第12話 人形



 「なんてこと!」


 トランプ兵が消失した煙を視認した瞬間、チェルシーは柵を飛び越えて空中に躍り出た。落下の最中に肉体をマギナで強化し、安全に着地すると同時に公民館に向けて駆け出す。

 

 ラフィは、公民館の入り口でうつ伏せに倒れていた。ミルクスープを入れた器はその先にある大部屋の床にひっくり返っている。ここまで這いずってきたようだ。

 

 「ラフィ! しっかりして、ラフィ!」

 

 ラフィの体を起こし、強く揺さぶるチェルシー。さらに頬を叩いてみるが、彼は全く反応を示さない。

 だが、浅くではあるものの、呼吸はしっかりしている。特に目立った異常も見受けられず、どうやら昏睡こんすい状態にあるだけのようだ。仕込まれたのは睡眠薬だったらしい。

 

 その時、トランシーバーが鳴る。ラフィの頭を自身の膝の上に安置しつつ、チェルシーは急いでそれをケースから取り外し、スイッチを入れた。

 

 『おい! どうなっている?! トランプの兵隊たちが急に消えたぞ!』

 

 通信の相手はアレクだ。

 

 「ええ、ラフィがやられたわ。薬を盛られた」

 『くすりぃ?! なんだ薬って! 村の中でなに……えっ?」

 「アレク?」

 

 スピーカーから聞こえる声が変調を来す。向こうで何か起こったのか?

 

 『な、なんだよお前ら。そんな大勢で、いつの間に……く、来るな。来るなよ!』

 「アレク? どうしたのアレク! ねえ!」

 『ひっ! やめ、たす……っ、うわああああ?!』

 「アレク?! 何があったの?! 応答して、アレク!」

 

 悲鳴を最後に、アレクからの通信はプツリと途切れ、スイッチを何度も入れ直しても彼に繋がることは無かった。それなら、と他の先輩たちにチャンネルを合わせてみるが、返ってくる言葉は一つとしてない。

 

 「一体、何が起こってるのよ……!」

 

 度重なる異常事態に焦燥感をたぎらせる。だが、チェルシーはそれを理性で抑えつけ、解決のために思考を回転させる。

 

 「とにかく、アンナさんに連絡を……いえ、この場合、周衛基地から援軍を要請する方が先決か? いずれにせよ、ここにある通信機材は絶対に守らなきゃならない。ラフィが倒れ、おそらく先輩たちもやられた。私だけじゃあ防衛任務なんて……」

 

 そこで言葉を噛み切り、チェルシーは激しく首を振った。

 

 「いえ……もう防衛任務とかいってる場合じゃない。私たちに睡眠薬を仕掛けたのは間違いなくこの村の人たち。その目的はなんなのか……は、今はいい。何よりも優先すべきは現状の報告」

 

 そう判断したチェルシーはラフィの頭部を優しく床に置くと、奥の大部屋に向かって一歩を踏み出した。

 


 ――ガチャン!


 

 しかし、破壊音が響き、一歩目で歩みを止める。

 

 破壊音はその後も続き、それは明らかに大部屋から聞こえてきていた。この固く、重量感のある音の感覚。壊されているのは通信機材一式だろう。

 

 「多分、ラフィにスープを渡しに来たヤツがまだ部屋にいるのね。そして、私とアレクのやり取りを聞いて、機材を壊すことを思い付いた……ってところかしら。迂闊うかつだったわ」

 

 何よりもまず、通信機材の確保に動くべきだった、とチェルシーは歯噛みする。中継器である据え置き機が破壊された以上、急襲班との連絡はできない。ならば、次はどう動くか?

