第4話 地下街のマッドドクター



 第七世界アースレディアに逃げ込んだ人類が人類反攻拠点街(後のフロントーラ)を設計する際、真っ先に考えられたのは都市の造形ではなく、民間人を避難させる手段だった。

 

 世界が七つに分けられたことで絶対的に限られた土地。減少した人口。乏しい資材や技術。諸般の事情を考慮すれば、残された人類が運営できる拠点は一か所。そこを攻め落とされた場合、人類は今度こそ滅亡してしまう。

 

 その事態を防ぐために考案され、建設されたのが地下街である。そこはいざという時に民間人が逃げ込める防空壕であり、反抗拠点街での戦闘が長期化する場合も想定して、域内外へと逃げ出すための避難経路でもあった。

 

 そうして、当時のアースレディア総人口が収容できる規模の地下街が建設されてからおよそ100年。精鋭化されたフロンズ聖伐軍と周衛基地の活躍のおかげで、フロントーラは今日に至るまで、一度の侵略も許していなかった。

 

 その結果、地下街の存在は市民から完全に忘れ去られ、噂すらもされなくなった現代。

 

 緊急用としての利用価値を認められながらも、その存在意義が薄れつつあった地下街は、本来の目的とは違った様相を見せ始めていた。

 

 事の始まりは、避難経路から迷い込んだ人間たちである。いくつも設けられた避難経路は全て、フロントーラ外の様々な場所に通じている。つまり、避難経路の出口から地下街へ辿り着くこともできるのだ。

 

 しかし、防犯上の理由から、地下街から伸びる避難経路は非常に入り組んだ構造をしている。一本いっぽんがまるで樹形図のように往く先々で枝分かれし、正しいルートは一つしかない。そのため、出口から避難経路に入った場合、道順を知らなければまず遭難してしまう。

 

 だが、地下街から出口へと向かう場合は一本道である。それは、正規ルートの途中にある分かれ道は全て鋭角(つまり、地下街から出口へ向かうルートでは死角になって見えない)に分かれているので、ただ目の前に伸びる道を直進するだけでいいのだ。

 

 故に、多くの出口を設置していながらも、軍は地下街への侵入者を想定していなかった。


 しかし、100年という歳月は、この地下迷宮の攻略を可能にした。それを成したのは、フロントーラや村から逃げ出した犯罪者や放浪者、山賊たちである。

 

 域内という絶対的に限られた土地の中で、追われる立場の者たちに安寧の場所など存在しない。そんな彼らが、一度、踏み込めば二度と帰っては来れないとされて村人たちから恐れられている洞窟を、隠れ家として利用するのは必然の成り行きだった。

 

 そうして避難経路を根城にした彼らは、長い時間を掛けながら徐々に地下迷宮の道筋を明らかにしていき、やがて地下街に行き着いた。

 

 市民が数日間は暮らすことを想定している地下街は、石造りの簡素な住居が井然せいぜんと建てられている。それに加え、水や非常食も用意されているので、逃亡者である彼らにはおあつらえ向きの場所だった。

 

 彼らはそこに住み着き、域外とのアクセスを確立させると、地下街で生活を営み始める。

 そのうち、他の避難経路からも域外で行き場を無くした者たちがやってくるようになった。彼らもまた地下街に定住し、村と変わらないくらいの人口まで増えると、地下街の住人たちは物々交換を主流とした商売を始めるようになっていく。


 それぞれが得手とする技術を職業にし、住宅を勝手に改造して自分の店に。人々が集まるほどにその職種は鮮やかになっていき、地下街は本格的に独自の文化を歩み始めた。

 

 

 闇市場ブラックマーケットは、このような足跡を辿って出来上がった地下街の現在の形態スタイルと言えよう。

 

 

 地下街を【裏】とすれば、【表】であるフロントーラでは見かけない商品がここに集まる。上流階級でも滅多に手に入れることができない高級品や珍品はもちろん、軍が管理し、市場には決して出回らないはずの上位世代想生獣の素材や、一般人には販売を禁止されているアルニマ、違法な薬物や愛玩目的の想生獣。果ては奴隷や、度の超えたアブノーマルの性的欲求を満たす店など。

 

