第13話 囚われのナルコ



 「レジスタンス軍……? なんでレジスタンスの人間がここに?!」


 只者ただものではないことは、これまでの経緯から理解していた。しかし、まさかレジスタンス軍の人間だとは思わず、チェルシーは驚愕を表情にいろどる。


 いかに域外に近い村だとしても、ここはフロンズ聖伐軍の領地。侵入者がいれば、それを感知するシステムも完備しているはずだ。

 それなのに、なぜ、レジスタンスの人間が域内にいるのか? それも出来たばかりの村の村長である。

 

 (――ということは、オグリという村の設立から立ち会っていたのか?)


 瞬発的にそう推察するチェルシーだが、すぐに考えにくい、と首を振る。新しい村を立ち上げる際、特に村長などの要人たちの人選はその地を管理する周衛基地の者が行うはずだ。それを踏まえて、対象者たちの背景調査バックグラウンドチェックも実施されるだろう。レジスタンスと通じている人間が、その調査をクリアできるとは思えない。

 

 きっと、オグリの村長――サンドロスという人物は他にいて、のちにゼッペルがその人と入れ替わったのだ。その際、村人たちもまた、彼が操る人形に換えられたのだろう。そう考えた方がまだ現実的である。


 しかし、そうなるともう一つの疑問が生まれる。

 

 (――もし、そうだとしたら、オグリの人たちは今どこに?!)


 振興村しんこうそんとはいえ、この村には数十人の人間がいることは調査報告書に記されていた。ゼッペルのアルニマ、『空狂生人形ソウルレス』は人物の肉体の一部を取り込むことでその者になり切ることができる能力があるという。ならば、人形のモチーフとなった村人が存在しているはずだ。

 

 それだけの人数を収容できる施設など、この村には一つしかない。

 

 「まさか……!」


 思考の果てに行き着いた答えを握り締め、チェルシーはゆっくりと首を回す。丸くした瞳に映るのは、月明かりの白とかがり火のだいだいを分かち合う高層建築物。


 そう。現在はレジスタンスの襲撃を受けて心の傷を負ってしまった人々を収容する施設として機能しているが、本来は村で採れた作物などを貯蔵しておくための場所。


 

 すなわち、備蓄倉庫。



 「なかなか聡明なお嬢さんだ」


 チェルシーの視線から、彼女の心境を理解したのだろう。ゼッペルはあごに手を添え、したり顔で笑う。

 そんな彼の反応を見て、チェルシーは確信した。


 「やはり……村人たちはあの倉庫に監禁されているのね?! その事を私たちに悟られないよう、隔離施設と称して近寄らないように私たちに注文した」

 「ええ。ええ。その通り。精神に異常を来した村人たちを隔離する施設。そう言っておけば、その遠因えんいんであるあなたたちは罪悪感から近寄らなくなるだろう、と睨んだ上でね。入り口にいた見張りたちももちろん、あっしの人形たちです」

 「アンタたちの目的はなんだ? ここまで手を込んだ事をやって、何を考えている?! フィオをどうするつもりだ?!」

 「別にどうこうするつもりはありやせんよ。あの方は人類にとって重要な存在。勘違いされては困りますが、我らレジスタンス軍は上層部による強権支配や軍の既存のシステムに是非を問う組織でありまして、人類の滅亡など望んでいやせん。あの巫女様はそのための交渉材料。危害を加える気はありません…………まあ、それも、我々の要求を聞き入れてくれれば、の話ですが」

 「交渉材料ですって? それはなに、ぉ……うぅっ?」


 突然、チェルシーの頭がガクリと沈む。視界がぼんやりと薄れてきて、頭蓋ずがいの奥から少しずつ痛みが染み出してきた。

 間も無く、痛みは意識を朦朧もうろうとさせるほどの眠気に繋がり、まぶたが徐々に下りてくる。


 「……どうやら、睡眠薬が効いていたみたいだねぇ」と、頭を揺らし始めたチェルシーを見下ろし、ゼッペルが言った。


 「よかったよかった。1人だけ元気いっぱいだから食べてないのかと思ってたけど、ちゃんと食べていてくれたのかい。あっしは戦闘が得意な方じゃないからねぇ。手荒な真似をしないで済むのならおんの字だ」

 「くそ……!」


 相手の思い通りになることがしゃくで、なんとか意識を保ち続けようとチェルシーは唇を噛み締める。しかし、この強烈な睡魔を相手に痛みによる刺激や根性などはほぼ無意味だった。