 

 「こうなると、残された選択肢はオグリからの脱出しかない……でも、基地に着くまで私の体はつのか?」

 

 チェルシーは、一口とはいえ、あのスープを飲んでいる。使用された睡眠薬がどれほど強いものなのかは分からないが、昏睡の状態にあるラフィを見るに、決して楽観などできないだろう。

 

 「やるしかない。今、動けるのは私だけだ。仲間たちを置き去りにすることになるけど……殺害が目的なら初めから致死性の毒物を使用しているはず。多分、命まで取られることはないだろう。今の私に救い出せるとしたら……1人だけ」


 自問自答の果てに、1人の存在を頭に浮かべたチェルシーは、急速にきびすを返して外に飛び出した。

 

 だが、そのまま道なりに村の出入口を目指すのではなく、すぐに折れて救護施設へと走る。

 目指すは、その中にいるであろう、フィオライト=デッセンジャー。

 

 「神祝者ソラリハの彼女だけは放ってはおけない! お願い、無事でいて……!」

 

 そうして救護施設の前に駆けつけた時、出入口に掛けられた暖簾のれんが揺れる。出てきたのは2人の男組。そして、彼らが互いの右腕と左腕で抱えているのは、ラフィらと同じく昏睡状態であろうフィオライトだった。

 

 その光景を目の当たりにしたチェルシーは、すかさず背中の唯恋弓キューピッドを構えつつ叫んだ。

 

 「止まれ! 彼女を放しなさい!」

 

 さらに背中から矢筒を取り、それを唯恋弓に添えて弦を引き絞る。いつでもお前たちを射殺せる。それを知らしめるための示威じい行為。

 

 しかし、男たちはどこ吹く風。顔色一つ変えることなくチェルシーから顔を背け、悠然とした足つきでフィオライトをどこかへと運んでいく。

 

 「待て! 止まりなさい! くそ……っ」

 

 いろいろと制限時間がある以上、ここで手間取ってはいられない。

 敵対行動を取っているとはいえ、民間人を攻撃することは抵抗あったが、チェルシーは覚悟を決め、妻手めてわずかに緩めた。

 


 「いやはや、民間人を傷付けると言うのですか。これだからフロンズ聖伐軍の人間というのは」

 

 

 だが、背後に立つしわがれた声を聞いて、チェルシーは構えを維持したまま振り返る。

 

 そこにいたのは、ニコニコと笑みを携える初老の男性。サンドロス村長。

 

 「村長……いや、違う。誰だお前は!」

 

 しかし、彼がまとう異様な雰囲気を感じ取り、矢をさらに強く引き絞った。この全身がうずくような感覚には覚えがある。マギナの使い方を熟知した者と対峙たいじした時の、武者震いに近い肉体の高揚。


 「誰だ、とは心外ですな。このオグリの長、サンドロスですよ。ちゃんとご挨拶申し上げたはずでしょう?」

 「今さら御託ごたくは結構よ。この騒動はアンタたち村人が作った炊き出しによるもの。だったら、村長であるアンタが関与しているのは必然! 一体、何が目的なの?! ソラリハであるフィオをどうするつもり?!」

 「…………やれやれ。若い者というのは……悩む楽しさを理解せず、すぐに答えを求めたがる」

 

 サンドロスは笑みを消し、無表情でたくわえた顎髭あごひげで始めた。そして、徐に右手を前に差し出し、言う。

 

 

 「その女を捕らえろ」

 

 

 瞬間――

 

 公民館の裏や救護施設の中、広場の周りにある木々の影。そこかしこから大勢の村人が現れ、一気にチェルシーに襲い掛かった。

 

 「なっ?! 隠れて……っ!」

 

 慌ててチェルシーは村人たちに矢の照準を合わせようとするが、距離が近い上に数が多い。遠距離の相手を想定した武器では圧倒的に不利――

 

 「――だと思ったか?」

 「む?」

 

 にぃ、と口角を吊り上げたチェルシーは、かいの構えを解くと同時に弓をまるでじょうのように振り回した。その攻撃により、彼女の周囲にいた村人たちは一斉にぎ倒される。

 

 そうして敵の第一陣を攻略したチェルシーは、弓柄ゆづかを両手で握り、左右を逆方向に捻った。すると、パキ、と小さな音が鳴り、弓は弦で繋がった二本の湾曲した細い棍棒こんぼうとなる。

 それらを両手に持ったチェルシーは、足元に倒れている男の首に流れるような手さばきで弦を巻き付け、彼の背中を踏みつけつつ周囲に叫んだ。

 

 「動くな! 動いたらこの男が死ぬぞ!」

 