 そして、商品には情報も含まれる。裏稼業に精通している特色が故、地下街は表沙汰にならない事件や事故の情報が輻輳ふくそうする集積地の側面も持つようになった。


 しかし、多くは人伝に流れ着く与太話。聞く者、伝える者によって内容は異なり、その信憑性は雲を掴むようなものである。

 

 そうした玉石混淆ぎょくせきこんこうの中から一つの真実を見つけ出すには、より多くの情報を集め、全体的な傾向や共通項、頻繁に出てくるワードなどから本質の欠片を拾い集めるしかない。それにはまず、多くの情報が必要だ。

 

 そして、情報が集まる場所は大抵、決まっている。


 そう、例えば――

 

 病院とか。

 

 

 

 

 

 「で? 私の可愛い可愛いモルモット君。しばらくぶりにやってきて、今日は一体なんの用だい?」

 

 アドミリック病院の院長、キングリデックは、診察室の椅子に座りつつ、診察台に腰掛けているミヤビに訊ねた。

 

 「ああ。実は……」

 「あーあーもういいよ。言いたいことは全て分かってるさ、愚かなモルモット君」

 

 答えようとしたミヤビを阻み、キングリデックは薄い表情でもはっきりと分かるくらい、にんまりと笑った。

 

 「ようやくキミもわたしの全身改造手術を受ける気になったんだね? そうだろうそうだろう。そんなマギナも碌に生成できない出来損ないの肉体でサティルフ候補の尻拭いをしようなんておこがましい話だ。さあ、さっそく手術としよう。ルルティエンコ。手術室の用意を……」

 「待て待て待て。勝手に話を進めるな。ってか、その話はすでに決着したはずだぞ。俺は改造手術なんか受けるつもりはない、と」

 

 すかさずミヤビが拒否すると、キングリデックは唖然とした顔つきになった。

 

 「信じられない。信じられない! おのが欠点を自覚し、それを解決できる手段が目の前に存在しているというのに! それを拒む! わざわざ非効率の道を選ぶ! 信じられなぁぁいっっっ!!!」

 「それが人間というものでスヨ、ドクター?」

 「これが人間というものか! これが人間というものか! 嗚呼なんて面白い生き物なのだろう! あははははははは!!!」

 

 怒って叫んで、最後には高笑いを始めるキングリデック。情緒が不安定というどころの話ではない。

 

 だが、これがいつものことなら、他愛ない日常の一幕。ミヤビは小さく嘆息し、ルルティエンコと笑い合っているキングリデックを睨み付ける。

 

 「というか、お前はただ人間の体で実験をしたいだけだろ。そんな手術を受けてどうなるか、分かったもんじゃない」

 「何を言う。どうなるか分からないから面白いんじゃないか。だからこそやる価値がある。特に、キミのように極端にマギナ生成量が少ない肉体を持つ人間は、ある意味レアなんだからねぇ。マギナに対して抵抗力が弱い肉体を素体にした時、どのような反応を見せ、どのような結果になるか。どうだい? 興味が湧いてきただろう?」

 「ねぇよ。……まあ、肉体改造そのものを否定する気はねえが。、受けるつもりはない。そんなにしたいならさっきの3馬鹿に試せばいいだろ」

 「ちょっとだけ。最初は脳みそを少し弄るだけ。もちろん、お代はいらないよ。むしろ払ってあげてもいいくらいだ」

 「イヤだ」

 「好きな機能をなんでも付けてあげるから。今後の取引も勉強させていただくから。どうだい? お試しの気持ちで。なんだったら先っぽだけでもいいから」

 「イヤだ、っつってんだろ。ってか、なんだよ先っぽだけって」

 「ちぇっ。ちぇっ。ちぇっ」

 

 ミヤビがとことん突っぱねると、キングリデックはあからさまに頬を膨らませ、子どものように拗ねた反応を見せる。

 

 「だったらぁ~。ここに何しに来たのさぁ~。肉体改造しないって言うならぁ~」

 「最近、基地内で不穏な動きがある。何か情報は入ってきてないか?」

 「不穏な動きぃ~?」

 

 椅子の背もたれに体を預け、エビ反り気味になっていたキングリデックは、速やかに上体を戻してミヤビを見つめる。

 

 「ああ……なるほど、そのことか」

 「何か知ってるのか?」

 「ふむ……」


 キングリデックは意味ありげに頷くと、大きく足を組んでから話し出した。







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