第7話 (回想)共通のイマジナリーフレンド
「そ、それは精神に何か問題があるとか、そういうのですか」
「あー、そういう人もいるにはいるけど、イマジナリーフレンドは病的なものとは分けて考えるのが普通かな。言ったろ、成長の過程って」
それにね、とやや前かがみになって素子が続けた。
「見えなくなったイマジナリーフレンドは、記憶の中から消えてしまうことが多いんだ。そういう友人がいたことを忘れてしまっただけで、君自身にもいたかもしれないぞ」
「そんな……」
そんな覚えはない。
だけど忘れただけだと言われたら、彰には確認のしようがなかった。
「とにかく特別なことじゃないってことだよ」
シナモンスティックをカジカジ噛んで、素子が姿勢を戻す。
「それからね、ここからが肝心なことなんだけど、イマジナリーフレンドは複数の人間と共有できる場合があるんだ」
「え? 想像上の人物を?」
「そう。同じものを複数の人間が共同で保有することがある。話をしたり、時には同じ場面を共有したり」
俄かには信じられなかった。
個人の想像を、他人が同じように体験することができるのだろうか。
とっても不思議だよね、と素子が彰に同意する。
「真実かフィクションかについては諸説あるけど、戦時中、捕虜になった者達が架空の少女を作り出して規律や節度を維持したという話もある。喧嘩をしてしまった時には見苦しくて申し訳なかったと謝り、着替える時には裸が見えないよう毛布を吊るす。まるで本当にそこに一人の少女がいるかのように紳士的に振舞うんだ。まあ、この話の場合、最初にそういうことをしようと提案する者がいたようだし、ごっこ遊びのようなもので厳密にはイマジナリーフレンドとは違うのかもしれないけどね。それでも日常の中で幻想を共有した例としては分かりやすいだろう」
「アイラも、同じものだと言うんですか」
「そうだよ」
話の流れを汲んで問うと、素子が頷いた。
「この学校には、代々アイラが存在する。最高学年に在籍する美人の女生徒。いつからいるのか誰が作ったのかは分からない。私が赴任した三年前にはすでにいたし、それより前からいる先生も同じことを言っていたから、歴史は長いのかもしれないね。先輩から後輩へ。当たり前のように存在が受け継がれて今に至る」
アイラはただ一人卒業しない生徒だ、と素子は言った。
ずっと中学三年生で、ずっと七峰中の生徒なのだ。
子ども達の崇敬を集め、相談に乗り、時には小さな仕返しをする。
鬱屈しやすい年頃の子ども達にとって、それは必要な存在なのだろう、と素子が説いた。
「それからね。イマジナリーフレンドを保有している人のほとんどは、それを想像上のものであると認識しているんだ。だから君のように真面目にその存在を問いかけると変な目で見られるよ」
「え」
それはなんと言うか、ちょっと意外だった。
実在する人物のようにアイラを語る彼らが、思いがけず理性的であると知らされたからだ。
「君が変だと思うくらいアイラについて知れ渡っているのは、長年積み上げられた設定があるからだよ。キャラクターの細かい情報を共有していれば、生まれるエピソードにも齟齬が出にくいだろう」
一人一人が二次創作の作者のようなものなのだろうか、と彰は思った。
アイラ、という一人の少女を題材に、それぞれが好きな物語を紡いでいる。
彰の考えを補強するように、素子が言い添えた。
「アイラに関しては、実際にその姿を目にしている人は少ないんじゃないかな。そういう意味では、収容所の美少女と同じ、厳密にはイマジナリーフレンドとは異なるものと言えるかもしれない」
シナモンスティックをゴミ箱に捨てて、素子が彰を見つめる。
「それでもアイラは確かに存在する。子ども達の生活の中に。時々、大人達の日常の中にも」
決して特異なことではないんだ、と素子は再度繰り返した。
「彰―、昨日の英語の小テストどうだった?」
「アイラにヤマ教えてもらってたから、まあできたよ」
「えっ! ずるい! いいなあ、そういう情報は俺にもくれよ」
現象に理屈が与えられ、納得さえしてしまえば、それはもう怪異でもなんでもなかった。
慣れてしまえば、自分でもアイラを日常に織り込ませることができる。
素子から話を聞いた後、彰は他の生徒同様、アイラを受け入れることを決断したのだ。
日常とは繰り返しの中に存在する。
アイラを語り、アイラの話に耳を傾ければ、この学校では他に何の不都合もなかった。
共通言語を持つことで、クラスメイト達ともより深く繋がることができるという利点さえある。
僅かに残る違和感と、隆二への小さな罪悪感を除けば、そこには快適な日常が広がっていた。
アイラを認めない隆二とは疎遠になった。
どちらかが何かを言ったわけではない。何となくそうなったのだ。
そうして気づいた。
隆二がクラスで浮いていたのは何も強面だったからではなく、アイラを受け入れなかったからなのだ、と。
彰には、異物として日々を過ごしていく勇気などなかったが、隆二にとっては自分の矜持を守ること方が大切だったのだろう。
あるいは、祖父が口にしたという警告に従っているのか。
いずれにしても、隆二とは道を違えてしまった。
そのことだけが、彰の胸に突き刺さる小さな小骨となっていた。
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