第19話 蛮勇



 荷車を広間の中央に置いたミヤビは、速やかに近くの柱へと駆けた。その目的は、根本にセットされている爆破用アルニマである。

 

 その爆弾は、爆薬を詰め込んだ筒状の束に起爆機器を取り付けた構造になっている。爆弾そのものを解体することは難しそうだが、起爆機器に差し込まれているプラグを抜けば、柱から取り外すことは可能のようだ。

 

 「よし。あの時、設置作業を見ていて、イケると思っていたが……やっぱりな。しかし……この状況になっても上の連中はまだ、この基地の自己破壊命令を出さないのか……? まあ、そのおかげで俺はまだ生きていられるんだが」

 

 柱には、外周に沿うような形で三つの爆弾が等間隔で設置されている。それらは受信機から伸びるコードで繋がり、遠隔操作で起爆できる設計であるとミヤビは認識していた。

 そのため、東部周衛基地の司令官や本防衛戦の指揮官の意思に拘らず、上層部の任意のタイミングで作動できるはずなのだが。

 

 「まあ、監視用アルニマは破壊され、さらに左側の監視塔も潰された。多分、もう片方の監視塔も機能してないだろう。その上、戦場が大量発生した肉塊共によってパニック状態であり、とどめにアンテレナが食われたとあっちゃ、正しい情報なんて送られてくるはずがない。爆弾を起動するか否か決めあぐねているんだろうな」

 

 上層部の動向が分からない以上、現状からそう推察するしかなかった。無論、その間もずっと手を動かし続けながら。

 

 そうしてミヤビは柱から慎重かつ早急に爆弾を取り外し、荷車に載せていく。それが終われば次の柱へと。特に、前衛関地側の柱は、ルイワンダを駆使して屋上付近に仕掛けられた分まで残らず回収していった。

 

 邪魔者は来ず、日頃のブラック業務によって熟練された手付きで順調に爆弾を取り外していくミヤビ。しかし、どれほど急いだところで、そもそも残されている時間が少なく。

 

 10分もしないうちに、巨大な質量が大きな何かとぶつかる深く重々しい音が辺りに轟いた。その振動によって崩れかけた爆弾の山を、荷車に咄嗟に覆い被さることでなんとか抑え込み、ミヤビは強く舌打ちをする。

 

 「ちぃっ。もう壁まで来やがったのか……!」

 

 火山が噴火する直前のようなこの地響きは、それしか考えられない。あの巨体が前衛関地を取り巻く石垣と衝突した音だ。

 天を穿つほどの体積を誇る肉塊に体当たりされて、高々10メートルほどの壁が耐え切れるとは思えない。恐らく、1分と持たずに突破され、この司令本部棟に迫ってくるだろう。

 

 「……仕方がねえ。ひとまず、爆弾の量はこれで十分だ。あとは残されたものが誘爆しないことを祈るしかない」

 

 状況を素早く察したミヤビは爆弾の回収作業を打ち切り、荷車に戻った。あらかじめ荷車に用意されていた、積載物を縛るロープで爆弾を固定し、くびきを握って移動を始める。

 

 そして、ミヤビが荷車を停めたのは、前衛関地へと続く正面ドア、それに最も近い場所に位置する柱の左斜め後ろ辺りである。

 

 「…………もうちょっと後ろ……この辺がいいか」

 

 僅かに後退して位置の微調整を行い、ミヤビは静かにくびきを置いた。

 それからスパスに納めていたルイワンダを取り出し、マギナを注ぐ。内部の糸が限界まで伸びた状態で留め、片方の先端に一つのキューブを寄せた。そして、それを床に何度か打ち付けて、爆発の準備をする――その時だった。

 

 ドオン! と地響きがひときわ弾け、ガラガラガラ、という崩落音が後に続く。思い違いなどしようがない。ついに肉塊が石垣を破壊したのだ。

 

