く、使いの男はモスグリーンの毛布と札のついたカギを持ってきた。
「奥に軍関係のゲストルームがある。今夜ゆっくりするといいよ。明日の朝、迎えに来るから、朝食は一緒に食べよう」
彼は、テントを出るとそれだけを言い、入出ゲートを通って行った。
「あ、おい! せめて名前を!」
「こんな顔してるけど、ミツルって呼んでよ」
暗闇に彼が消えると途端に不安になり、日本が懐かしく思えた。
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