第5話 さっそく話が違うじゃねえか!
気が付くと、俺は花畑にいた。
そこは切り立つ崖の上。その一部が出っ張っているところに、アマミガハラに比べるとやや見劣りするくらいの花畑が広がっている。俺はそこに寝転んでいたのだ。
上体を起こすと、澄み渡る空と彼方に見える山脈。この絶景が視界に入るということは、どうやら俺は高台の上にいるようだ。
「ここが……ゴルドランテ、なのか?」
辺りを確認しながら呟く。背後には鬱蒼とした森が広がっていて、視線を右にスライドしていくと、木々の向こうにあるパルテノン的な神殿が目に入った。あそこにソラリハがいるのだろうか。
まあ、ここにいたってやることないしな。とりあえず人と会いたいし、あの神殿に行ってみるか。
そう思って森の方へ歩き出した――その時だ。
森から若い男が飛び出てくる。全力疾走でもしていたのだろうか、着ている白い修道服は乱れて呼吸もひどく荒い。
で、そいつは俺の存在に気付くと、こちらに向き直って大きく叫んだ。
「た、助けぎゃぅっ」
しかし、その声は最後まで続かなかった。何かでかいものが続いて森から飛び出てきて、男を
それは、言うなれば、獅子舞が体を持って巨大化したような化け物。男はそいつの口の中にいた。そう、上半身を食われていたのだ。
そして化け物はひと思いに男の体を噛み千切り、地面に落ちた下半身から腸らしき臓器がどろりと露出した。
「はぁ――っ」
人間、本当に驚いた時は声も出ない。俺はそれを身を以てそれを実感した。初めて見る人の死。さらに化け物によって食い荒らされる下半身。飛び散る血と内臓があまりに生々しく、衝撃的で。喉は
なんだ? 何が起こっている? どうして目の前で人が死んだ? あの化け物は一体なんなんだ? 目の前の惨劇は現実のものなのか?
「きゃあああああああ!!!」
現実逃避しそうな俺の心を強制的に現実に引き戻したのは、下からの絶叫だった。さらに続く破壊音と獣たちの咆哮。
俺はすぐさま崖下を覗き込んだ。小さな村を、目の前にいるものと似たような怪獣たちが踏み荒らしている光景。村人たちは次々とそいつらの餌食となり、儚い命を終えていく。
「どうなってんだよ…………は、話が違う、聖域の中は安全じゃなかったのか? せ、セルフィスはどこに俺を……」
あまりに悲惨な光景を目にして、俺は再び森の方へと体を回した。獅子舞のような化け物は男性の下半身を咀嚼しているところで、まだ俺には気付いてない様子だ。
とにかく、身を隠すものが無い以上、ここにいたら見つかってしまう。早く移動しなければ。
でも、どこに? 花畑の周りは
じゃあ、どうする? 他に残された手段といえば、切り立つ崖の岩肌を伝って下っていくしかない。いわゆるボルダリングというヤツだ。
……いや、無理だ。そんな経験無いし、筋力にも自信が無い。下にも森が広がっていて、恐らく20メートル以上はあるだろう。落ちたら最期、一巻の終わりだ。
「あの化け物の後ろを通り過ぎるしかない……! 覚悟を決めろ、
臆病風に吹かれる心を叱咤し、俺はそろりそろりと歩き出す。
男の下半身を食い尽くした化け物は、赤く染まった口元を舌で舐め回しながら猫のように
必死に念じながら、俺は崖に沿うような足取りで森を目指す。なるべく化け物の視界に入らないように選んだ道順だが、これがまずかった。
「うおおっ?!」
突然、踏みしめた地面が崩れ、危うく落ちかける。辛うじて後ろに倒れて事なきを得たが、砕けた石たちは壁に何度もぶつかり、大きな音を立てながら森へと落ちていった。
ふぅ。やれやれ、助かったぜ……って、胸を撫で下ろしている場合じゃないことは、後ろから聞こえてくる唸り声で分かる。
俺はおそるおそる振り返った。ピンと両耳を天に突き立てた化け物が、体を起こしてこちらを睨み付けている。当然、目に入るのは俺しかいないわけで。
そうしてグルグルと唸り声を上げる化け物は、俺に向かって弾かれたように走り出した!
「うわああああああっ!!」
猛烈に迫ってくる化け物を前に、危ないとか怖いとか言ってられない。俺は崖からジャンプして、岩肌に飛びついた。
次の瞬間、化け物は俺の頭上を通り過ぎ、叫び声を上げながら崖下の森に落下していった。
な、なんとか助かった……。
よし、化け物がいなくなればこっちのものだ。すぐに戻って森からパルテノン的神殿を目指そう。そう思い、腕に力を入れたところで――
「あれ?」
違和感に気付く。
自分の腕に妙な安定感がある、というか、体を支える重さをぜんぜん感じない。
見れば、Tシャツの袖口から伸びる俺の腕が、普段とは見違えるほどに
「……そうか。これがセルフィスの言ってた強靭な肉体ってヤツか!」
瞬時に理解して、体中に意識を向ける。すると、いつもと違う厚い胸板や発達した太ももなどが感じられて、大変貌を遂げた自分の体に嬉しさが込み上げてきた。
「うっひょー。ぜんっぜん疲れねえ! すっげー!」
試しに壁を登ってみると、これが非常にスムーズ。岩肌がごつごつしていることもあるが、ちっとも疲労感を覚えずにすいすいと行けるのだ。こんなこと前の体じゃ絶対にありえない。
――と、調子に乗っていたせいなのか。
「うえっ?!」
手にかけた部分が力を入れた瞬間にボコリと壁から外れ、完全にバランスを崩した俺は空中に放り出されてしまった。
「うっそおおおおおおおおおおっ?!」
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