 振り向けば、窓から見える中庭の景色は土煙に覆われている。その中に微かに浮かび上がる、建築物なら20階はあるだろう巨大な影。時折、煙を切り裂いて現れるのは、ヤツの触手か。

 

 「くっ。やっぱりもたなかったか……ええいっ、間に合えー!」

 

 ミヤビはルイワンダの糸を荷車のくびきに二周ほど巻き付け、煌めくキューブが付いたその先端を、爆弾を固定するロープに絡ませる。

 

 それが終わると、今度は伸ばしたルイワンダをロール状に纏め、それを左腕に掛けた。荷車に取り付けた側の糸を右手に持ち、少しずつ送り出しながら、正面柱の周りを時計回りに走り始める。

 

 三周ほどすると、起爆装置を作動させる受信機に糸を引っ掛け、今度は反時計回りに走る。だが、それは半周で留め、そして残りの糸をたすき掛けのように自身の体に巻いていった。

 

 「よし、これで準び――」

 

 ミヤビの安堵の息を遮るかのように。

 

 ズズン、と威圧感が一層、近づいたかと思うと、司令本部棟の正面側がいきなり炸裂。破砕した壁の粒子によって白く染まる爆風が室内に舞い込んできた。

 

 「ぐうぅあああああ?!」

 

 風に乗ってやってくる小石の弾丸に撃たれながらミヤビは床を転げ回る。やがて、無数の柱の間を駆け抜ける風の鳴き声が残響の果てに消えた頃、せ返るような白煙の中で徐々に顔を上げていった。

 

 青空を背にしてそびえる、巨大な肉のタワー。濁った視界の中でも、この世のものとは思えない醜悪な造形は健在で、本来ならすぐにでも逃げ出したいほどの破滅的恐怖を撒き散らしている。

 

 だが、逃げるわけにはいかない。引くわけにはいかない。

 その内部に囚われた最愛の人を救い出すまでは。

 

 「はは。改めて目にすると、すっげえなこいつ……」

 

 無意識に出てくる笑みは、勇気の証か、絶望の強がりか。

 震える手足を根性で制し、体をゆっくりと持ち上げる。小石を浴び、床を転げ回った肉体は早くも鈍い痛みを訴え始めていた。とことん、脆弱ぜいじゃくな存在だと、ミヤビは自嘲を抑え切れない。

 

 そうだ。笑え。この絶望を前にして笑え。怒りも絶望も憐れみも、自分を前進させる力に変えろ。何も持たない自分には、蛮勇こそが唯一の武器だと知れ。

 

 「フィオを救う方法……俺が思い付けるのはこれしかなかった。下準備は完璧。あとは俺の精神が持つかどうかの大勝負!」

 

 パァン! と両手で頬を打って己を奮い立たせ、ミヤビは肉塊を睨み付ける。

 

 肉塊がミヤビの存在に気付いたのは、それと全くの同時だった。薄れていく白煙の波間に揺蕩たゆたう、たった一つの人影。おびただしい眼球によってそれを確実に捕捉し、肉塊はクジラの鳴き声のような遠く不吉な雄叫びを上げる。

 

 それが、ミヤビが床を蹴る合図だった。

 

 目の前には、崩壊した棟の瓦礫によって奇跡的に形成されたカタパルトが如き上り坂。その上を駆け抜け、ミヤビは大きく跳躍する。

 

 「さあ! かかってきやがれ化け物がああっっ!!!」

 「キャキャキャキャアアアアア!」

 

 決死の形相ぎょうそうで突っ込んでくるミヤビに対し、肉塊は多数の触手を走らせ、彼を空中でキャッチした。そして、表面に裂傷が生まれ、間も無く口のように開いた部位へと送っていく。

 

 「はは! そうだ! 食え! この俺を食ってみろおおおお!!!」

 

 禍々まがまがしくうごめく肉の穴を目前にして、なおもミヤビは挑発を止めず。

 その願いは無事に叶えられ、ミヤビは肉塊の中に取り込まれてしまった。

 

 





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