第9話 開戦



 「マージ班とレスト班は左監視塔へ! アンズ班とウィック班は右監視塔でそれぞれ待機! 開戦後、現場のナイト級の指示に従うように!」


 「外壁備砲の最終点検を急げー! 終えたらすぐに特殊弾の装填作業だ! さぁー慌てろ慌てろ!」


 「捕獲用のアルニマは関地せきち両端に置いておくんだ! 捕獲班は係員詰所に待機! 捕獲に成功した場合はただちに工廠へ持っていくこと!」

 

 「もう時間が無いぞー! 俺たちの小さな不手際で大勢の命が失われると考えろ! ここが俺たちの戦場だ! 死ぬ気で取り組めええーっ!」

 



 「……さすがに当日ともなると、気合の入り方がちげーなぁ」

 

 窓から前衛関地の様子を見下ろして、アンドラは苦笑交じりに呟いた。同じく、窓枠に肘を置いて眼下を眺めているマハトが言う。

 

 「当たりめーだろ。これから王連合軍が攻めてくんだぞ」

 「ああ、ヤダなぁ。とっととフロントーラに帰りてえなぁ。もうさんざん手伝ってやったんだから、いい加減に解放してくれたっていいだろーがよ」

 「主に亡霊がな。帰りてーのはオレも山々だが、もうすでに基地の裏門は閉められた上に、バリケードで完全に封鎖されている。基地を自己破壊する際、出口を塞いでなるべく大量の敵を崩壊に巻き込んでやろう、ってハラだ。どこにも逃げ道なんてねーよ」

 「ああ……っくそ。大体、なんでオレたちがこの基地に来なきゃならなかったんだっての! 今さらだけどさ!」

 「それはマルクに言えよ。アンナに良い顔したいからってあのバカが……」

 「誰がバカだって?」

 

 アンドラとマハトの愚痴に差し込む、不機嫌な声。

 通路の向こうから、仏頂面をぶら下げてマルクがやってくる。

 

 「おかえり。やっと解放されたか?」

 

 笑いながら言うマハトの軽口に、マルクは「ふん」と鼻で笑って返した。

 

 「悪かったな。オレが女の尻を追いかけ回したばっかりに、こんな厄介事に巻き込んじまって」

 「拗ねんなってー。分かってるよー。アンナに恩を売れる絶好の機会だもんなー」

 「言っとくけどな。オレだって出来るなら来たくなかったんだよ。キリエの予言にビビりまくってる上層部とアンナのせいだからな。いよいよ王共が本気で人類を潰しに来るっつって、周衛基地のサポートが必要だの経験豊富な人材が欲しいだの。んで、工廠長たるオレが引っ張り出されたってわけだ。ふざけやがって」


 苛立つ口調に合わせて、マルクは壁を足蹴にする。それでコンクリートがどうにかなるわけではないが、構わず彼は何度も壁を蹴りつける。相当、鬱憤が溜まっているようだ。

 

 「ここ東部周衛基地だけ騎士団じゃなく、アンナと第六世界ゴルドランテの勇者候補とソラリハだけだもんなー。だからマルクがここに送り出されたってことか。って、ルーク級にその穴埋めができるとは思えねーけど」

 「いや、そいつらだけじゃねーだろ。中央司令基地から何人かナイト級をつれてきてるんじゃなかったっけ?」

 「ああ。ナイト級のトップランカーが3人。しかも、その内の1人が『シングル』という超豪華パックだよ」

 「ほお。シングルを動かすなんて、今回の上層部はマジだな」


 マルクの返答に、アンドラは嬉々として答えた。

 


 ナイト級には序列が存在する。マギナ量やマギルカなどを考慮した戦闘能力に加え、任務達成率や想生獣の討伐数、人命救助などの様々な要素から順位が定められる。その中で、特に100位まではトップランカーと呼ばれ、彼らは中央司令基地に配属された後、物資調達任務や領土奪還任務など、他世界での重要任務を主に務めることになる。

 

 そして、1位~9位までのシングルナンバー、通称『シングル』はナイト級最大戦力とされ、大本営直属の兵士に認定される。彼らは大本営が重要かつ達成困難と見做す任務にのみ出動し、すなわち、今回の防衛戦がそれなのだ。

 


 「ナイト級序列第26位、『剣乱業火けんらんごうか』ホムラ=オオトリ。ナイト級序列第21位、『飛び交う双獣ダブルバレッド』ベニー=ダイシュー。そして、ナイト級序列第7位。『夢見る創造主チャイルドプレイ』レオナルド=メイリープ。この3人がアンナたちの助っ人として来てる。今頃、屋上にでも集まって作戦の最終確認でもしてんじゃねえかな」

