第4話 (回想)寺井隆二という男


   *


 隆二と初めて会話をしたのは、転校してすぐの頃だった。

 教室移動に出遅れて、誰もいない教室で一人途方に暮れていた彰を隆二が探しに戻って来たのだ。


「ああ、やっぱり。あっちの教室にいないなからもしかして、と思ったけど、案の定取り残されてたな」


 にやり、と笑った隆二の顔は今でも鮮明に覚えている。

 片方の口角だけを器用に上げるその笑みは、ちょっと悪そうで、大人っぽくも見えて、格好良かった。


「おおい。聞こえてるか。呆けてる場合じゃねーぞ」


 ぼう、としている彰の目の前で、隆二が手のひらをひらひらさせる。

 はっとして、彰はとっさに謝った。


「ご、ごめん。びっくりして」


「びっくり?」


 そりゃするだろ。びっくり。

 ためらいがちに、彰は自分より背の高い隆二を見上げて言った。


「だって俺、転校してから一度もあんたと話したことないよ。だからまさか探しに戻って来てくれるとは思わなくてさ」


 隆二と彰の席は、教室の一番後ろに位置するという共通点を除いては、それほど近くない。授業中活動を共にすることもないし、ちょっと声を掛ける、というには微妙に距離が離れている。


 加えて隆二は自分から誰かに近づいていくようなタイプではなかったし、彰にしても多くの生徒がそうであるように、彼を少し怖い存在だと思っていたから、ことさら関わろうとはしなかった。


 そうなると接点らしい接点はなくなって、言葉を交わすどころか視線が噛み合うことさえ、今の今までなかったのだ。


 彰の言葉に、隆二が僅かに首を傾げる。


「そうだっけ?」


「そうだよ」


 頷きながら、彰は思わず笑ってしまった。


 隆二にとって人を気にかける、ということは仲の良さに比例するものではないらしい。

 一言も口をきいたことがなくても、いないことに気づけば当たり前のように探しにくる。そういう男なのだ。


 いい奴だな。


 それまで隆二に対して構えていたのが嘘のように、その一件で彰は彼を好きになった。


 クラスの中では何となく浮いて見えていた隆二は、その実理知的で頼りになる男だった。

 話してみると気も合ったので、それから二人は何かと連れ立って行動することが多くなった。

 保健委員に入った彰に付き合って保健室にもよく顔を出していたから、素子が抱く印象はここからくるものだろう。


 そう。確かに仲は良かった。

 アイラに、関わるまでは。


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