 やがて筋肉が弛緩しかんしてきて、口を閉じることすら困難になってくる。そうして完全なる脱力状態に陥ったチェルシーは、抗いようの無い眠気に従い、瞼を静かに落としていった。


 「放せ! 放せよ!」

 「…………?」

 

 その時、意識の外から聞こえてきた声に導かれ、チェルシーは閉じかけた目を辛うじて持ちこたえる。

 マーブル状ににごった世界。その中で、大勢の村人――をした人形たちに拘束されたアレクたちの姿を視認する。さらに、彼らの後ろには数体の大型の想生獣ガルディアンズが続いていた。


 (なに、あの想生獣たち……明らかに域内に存在するレベルじゃないわ。どれも他世界の王の支配圏に生息する化け物たち……もしかして、レジスタンス軍はあんなのを従えてるの?)


 ズシン、ズシンと大地を揺るがす感覚と、それがもたらす驚愕が、さらにチェルシーの意識を引き上げる。

 

 人形たちに連れてこられた4人は、そのまま人形の山の横に並ばされた。だが、ゼッペルは彼らを無視して、想生獣の群れに体を向ける。

 

 行列の最後尾に位置していた想生獣。その胴体にくくりつけられたロープの端は、大きなホイールを取りつけた四角のおりに結ばれていた。


 四方と天井が格子こうしになった檻。その中には、床とチェーンで固定されたかせに足を繋がれ、さらには両腕に手枷てかせを付けられた少女がいた。

 ほとんど運動していないのか、手足は細く、着用しているのも囚人しゅうじんらしい飾り気の無いワンピース。色素の薄い髪は、ろくに手入れしてないのか無造作に伸びていて、全体的に気味の悪い雰囲気を漂わせている。

 

 見るからに不健康そうな少女。しかし、檻の前にゼッペルがやってくると、彼女は不自由な体でぴょんと小さく飛び跳ねる。

 

 「たっだいまー! ゼッペル! 言われたとーり、聖伐軍の人たちを連れてきたよー! めて褒めてーっ」

 「はいはい。よく頑張ったねぇ、ナルコちゃん。いい子いい子」

 「んふふふふ~っ」

 

 格子の間から手を伸ばしたゼッペルにでられると、少女は人懐ひとなつこい表情でそれを甘受かんじゅする。チェルシーと同世代と思える風貌ふうぼうの割には、子どもっぽい反応だ。

 

 そうしてナルコという少女をねぎらったゼッペルは、ここでアレクたちに向き直った。

 

 「さて、お兄さんたちが防衛任務に出ていた兵士さんたちだね」

 「お、お前たちは何者だ?! 僕たちが誰だか分かっているのか?! 僕たちはあの太陽の騎士団のメンバーなんだぞ! 僕たちに手を出せば第六世界ゴルドランテの勇者候補、レンヤ=ナナツキが黙ってないからな!」


 ゼッペルに話しかけられたアレクは、急いた口調でまくし立てる。威勢の良い啖呵たんかではあるが、その中身は完全に太陽の騎士団とレンヤの名前に依存したハッタリ。そこに、ナイト級としての威厳は一切、感じない。

 

 この急場きゅうばで、ここにいない人物の名前にすがるつもりなのか。不甲斐ふがいない先輩を見つめて、チェルシーは溜息をついた。

 ゼッペルも同じ気持ちだったのだろう。どことなく呆れた顔をして、彼は小さく頷いた。

 

 「ええ。だから、彼らが域外に出たのを見計らって事に及んでいるのでさ。広場での晩餐会ばんさんかいに参加できない立場上、お兄さんたちは力尽くで拘束しなければなりませんでしたからね。ナルコはよくやってくれたよ」

 

 頭だけで振り返り、もう一度、ナルコを褒めるゼッペル。そんな彼の発言に、チェルシーは疑念を抱いた。


 いかに戦闘能力が低いとはいえ、ナイト級であるアレクたちが一般人程度の力しかない人形たちを相手に後れを取るものか? それに、檻の中に閉じ込められているナルコをゼッペルが賞賛する理由とは?