 さらに両手の棒を引っ張り上げれば、背中を足で固定された男は頭だけでけ反ることになる。あと少し、チェルシーが力を強めれば、彼の頭部は体と永遠の別れを告げることになるだろう。


 その状況を理解したのか、村人たちは一斉に動きを止める。だが、1人ひとりの顔に恐怖の色は無い。まるで、足蹴あしげにしている男の命も、自分の命すらも関心が無いかのような無表情。

 

 (こいつら……おかしいわ。まるで死ぬことを恐れてないみたい……でも、だったら私のおどしを聞き入れる理由なんて無いわ。一言も話さずに、無表情で……これじゃあまるで……)

 

 チェルシーが村人たちの異変に気付いた時。

 人垣がザっと開き、そうして出来た道を通ってサンドロスが近づいてくる。

 

 「面白いアルニマだねぇ、お嬢さん。ただの弓使いかと思ってたら…………なるほど、あの戦巫女様がお選びになるわけだ」

 「弓矢が接近戦に弱いのは百も承知! 弓使いアーチャーとして生きていくと決めた時から、そのための対処法も考えている! それよりも、これ以上ちかづくな! この男の命は無いぞ!」

 「いいよ。やりなよ」

 「え?」


 一瞬、聞き違いかと思えるような、あっさりした答え。

 けれど、サンドロスの冷たい笑顔が物語る。足元の男の命に価値は無い、と。

 

 「いい、と言っているんだ。ほら、やってみなさい。一思いに。スパッと」

 「……アンタ、それでも村長なの……?」

 「おやおや、それとも威勢だけか。どれほど勇ましいことを叫んでみても、所詮は生殺与奪せいさつよだつを背負えない子どもか。ならば、今すぐふくしなさい。その程度の覚悟しかないのなら。ここぞという時、非情になれない者に兵士の資格は無い」

 「…………っ」

 

 妙に迫力のある言葉に、チェルシーは絶句する。その見識を支えるのは、間違いなく彼の経験則。様々な戦場を生き抜き、何度も命の駆け引きを勝ち上がってきた者が至ることの出来る境地きょうちの一つ。

 

 「……アンタは、一体……?」

 

 自然と、口が疑問を紡いでいた。

 

 けれど、サンドロスは小さく笑うだけで答えず、代わりに右手を軽く上に振った。その途端、踏みつけている男が急に暴れ始める。

 

 「ううっ?! ちょ、やめなさい……っ」

 

 両手で弦を掴んだ男は、体重をかけてぐいぐいと強く引っ張ってくる。弦を引き千切って拘束を解くつもりなのか。


 いや、そうではない。この程度の力で弦が千切れるはずもなく、力比べでも上にいるチェルシーの方が圧倒的に有利。それは彼も理解しているはず。

 この抵抗の目的は、チェルシーの身動きを止めること。なぜなら、男が暴れ始めたのに連動して、周囲の村人たちも漸進ぜんしんを始めたからだ。このままでは袋のネズミだ。

 

 「――っ! そう……だったら、あなたには私がの生贄になってもらうわ」

 

 この危機に直面して、チェルシーは強く微笑んだ。生殺与奪を背負う覚悟。その責任を味わうのなら、何よりも笑顔が相応しいだろう。

 

 両手の棍棒を握り直し、チェルシーは意を決して同時に強く引く。さらにマギナを流し込めば、より強靭となった弦は男の皮膚を容易く切り裂く刃物に変わった。


 僅かな手ごたえが弦を通して手の平に伝わり、男の頭が放物線を描いて前に飛んでいく。

 途端、抵抗力を失い、地面に倒れる男の体。命の消失。

 

 「ほぉ」と、足元に転がる生首を見下ろし、サンドロスは薄く笑った。

 

 「やりおったな、お嬢さん。非力な一般人を情け容赦なく手に掛けた。おめでとう。これで立派な兵士の仲間入りだ」

 「……軍人にとって何よりも優先されるのは、任務の達成。それを阻む者、敵対行動を取る者に対する攻撃は認められている。これ以上、フィオに危害を加え、任務の邪魔立てするつもりなら、アンタたちも……狩るぞ」

 

