第21話 闇から訪れた青き災い



 「さて、それじゃあそろそろ行きますかねぇ」

 

 人形たちの乗り込みが完了したのを見届けて、ゼッペルは重い腰を上げた。

 

 多くの人形を連れていった怪鳥と、ナルコたちを乗せたグラシュティンはすでにオグリから出発している。その内、怪鳥の方は完全なる囮だ。

 

 域内の警備装置であるセイファーリングに先に触れるのは怪鳥になるだろう。つまり、聖伐軍に真っ先に捕捉される。その上、空を飛ぶのだから否が応にも目立つことになる。最も撃墜される可能性が高い。

 

 だからこそ、あの怪鳥を囮役として選んだのだ。きらびやかな外見を選んだのも、怪鳥が運ぶゴンドラの乗員が人形しかいないのも、墜とされることを想定した上での判断である。

 

 一方で、ナルコを指揮官とするグラシュティンのキャビンには、村の同志たちを乗せている。彼らは聖伐軍と決別し、レジスタンスに入隊することを決めた村人たちで、その大多数はすでに別の部隊がアジトに移送しているが、数人だけは村に残すことにした。


 なんとなれば、さすがに村人全員を人形にしてしまうと、臨機応変な対応ができなくなるからだ。現に、フィオライトの健診けんしんをやり過ごすのに、彼らは役立った。三度の襲撃を受けて怪我人が1人もいないのはおかしな話だし、かといって人形を調べさせることなどできない。人間を残しておくことで、なんとか切り抜けることができたのだ。


 そんな彼らを一つのキャビンに集中させたのは、グラシュティンもまた陽動ようどうの一つであるからだ。本作戦の主旨しゅしは、軍の上層部を動かせるほどの価値を持つ人材の誘拐であり、すなわちゼッペルの率いる集団が帰還することが何よりも優先される。グラシュティンのまとう青いたてがみは、夜の闇の中で一際ひときわ、目を引くことになるだろう。


 とはいえ、向こうには多くの強力な想生獣を生み出せるナルコがいるし、村人たちにも銃器などを装備させている。よっぽどの事がない限り捕まることはないはずだ。


 「あんまり遅れちまうと、囮になってもらった意味がない。同時多発的にやってこそ、陽動は効果を発揮するんだからねぇ」

 

 ゼッペルが動き出すと、背後に控えていた二体の人形も動き出し、傍で寝ているフィオライトとチェルシーを肩に担いで彼の後に続いていく。

 

 本来、人質はフィオライトだけでよかった。しかし、何事にも不測の事態は起こり得る。

 チェルシーを連れていくのはそのための保険であり、太陽の騎士団の一員である彼女ならば、その価値は十分にあると踏んだゼッペルの独断である。その他の乗員は、彼が操る武装した人形と、村長を演じていた自分を支えてくれた1人の女性しかいない。


 オニキスバイソンに繋がれた荷車は、小さな個室の四辺に柵を設け、さらに四つの車輪を付けた形をしている。『プレイグル』の技術を用いて造られた専用の即席そくせきキャビンである。

 

 先に上った人形たちの手を借りてキャビン内に乗り込み、人質である2人は個室の奥の座席に寝かせる。その後、ゼッペルは小屋前の、船舶で言うところの甲板デッキに当たる開けた場所に立ち、前方のオニキスバイソンに向かって言葉を掛けた。

 

 「では、出発しておくれ。『クロクロモーモーちゃん』」

 「ブオオ」

 

 独特な名前で呼ぶと、寝転がっていたオニキスバイソンはのっそりと立ち上がる。ナルコの能力の支配下に置かれた動物は、基本的にナルコの指示にしか従わない。そのため、他の者が命令を下す場合は、ナルコが事前に設定した合言葉を唱える必要があり、それが今の珍妙ちんみょうな名前なのだ。

 

 そして、オニキスバイソンは前進を始め、それに引っ張られてキャビンもにわかに動き出した。

 


 

 ヒュン、と何かが目の前をかすめる――。

 


 

 「ん?」

 

 闇の中から飛んできたのは、水色に強く光る小さな立方体。出所でどころ不明のそれが甲板の上を跳ね、キャビンの先頭部に鎮座した。

 

 「なんだこれ――わぁ?!」

 

 ゼッペルが小首を傾げた瞬間、立方体は大爆発を起こし、キャビンの先頭部を大々的に吹き飛ばす。それにより、オニキスバイソンとキャビンを繋ぐ太い綱が完全に外れてしまった。

 

 「ば、爆弾?! こんなのどこからああっっ?!」

 

 さらにキャビンの側面で爆発が立て続けに発生する。ガタン、とキャビンが右側に大きく揺れたのは、車輪が破壊されてしまったせいなのか。

 

 「おわあああああああああっ?!」

 


 進み始めていたキャビンは大きくバランスを崩し、そのまま乗員たちを巻き込んで激しく地面に横転した。

 


 

 

 

 

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