リアル源氏物語生活
保険営業マン山田直人
2
朝日がさす穏やかな日曜日。数少ないくつろげる休日である。
何が完全週休2日制だ。土曜も出勤日があるなんて話が違う。文句もタラタラにテレビをつける。ニュースでは普段使う路線の遅延情報が報道されている。最寄りの路線が使えないと乗り換えが大変だ。休みの日でよかった。
さてさて今日は何をしようか。美希ちゃんとカフェでも巡ろうか、それとも沙織ちゃんと水族館でも行こうか。こう言ってはなんだがデートに誘う女性はよりどりみどり。選びたい放題だ。洗面台の鏡に映った ”山田直人”がこちらを見ている。よし、今日もかっこいい。
由美さんとデートにしようとメッセージアプリを起動する。と、ここで着信がきた。 画面には「神宮寺部長」と書かれている。俺が働く保険会社の営業部門の上司だ。
「なんやねん。せっかくの休みの日に」
寝ていて気づかないことにしようか。 保険は弱者を救う最後の砦だが、それは俺たち保険セールスマンの犠牲を元に成り立つ理想である。皮肉なことに、弱者であるはずの俺は救済なく働かされていた。
「もしもし、山田です。神宮寺さんどないしましたか?」
俺は、内心テンションが下がっていたが勤めて元気な声で電話へ出た。
「おお、山田くん。休日に呼び出してほんまごめんな。先日のP社の顧客の件で電話したんやけどーー」
要約するとこうだ。P社で生命保険の保険金申請がここ2週間で2件入っていた。2件とも死因は自殺とのことだが、不審に思った遺族が警察に相談することにしたらしい。そのため、保険の手続きは一旦保留にしてほしいとのことだった。心優しい神宮寺部長は、俺が休日に仕事を進めないように配慮し連絡してくれたのだろう。でも休みだしメールでいいじゃないか。心の中で悪態を付く。
「そやねんけどな、山田くん。考えてみたら確かにおかしいねん」
「なんですか?急に」
神宮寺部長は後輩想いの男前だが、話好きだ。できれば話が長くなる前に通話を終えたかった。その気持ちから俺は声音に不機嫌さが出ていないか心配した。
「いやな、同じP社のしかも同じ部署の子が二人も駅から飛び降り自殺やろ。それだけでも怪しいのにな、飛び降りが起きたのは高槻駅やねん」
高槻(たかつき)駅はJR京都線が通過する駅だ。高槻は京都と大阪の間に位置している。家の近くでしかも2件も自殺が起きたなんて知りたくなかった事実だ。
「高槻駅やと、何がおかしいんですか?」
「いやいや山田くん、よく考えてみ。高槻駅やと、落下防止用のロープドアがあるはずやん。しかも朝やから、ホームには人がたくさんおるはずやろ? 飛び降りようとすれば柵を乗り越えなきゃならんし、それやと目立って周りの人が気づくはずやねん。そこで山田くんに聞くけど、ホームで柵を越えて自殺しようとする人がいたらどないする?」
「うーん。僕やったら焦って止めますね」
そんな人を見たら俺は身を呈して止めるだろう。目の前で人に死なれたら後味最悪である。できれば出くわしたくはない。
「やろ? 監視カメラの映像によると、開かないはずのロープが不自然に開いていて、そこから男性が飛び降りる姿が記録されていた。それやのに、だあれも彼を止めようとしてないねん。そこで警察が聞き込みをしたら、飛び降りを目撃した人がおらんかったらしいねん」
そんなばかな。まるでホラー映画のような話だ。
「怖すぎて震えましたよ。それで今警察が捜査をしているって状況ですか?」
「そうやな。山田くん、自殺した人の担当やったやろ? ほんま気をつけや。事件が解決するまでは関わらんほうがええ気がするわ。幸いクライアントからは保留にしてくれって言われとるしな」
「わかりました。お気遣いの電話ありがとうございます」
「おう、じゃあゆっくり休んでな」
電話を切っても、言いようのない胸騒ぎは残ったままだった。まあこんな時は女の子とデートに行けば気分も晴れるだろう。 しかし俺はこの時気付いていなかった。これが壮大な事件の幕開けであることに。
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