 対して、二本の棍棒を構え、サンドロスを苛烈に睨み付けるチェルシー。

 

 「…………素晴らしい。その目はまさしく狩人ハンターの目。命を食い殺す者の目だ。今のお嬢さんなら、あっしたちを殺すことに何ら躊躇ためらいは無いだろうね」

 

 しかし、サンドロスはまるで臆せず、徐に掲げた両手を前にクロスするように振る。すると、集団の中から2人の男女が走り出し、左右から同時にチェルシーに飛び掛かった。

 

 「ちぃっ!」

 

 この事態においても、すでに闘争心に火をつけているチェルシーに焦りはなかった。素早く体を回転させ、その動作の流れで右側の女性の顔面を棍棒で殴りつけ、左側の男性には回し蹴りを見舞う。

 

 「えっ?」

 

 しかし、男性の胴体を捉えた足に違和感を覚えて、チェルシーは動きを止めた。

 

 回し蹴りを浴びた男性は地面に倒れ込む。その際に、くるくると回転しながら人混みの中に消えていってしまった。

 

 それを見て、チェルシーは驚きを抱く一方、冷静に義手ぎしゅの可能性を考える。現に、男性は痛がる素振りすら見せず、立ち上がろうとしている。肩の断面からは血すら流れていない。


 だが、未だ足に残る違和感がそれを否定する。左から迫る男性を蹴った時、足に伝わる感触があまりに軽かったのだ。

 

 まるで、中身が空っぽのような……。

 

 「ひっ?!」

 

 そして、前でうずくまっていた女性が顔を上げた時、チェルシーはその答えを知る。

 

 棍棒の一撃を喰らい、地面に叩きつけられた女性。その顔は、殴打された箇所を中心にひび割れていた。眼球すら半分、飛び出た状態になっていて、明らかに人間の肉体ではない。

 

 「まさか、こいつら――、っ?!」

 

 さらに、下半身に絡みつく感覚。

 視線を落とすと、首の無い男の体がチェルシーの腰に抱き着いていた。

 

 「うわああああああ?!」

 

 この状況に、しものチェルシーも悲鳴を上げざるを得なかった。それが一瞬の油断を生み、チェルシーは近くの男女に取り押さえられた。さらに周囲の村人たちが山のように圧し掛かり、完全に身動きが取れなくなる。

 

 しかし、それは村人たちの重量によるものではない。折り重なる彼らの手足がチェルシーの体に絡みついて動けないのであって、全身にかかる圧迫感はあまり感じられなかった。

 

 「……やっぱり、こいつら!」

 「そう、人形だよ。あっしが作り出したね」

 

 村人――人形の山から顔を出すチェルシーを覗き込み、生首を抱えるサンドロスが告げる。

 

 「アンタが、作り出した?」

 「その通り。あっしのアルニマ、『空狂生人形ソウルレス』は人物の肉体の一部を取り込むことで、その者になり切ることができるのさ。それはあっしが自由に操れる上、農作業くらいの単純作業なら自律的に活動することができる代物でねぇ。お嬢さんたちが今まで接してきた村人のほとんどがこの人形たちなのさ」

 「……この村の人たちのほとんどが、人形ですって? これほどたくさんのアルニマを三日間も動かし続けてられるほどのマギナと技術…………ただの村人にできるはずがない。アンタは一体、何者なの?!」

 

 もうチェルシーに反撃の手立ては残されていない。しかし、せめてもの想いで、サンドロスをきつく睨み付けながら問い質す。

 

 その眼光に、しかしサンドロスは余裕ぶった表情を返し、再び蓄えた顎髭を撫で始める。

 と、思いきや、サンドロスは何を思ったのか、顎髭を強く握り締めると下に強く引っ張った。その瞬間、バリ、という音が鳴って、顎髭全体がサンドロスの顔から離れる。

 

 そして、付け髭を地面に放り捨てたその老人は、しわの多い浅黒あさぐろの顔に笑みをたたえ、チェルシーに会釈えしゃくした。

 

 

 「改めまして。あっしはレジスタンス軍本部の第四師団に属するゼッペルと申します。以後、お見知りおきを。お嬢さん」


 

 

 



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