第4話 6人の巫女



 「どれ……と言われてもなぁ……」


 今さら前言を撤回できないことは、こちらをジッと見つめるセルフィスの無言の圧力からして明らかだ。俺は勇者になるしかないのである。

 

 では、どの世界にするべきか?

 

 第一の世界は論外だ。あんな怪獣がうろつきまわる世界なんて命がいくつあっても足りないし、なにより、女神様が選ばない方がいい、と言ったんだから。加えて、すでに壊滅状態にある第三、第四、第五の世界も選択肢から除外。


 となると、必然的に第二の世界と第六の世界に絞られるわけで。

 第二の世界は、惹かれるところはあるけど、転移先にはほぼ男しかいないことが確定してるし。比較的、暮らしやすそうで、安全性を考慮すれば……。

 

 「六番目の世界、かなぁ……」

 「分かりました。では、転移先は第六の世界、ゴルドランテとします」

 

 セルフィスは頷き、左手で指を鳴らした。すると、ゴルドランテの玉が俺の頭上に移動し、大きく膨らむ。さらに、にわかに光り始めて…………え? なんかもう転移しちゃうカンジ?

 

 「ま、待ってくれ! このまま転移させる気か?! まだ何のチートもスキルも貰ってないのに!」

 「ちーと? すきる?」

 「あー、だから! 異世界に行く際に貰える特殊な能力のこと! そういうのはないのか?! 手ぶらでこんな危険な世界に行くなんて自殺行為だ! いや、自殺した俺が言うのもなんだけど!」

 「ああ、そういうことですか。ご安心を、それについてはいくつか想定しています」

 「マジっすか?!」

 「ええ。そもそも、こちらはあなたに要望する身。それも世界を救うという大任を担ってもらうのですから、何の対策も与えずに放り出すことはしません」

 「ほうほう! それで? 俺に何をくれるんだ?!」

 「とりあえず、我が世界公用の言語能力を与えましょう。現地人との生活の中で、あちらの社会の一般常識を学んでいってください」

 「ふむふむ。言語能力ね。定番だけど何気に一番、必須なものだな。他には?」

 「従来の肉体よりも強靭な肉体を与えましょう。筋肉質で運動せずとも衰えることなく、風邪などの病気にも罹らない。毒や精神汚染にも高い抵抗力を持ち、怪我も通常より短い時間で完治する。さらに視覚や聴覚などの感覚系も、日常生活に支障がない程度まで強化しておきましょう」

 「そいつはすごい! で? 他には?!」

 「……そうですね……」

 

 セルフィスは口元に手を当てて考え込む。瞳を左右に動かして、最終的に俺に固定した。

 

 「何かご希望はありますか?」

 「え?」

 「あなたが必要だと思う能力です。先ほど『ちーと』やら『すきる』などと言ってらしたではないですか。何か、あなたが必要だと思う能力が、あなたの中に浮かんでいるのではないですか? そうであるならば、それを一つ叶えてあげましょう」

 「あー……確かに言ったけど。でも、いいのか? 俺がチートとかスキルを自由に決めて。そんなことできるのか?」

 「ここは全ての願いが叶う場所、アマミガハラ。あなたがそれを願い、私がそれを許容したならば、それは現実のものとなります。無論、世界に多大な被害を与えかねない内容や、この私の権能けんのうを超える願いは却下とします」

 「ああ、そんなこと言ってたなぁ。そっかぁ……能力かぁ……」

 

 両腕を組んで、俺は思案を始める。チート、スキル。異世界へ行く主人公が必ず与えられる、破格の性能や能力。それを使って魔王を倒したり、ダンジョンを攻略したり、農業ライフを楽しんだりする。その様子を画面の向こうから眺めながら、自分ならこういう能力が欲しい。あの技能があればより生活が楽になる……と、オリジナルの能力をよく考えていたものだ。


 しかし、いざそれが叶うとなると、何を望むべきなのか。セオリー的には魔法関連だろうが……。

 

 「質問。この世界に魔法はあるのか?」

 「マホウ……?」

 「あ、いえ。なんでもないです」

 

 セルフィスの反応を見るに、どうやらこの世界には魔法は存在していないようだ。存在していないものを所望して、はたして望みどおりの力が手に入るのだろうか? ダメだ、リスクが大きすぎる。


 じゃあ、俺が日頃から温めていた能力系のアイディアは? 

