第2話 秀喜

 秀喜は幼少期から、奇妙である、周りから、生きた人間としてではなく道端に転がる死んだ烏を見るような目で見られていた。


 まず、最初に彼の異変には生まれて数か月後に親が気付いた。


 彼は一才にも満たないのにもかかわらず全くと言っていいほど泣かないのである。利口な子だ、と親は、初めのうちは、喜んでいたがやはりここまで泣かないとなると不安になる。しかし何度医者へ連れて行っても「異常なし」の言葉が返ってくるばかりであった。まさか、とは思ったが秀喜は親に迷惑をかけないよう配慮しているのではないか、と考えたほどであった。


 まさか、とは思ったが。


 そして園へ入っても様子は変わらず、泣くことはなかった。泣くことがなかったのと同時に笑うこともなく、遊ぶこともしなかった。のち、小学校へ入り、中学校へ上がってから彼の行動は増して大勢から外れた。


 まず、彼は休み時間なども他と触れ合わず、一人読書をしていた。というのも文字を読んでいたというよりは文字と文字の間の空白を読んでいた、と記した方が正しかろう。誰にも影響されず、だれも影響しないレトルトパウチとして生きていた。よって誰にも悪口の対象にされず、存在、としてだけしか認識されないまま生きていた。


 と、いうのも彼はある信念に基づいて生きていたので仕方がないのである。彼は、他人を傷つけないまま死ねればいいと考えていた。けれども今は親がいるから死ねない。独立したらアフリカにでも行って世界と縁を切ってからサファリの王者の餌にでもなってしまおう。そうすれば、その晩餌食となる運命であった鹿一匹(や二匹)救われる。自分の御陰で命が一つ(か二つ)救われるのだ。そうして死ねれば十分ではないか。自分の命と引き代えに畜生が生きるのだ。けれども苦しみと共に死にたくない。現地の山賊かなんかに一発バキューンと銃で撃たれてから獣の餌となれればそれ以上の幸福はない、そう感じていた。


 そんな彼に転機が訪れたのは高等学校入学直後だった。彼の人生で初めて人間らしいことをした。というのも、恋をした。それも、尋常な恋ではなかった。その過程については、以下のとおりである。


 相手の名前はシツ子、と言いそれは僅かな手のふれあいから始まった。秀喜が本を手から滑らせ、それを拾おうとした自身の手とシツ子の手が目的地に着いたのが同時だった。一瞬の間だったが触れた瞬間、静電気がパチッ、と塩ビパイプから金属板の間で走るように彼らの間にもある一種の電気が走り通り、それぞれ初めて恋をしたのであった。世の中ではこれを一目惚れと言うらしいが一目惚れは冷めやすいと論じるものがあれば考えを直した方がよい。彼らほど誠実な恋は現に少なく、数日後シツ子が踏み切って彼らは付き合い始めた。


 死んではいけない...


 この世で生まれてきた意味が分かった。


 人生の意義を秀喜は初めて心得たのだ。何よりも大きく、守りたい人ができた。守らなければいけない人ができた。


 と、いうのもシツ子は秀喜と同じく、世の回りに逆行し、人と接することを大の苦手とし、若いうちから暗い子、として同年代のものからもそれらの親からもあたかも車にひかれ、人間の嘔吐のような色をした内臓が外部に三分の一排出された猫を避けるかのように避けられてきた子であった。


 時と共に彼らの恋も真実味を増し、実体化され、やがて愛へと発展した。彼らは付き合って六年後結婚した。結婚というのも名だけのものであって式のようなものは二人とも苦手としてきたから無論開かない。開いたとしても訪れるのは親戚ばかりであっただろう。


――――――――――


第二話をすべて読んでいただきありがとうございます!

3話では、凶介、秀喜双方が登場します!コメントを何でもいいので残していってください!あと★も。

次回からがこの物語の山です。お楽しみに!

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