 「ほーん。んで? オレたちはどーすんだ? まさか下の連中みたくナイト級のサポートに回るんじゃねーだろうな?」

 「いいや。それはこの基地のルーク級の役目だ。まあ、手伝え的なことは言われたが、さすがに突っ撥ねてやったよ」

 「おおっ。さすがオレたちのリーダー」

 「ただ、人手が足りなくなった場合、加勢に行くことにはなったがな。それまでは工廠内で待機。他の連中もすでにそっちに向かってるはずだから、オレたちも早く行くぞ」


 マルクは2人に手招きする。そうしてアンドラとマハトが動き出したのを見届けて、顔を窓側と逆の壁に向けた。

 

 「てめえもだ。ついてこい、亡霊」


 壁際に突っ立ち、一言も発さずに3人の会話を見守っていたミヤビを一瞥し、マルクは速やかに歩き出した。

 

 


 忙しなく歩き回る作業員たちの間を抜けて工廠に辿り着く。広いエントランスホールには、すでに中央司令基地のルーク級たちが集まっていた。マルクたちを取り囲み、集団は工廠の奥へと移動していく。

 

 「工廠長。開戦時の行動はどうなってるんですか? ずっとここで待機ですか?」

 「いや。戦いが始まった時はそうだが、外のルーク級で欠員が出て、人手が不足した場合、応援に行くことになってる。これからそうなった時の班決めをする」

 「緊急避難経路はあるんですか? もし、基地内に敵が侵入してきたらどうするんですか?」

 「残念ながら、避難経路は聞いていない。大丈夫。基地内にも守衛兵が配置されているから。彼らがきっと守ってくれるさ」

 「そ、その人たちがやられたら……周衛基地って、もしもの時は爆破して倒壊させるんですよね?! わたしたちを巻き込んで!」

 

 悲鳴染みた女性の声が、マルクを取り巻くルーク級の騒擾そうじょうを貫き、工廠内に澄み渡る。

 

 誰もが絶句し、動きすら忘れたのは、きっと、その事が不安で堪らなかったからだ。基地が防衛機能を維持できなくなった場合、存在意義を消失したそれは爆破される。内部の人間を生贄にして、基地は最後の務めを果たすのだ。

 

 その結末。その恐怖を知りながら、全員、見て見ぬふりをしていた。考えないようにしていた。

 だが、女性の声によって、いよいよその事実と向き合わなくてはならなくなった。

 

 ルーク級たちは一途にマルクを見つめる。立ち込める絶望を追い払える望みと、その根拠を願いながら。

 

 皆の想いを一身に受けるマルクは、女性に笑いかけた。

 

 「その通りだ。王連合軍に基地を突破されそうになった場合、域内を守るため、この基地は爆破される。オレたちの生死に拘らずにな。だから、今のうちに覚悟を決めておいてほしい」

 「そんな……」

 「だけどね……命を懸けているのは皆、同じだ。なにより、ナイト級はこれから命懸けの戦いに挑むんだから。そして、オレたちはこの数日間、全力で彼らのバックアップをしてきた。オレも、キミも。ここにいる皆がそうだ! そうだろう?!」

 

 マルクは周囲の人間を見渡す。不安げな表情を浮かべる1人ひとりに呼びかけるように、言葉を紡ぐ。

 

 「大丈夫だ! オレたちの中に中途半端な気持ちで仕事に取り組んだヤツなんて1人もいない! そんなオレたちが整備したアルニマをナイト級が使うんだ! 彼らが負けるはずがない! 彼らの失敗を案ずることは、オレたちのこの数日間は無駄だったと言うのと同じだ! そんなことあるはずないだろう?!」

 「そ、そうだ! おれたちは全力で仕事に打ち込んできた!」「だよね! あたしたちがやってきたことに間違いなんてあるわけないじゃんっ」「王連合軍なんてナイト級の人たちが追っ払ってくれるよ。今までだってそーだったし」「てゆーか、アンテレナ様たちが負けるとか考えられねーしなぁ」「マルク工廠長の言う通りだ! 俺たちはナイト級たちを信じて、ここで高みの見物をしてればいいんだよ!」

 

 マルクの情熱的な言の葉に乗せられ、活気づいてくるルーク級の集団。

 

 さすが、腐った性根を隠し通して工廠長にまで成り上がった男。集団の心を掴むことなど、彼の話術をもってすれば赤子の手をひねるようなものか。

 

 

 

 ブオォ――――ン……ブオォ――――ン……。

 

 

 

 しかし、せっかくの熱気に水を差す、建物を僅かに振動させるほどの重低音が突如として鳴り響く。

 

 それは、敵襲を告げるサイレンの音色。


 「え、ウソ、もう? 時間は……2時! よ、予言の時刻とピッタリ……」

 「ああっ。みんな! 窓見て窓!」


 窓際に立つ1人の少女に促されて、集団は一斉に窓から空を見上げた。

 

 雲がほとんどない青空を今、虹色の膜が覆っていく。基地の外側から発生し、フロントーラへと駆けていくマギナの防御壁。

 

 すなわち、疑似聖域ガルダンタの発動。

 



 人類の存続を懸けた戦争が、始まる。







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