第2話 魔草と現実

「あぁ。それで、……なんだ? あぁ。そう。魔物」


 男は少女から目線を外し、再びその目を宙へと漂わせた。


「どこかにあるから、生まれ続けている魔物。……未だに人間はこの魔物から領土を守ろうと各地で戦い続けている」


 男はそう呟くと、くっくっと喉を鳴らし笑みを浮かべた。


「お嬢ちゃん。俺がいまなんの商売をしているか知ってるか?」


 男が緩慢な動きで床に散らばった小瓶の一つを拾い上げた。


「これだ。気持ちよくハイになる魔草まそうの販売だよ。一度この味を知ったが最後、骨と皮だけになって野垂れ死ぬまでこの快楽からは逃れらんねぇ」


 少女が男の言葉に説得力を感じたのは、なんてことはない、目の前に座っている男自身が、すでに枯れ木じみた風体をしているからだ。


「本来ならこんな危険な代物、取り締まって規制すべきだよな。だが国はそうはしない。この魔草の存在を知りつつも、黙認しているのが現状だ。……なぜだかわかるか?」


 ふいに問いかけられた少女はわずかに肩を揺らす。

 状況を考えれば、こんな男の与太話に付き合っている暇はないのだが、男の目の奥にあるえもいわれぬ迫力に押され少女は黙って首を振った。


「くっくっく。簡単な話だお嬢ちゃん。まともな神経をしてる奴ほど、魔物と戦うにゃまともな神経じゃいられないってことだわな」


「……それって」


 少女はぶるりと身体を震わせた。得体のしれない気持ちの悪さが胃の奥からせりあがってくる。


「そうさ。『お国のために、廃人になっても戦ってくれ』ってことだ。……おかげでおれの商売は大繁盛。正気を保てなくなった騎士共がひっきりなしに魔草を求めてやってくる。……嗚呼、素晴らしき世界かな」


 男はそう言ったきり、糸が切れた人形のように全身をだらしなく垂れ下げ黙りこくってしまった。


 時折、夢を見ているかのようにぴくりぴくりと指だけが動く男に軽蔑のまなざしを向け、少女は部屋を飛び出した。


 ******



「お願いします! 助けてください!」


 少女は力の限り扉を叩き、声を出した。

 そこは王国に仕える騎士団たちの駐屯場所である建物だ。


 表にはデカデカとその象徴である旗が立てられている。


「どうした? 何があった、お嬢ちゃん」


 中から出てきた若い騎士が腰を屈めて少女に目線を合わせる。


「村が、……私の村が魔物に襲われているんです!」


 若い騎士の優しいまなざしに安心感を覚えた少女は、ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら訴えた。


「それは大変だ! どこの村だい?」


「ラッタンです! お願い! 早く!」


「ラッタン? 隣村じゃないか。それはまずい、早くみんなに知らせないと」


 そう言って腰を上げた若い騎士は、建物の中に入っていった。


(魔物が現れたそうです! 隣村のラッタンです! はい!)


 外に取り残された少女の耳に、うっすらと中の声が聞こえてくる。


(すぐに向かわないと! ……え?)


(……そんな! それじゃあラッタンは……。……いえ。……はい。……わかりました)


 誰と会話しているのか、声の大きな先ほどの若い騎士の声しか聞こえない。


 ほどなく、扉が開き若い騎士が姿を現した。


「あ、あの!」


「大丈夫だ、お嬢ちゃん。……すぐに助けに行くから、君はどこかで待っていなさい」


 少女の肩に手を置いた若い騎士は、なぜだか今にも泣きそうな表情に見えた。


 少女は一抹の不安を抱えながらも、騎士を信じて駐屯場所を後にした。

 



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