 

 と言っても、所詮は素人の浅知恵。実戦経験が無い以上、役に立つのか分からない。この世界にはステータスの概念も無いようだし、レベルアップ系のスキルやギフトも意味は成さないだろう。

 

 そこまで考えて、俺は組んでいた腕を解いた。さんざん考え抜き、不要なもの、合理的ではないものを排除していった結果、思案の器に残ったたった一つの答えが、俺の胸の中で燦然さんぜんと輝いていたのだ。


 それは、かねてから抱いていた持論。短い人生の中で見つけた、正義の正体。 

 俺はそれを、絶対の確信を持って、セルフィスに告げた。

 

 「力が、欲しい」

 

 漠然ばくぜんとした答え。だけど、俺は信じて疑わない。力こそが何より必要。死んだ今ならはっきりと理解できる。

 

 それは、ケンカの強さなのかもしれない。集団の中での地位かもしれない。容姿や金、生きてきた環境なのかもしれない。定かではないが、いずれにせよ、俺はそのどれもが不足していた。だから、屋上から飛び降りるしかなかった。親友を見捨てるしかなかった。

 

 力無き者には何も成し遂げられない。力無き者に、未来などない。それが世界の真実だ。塵界じんかいの摂理だ。

 何か、抜きん出たものがなければ。

 だから、俺は願う。何者にも負けない力を。あらゆる壁を打ち破る力を。救いを求める人を見捨てず、全て助けることができる力を。


 「力……ですか?」

 「ああ。なんでもいい。俺に、絶対的な力をくれ。もう二度と、後悔をしないために。もう二度と、大切な人を失わないために」

 「……分かりました」

 

 セルフィスは重たく頷き、ステッキで床をついた。その瞬間、衝撃波のような突風が巻き起こり、それは花畑まで波紋状に広がって花吹雪が盛大に舞い上がる。

 まもなく、打ち寄せる波のように衝撃波が東屋に戻ってきて、セルフィスと俺の中間で衝突した。目も眩むような光が弾けて俺は咄嗟に腕で目元を隠し……しばらくして腕を下ろした時に目にしたのは、空中にぷかぷか浮かぶ光の玉だった。

 

 セルフィスはその光の玉をステッキで小突く。すると、それは緩やかに移動して俺にぶつかり、そのまま何の抵抗も無く俺の胸の中に沈んでいった。

 

 そして、光の玉が完全に沈み切り、俺の全身が淡い光に包まれる。


 「これは……?」

 「『マギナ』という、我が世界に存在するエネルギーの一種です」

 「マギナ?」

 「ええ。我が世界に存在する全ての生物が普遍的に持つエネルギーで、あらゆる能力や動力の根源になっています。あなたに授けたのはそのエネルギーを収める器。非常に莫大な量のマギナを収めることができ、どれほど消費しても短い休息で全回復する性質も兼ねています」

 「へぇ……それで、マギナで何が出来るんだ?」

 「なんでも可能であり、しかし、何も出来ません」

 

 なぞなぞか。

 

 「あなたが望んだとおり、絶対的な力を与えました。しかし、そのままではただの力の集合体でしかない。マギナを使いこなしたければ、扱うすべを身に付けなければなりません。そのために必要なのが『神祝者ソラリハ』という存在です」

 「ソラリハ?」

 「高いマギナを先天的に保有する、選ばれし6人の巫女たちのことです。世界には女神、すなわち私を信仰する宗教があり、それは六つの世界の聖域内で独自に発展しています。ソラリハはそれら教派のそれぞれを代表する存在であり、各々が高いマギナによる特別な能力を獲得しています。すなわち、それこそが6人の王に対抗するための希望の灯なのです」

 「なるほど、さっき言ってたヤツか。で、そのソラリハと何をすればいい?」

 「6人のソラリハと出会い、彼女たちと絆を結びなさい。そうすることであなたの肉体にマギナを導く『かた』が出来上がる。それでようやく、あなたに授けたマギナは真の価値を持つ。そうでなければ莫大なマギナは宝の持ち腐れ。形の無い力の奔流でしかありません」

 「……分かった。まずはゴルドランテのソラリハに会えばいいんだな?」

 「はい。ソラリハを見分ける手段として、体にある聖痕せいこんを頼りにしてください。高いマギナを保有することで発現する傷痕のことで、必ず体のどこかにあります」


 セルフィスの説明が終わり、全身を覆う光が徐々に薄まっていく。それに反比例して頭上に浮かぶゴルドランテの玉の光が強さを増していった。

 

 いよいよ、旅立ちの時。

 降り注ぐ光によって白に染まる世界の中で、セルフィスの小さな笑みが色付く。

 

 「今のあなたは魂の存在。これからゴルドランテにあなたの肉体を造成し、前の三つの能力を含め、あなたの魂を定着させます。我が子、そして世界を、あなたに託します」

 「……ああ」

 

 俺は覚悟を決めて、頷く。それが別れの合図だった。


 ゴルドランテの玉から降り注ぐ光は完全に俺を呑み込み、唐突に床の感覚が消える。体は柔らかい浮遊感に支配され、その心地良さのせいか、次第に瞼が重たくなってくる。

 


 「選ばれし勇者に女神の祝福を――」


 

 頭の中に響く声を子守唄に、俺は意識を手放した。


 




 

 

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