 

 「くそっ……なんなんだよ、一体。村人たちが襲い掛かってきたかと思うと、いきなりデカい想生獣たちが現れて。あんなの、どうしろってんだよ……!」

 「いきなり、想生獣が現れた?」

 

 こうべを垂れてグズり始める先輩の1人の独白どくはくを聞いて、チェルシーはハッとひらめいた。

 小さな村に突如として出現した、大型想生獣の集団。この不可解ふかかいな現象は、何者かの固有能力マギルカによるもの、と考える以外に有り得ない。

 

 そうであるならば、その能力の持ち主はただ1人。

 

 チェルシーはその人物を睨み付ける。その眼差しを感じ取ったのか、ゼッペルがチェルシーに顔を向け、そしてその者――檻の中にいるナルコを手で示した。

 

 「本当に聡明なお嬢さんだ。その通り、全てはこの子の力。彼女は第三世界ヒトヒリカの出身者でね。想生獣を含めたあらゆる動物をヌイグルミに変えることができるんですよ」

 「ヌイグルミ? 人形に続いて、今度はヌイグルミときたか……」

 「ええ。お似合いでしょう? そして、ヌイグルミになった想生獣はいつでも元の姿に戻すことができる。そうして復元された想生獣は、彼女の忠実なペットになるのです」

 「ペット? つまり、支配下に置く、ということ?」

 「ええ。その通り。その制約として、彼女は常に自由を失った状態でいなければならないですがね」

 「んふふー。よろしくね~っ」


 ジャラジャラと、手錠の鎖を鳴らしながら無邪気に両手を振るナルコ。


 「あー。それとねー、ゼッペルー。あのねー、そこのお兄ちゃんが気になること言ってたよー?」

 

 それからナルコは、アレクを指差しながら言った。

 

 「気になること?」

 「ひっ。ま、待て! レンヤだけじゃない! 僕のバックには、烈火の騎士団の団長であるライゼンもいるんだ! 僕に手を出せばお前らはただじゃ済まないぞ! それが嫌なら僕だけは助けろ!!」

 「おい! 自分だけ助かろーってのか?!」

 「ひどい! わたしたちまで見捨てるつもりなの?!」

 

 アレクの発言を受けて、4人は見苦しい口論を始める。それを見て、再び呆れ顔を作ったゼッペルは、彼らの責任の押し付け合いを咳払いでとどめ、アレクを見つめた。

 

 「……あなた方を殺しゃーしませんよ。それよりもお兄さん、何かナルコに言ったんですかい?」

 「え、え? 僕が……?」

 「言ってたじゃないー。さっき、村の外に出たルーク級の人たちがいるってー。自分も一緒に行けばよかったってー。ブツブツブツブツー」

 「なんと……この村から出た者がいるんですかい?」

 

 ゼッペルが意外そうな顔つきになる。ミスをした罰のため、北東部周衛基地に向かうことを命じられたチャヤたちの行動。それは予期せぬ不祥事ふしょうじから生まれた突発的なものであり、当然、彼らの予定に含まれるはずのない事態だ。

 

 アレクはそれを瞬時に理解したのだろう。怯えながらも強気な笑みを張り付け、ゼッペルに叫んだ。

 

 「あ、ああ! そうだ! あの2人は北東部周衛基地に向かったんだ! 助けを求めにな! もうすぐ周衛基地の精鋭たちがやってくるぞ! お前たちを捕まえるためにな!」

 「あの……バカ!」


 そうしてゼッペルたちを挑発するアレクに、チェルシーは怒りを覚える。彼が言い放った「周衛基地の精鋭たち」とは、事実無根のデタラメな言葉だ。恐らく、ゼッペルたちに早く退散してほしくて、咄嗟に口をいて出た嘘なのだろう。


 彼は分かっているのだろうか。その発言によって、危険にさらされる可能性がある2人の存在を。自分たちだけでも助かりたいと、我が身可愛さに仲間を売る行為に等しいことを、ちゃんと認識しているのだろうか。

 

 「むぅ……ルーク級の2人が北東部周衛基地に、か。そいつは困りましたねぇ」

 

 チェルシーの危機感に応えるように、ゼッペルは焦りを色を顔に映す。すると、ナルコが言った。

 

 「だったら、基地に着く前にその人たちを始末しちゃえばいいんだよ!」

 「基地に着く前に? んん、確かに出来るのならそれが一番だが……この暗闇の中、たった2人の人間を迅速じんそくに発見できる方法など……」

 「だいじょーぶっ。出ておいで、ニャーの助!」

 

 ナルコは檻の中にある小さなヌイグルミの中から、頭が三つに分かれた犬のヌイグルミを取って、格子の間から外に放り投げた。

 くるくるとを描いて空中を遊泳するそれは、光をまといつつ拡大していき、ズドンと地面に降り立った時には、巨大な三頭の犬に変身を遂げていた。

 

 「この子なら鼻が利くから探し物も得意だし、足も速いからきっと追いつくよ!」

 「なるほど……その手がありやしたか。確かに、この想生獣なら2人を見つけ出すのは容易でしょう。仮に、間に合わなかった場合でも、基地から派遣されたナイト級たちを食い止める壁役が必要だ」

 「あっ、でも、その人たちの臭いを覚えなきゃ。どしよっか?」

 「広場に倒れている作業員たちの臭いでもがせなさい。ずっと彼らと寝食を共にしてきたんだ。彼らの臭いから2人を追うことができるでしょうや」

 「はーい。それじゃー、ニャーの助ちゃん。臭い覚えちゃってー」

 

 ナルコが宿舎前の広場に倒れている作業員たちを指し示すと、ケルベロスはゆっくりと進み出す。


 そうして自分の脇を抜けていく巨大犬を、息を殺して見つめるチェルシー。

 

 (まさか、あれは……ケルベロス?! 第二世代の想生獣じゃないの……!)

 

 気配を消していたおかげか、ケルベロスはチェルシーに気付くことなく通り過ぎていき、倒れている男たちに鼻先を近づけて臭いの確認を始める。それを何人か繰り返した末に、三つの頭は同時に空へ遠吠えを響かせた。

 

 「いっけー! ニャーの助ちゃん! 北東部周衛基地に向かった2人の頭を噛み砕けー!」

 「「「ウォオオオオオオオオオオオォォォーーーーーー!!!!!」」」

 

 さらにナルコが命令を飛ばすと、ケルベロスは雄叫びを上げながら走り出す。その巨体でいくつもの民家や建物を踏み潰し、あっという間に夜の闇の彼方へと消えていった。

 

 やがて、地面を踏み荒らす地響きも届かなくなった頃、ゼッペルはナルコに振り返る。

 

 「では、ナルコちゃん。あっしらもそろそろ動きましょうや。事前に決めた通り、三つのルートに分かれて域外へと向かいやす。一つは空から。残り二つは陸地を、二手に分けて」

 「はーい。ソラリハ様は最後の行軍でしょ?」

 「ええ。空のルートはおとりです。域外の拠点に向かった部隊がオグリの異変に気付いた場合、飛行能力を持つゴルドランテの勇者候補様が単独で帰還する恐れがある。空のルートはそのための保険。ゴンドラにはあっしの人形たちを多めに積んで、少しでも時間が稼げるようにしやしょう」

 「陽動ようどう役ってことだねっ」

 「その通り。陸地のルートは東部周衛基地の付近へのルートと北東部周衛基地の前を迂回するルートを走りやす。ソラリハ様を乗せるのは後者の方。そちらの方がランカラ丘陵きゅうりょうにより近いし、東部周衛基地のルートを辿る方が先に域外に出ることになるので、警備の人たちの意表を突くことができましょうや」

 「あたしは二番目のヤツで外に出るんでしょ?」

 「ええ。何かと目立ち、とされる危険性が高い空のルートはともかく、陽動役である東部周衛基地のルートと、本命である北東部周衛基地を迂回するルートのどちらにも指揮官を乗せておく必要がありやすからね。もちろん、本命にはあっしがつきやす。ナルコちゃんは、飽くまで陽動に務めて、なるべく交戦しないように。とにかくレジスタンスの本部まで突っ走るんですよ?」

 「はーいっ」

 

 元気よく返事をしたナルコは、さっそく想生獣の群れに指示を出し始める。南国鳥なんごくちょうを巨大化したようなカラフルな怪鳥。全身が筋肉の塊かと思えるほどに膨れ上がった黒牛くろうし。燃え盛るたてがみを優雅に流す巨大な馬などの想生獣が三つに分かれ、そこにゼッペルの空狂生人形ソウルレスが振り分けられて、部隊を構成していくようだ。

 

 (く、そ――)

 

 そこまでが限界だった。

 

 想生獣の群れやナルコの登場など、度重なる予想外の展開に一度は意識を持ち直したチェルシーだったが、再び睡魔の波がやってきて、まぶたを静かに落としていく。

 

 (ダメだ。もう、意識を保てない…………お願い、逃げて……!)

 



 最後に、北東部周衛基地へと旅立ったチャヤたちの身を案じて―― 


 今度こそ、チェルシーは深い眠りについた。







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