最終話 絶望色の歓喜
タイタンボアの出現によって野営訓練は中止となり、訓練生とアンテレナらナイト級を乗せた輸送車両はタイタンボアの素材を運ぶ荷車と共にフロントーラへと帰投していった。
ルーク級だけは麓に残り、本部テントその他諸々を片づける撤収作業に取り掛かっている。そうして皆が一丸となって黙々とトラックに積み込んでいく中に、ミヤビやマルクたちの姿は無かった。
「くそがああああ!!!」
「ぐうぅっ!」
本部テントから離れた集会場の裏手。人気の無い閑散とした地に、ミヤビの悲鳴が響く。
事実確認と行ったことに対しての説教、という名目でマルクに呼び出されたミヤビ。しかし、人目が途切れた途端、マルクに思い切り腹を蹴られ、成す術なく地面に崩れ落ちた。
腹を庇うように
「くそが、くそがっ。死ねよマジで。何してくれてんだよてめえは! ああ?! 聞いてんのか亡霊があ!!」
「ぐあっ?! す、すみ……ぅあっ! あううっ」
「ああっ?! なんとか言ってみろやコラああ!! 本当に亡霊にしてやろうか?! こんのクソがきゃあ!」
「ぐぅうっ……~っ、」
責め苦に耐えられなくなり、仰向けに倒れたミヤビの首にマルクは足を落とした。徐々に体重を掛けながらグリグリと踏み躙る。そうすると、ミヤビの顔面はみるみるうっ血の赤に満ちていった。
「おい! やり過ぎだ! いくらなんでも死んじまうぜ!」
このままではさすがにまずいと思ったのだろう。アンドラがマルクを羽交い絞めにしてミヤビから引き離す。
しかし、マルクはすぐにアンドラを振り払い、
「死ねばいいんだよこんなクズ野郎! オレの顔に泥を塗るような真似をしやがって……誰のおかげでルーク級にいられると思ってんだコラぁ!!」
「気持ちは分かるが落ち着けって! あんまり騒ぐと他のヤツらに聞こえちまうぞ!」
「ちぃぃ……! 畜生っ、なんでこんなヤツのせいで……オレの責任。監督不行き届けじゃねえか。オレのキャリアに傷がついたんだぞ! 完璧な人生だったのに……こいつのせいでぜんぶ台無しだ! どーしてくれんだよくそったれが!」
そして、マルクはミヤビの胸倉を掴んで引き寄せる。
「オレのキャリアを傷つけた罰だ! エレフト山に設置した動体検知器すべてをてめえ1人で回収しろ! するまで戻ってくるなよ! 死んでも回収しろ! いや、むしろ死んでくれて構わねえ! 死ね! ぜんぶ回収してから死ね!」
「おい、言ってることがめちゃくちゃだって。落ち着けってマジで」
「~~っ! とにかく! 全部だ! 分かったな?!」
胸中に渦巻く感情だけが、今のマルクの全てなのだろう。叫ぶだけ叫ぶとミヤビを地面に投げ捨て、彼はずんずんと本部テントの方へ戻っていってしまった。その後をアンドラとマハトが追いかけていき、地面に寝そべるミヤビが1人、取り残される。
しばらくして、トラックのエンジン音が聞こえてきた。本当にミヤビを置いていく気のようだ。数台の車の走行音が遠ざかっていき、辺りは静寂に包まれる。
「…………ふはっ」
唐突に湧き上がってくる笑い声。
「あははははっ。ははっ、あはははははははは!」
それは、哀れな自分に酔いしれる自嘲なのだろうか。
それとも、救いようの無い人生を褒め称える精一杯の強がりだろうか。
「ひひっ。くー、うくくっ。あははっ、ひゃはははははははははははは!!!」
違う。
これは、喜び。
想い人の未来に捧げる歓喜の歌。
――これで、レンヤの体裁は守られる。
犯人がミヤビに決定した以上、事後調査はミヤビが犯人、という前提で行われる。その結果、ミヤビの証言との食い違いが浮き彫りになろうと、レンヤを犯人と疑うような命知らずはいないだろう。
レンヤの評価が落ちることはない。何事も無く、サティルフへの道を
「うーひっひっひ! ひーひゃははっ! はは、んー、んん、んー~~~~くはははははははは!!」
何もできないと思っていた。
こんな出来損ないの自分にも、できることがあった。
フィオライトの幸せに貢献することができた。
嬉しい。
嬉しい。
うれしい。
「ひゃははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっっっ!!!」
だから、悲しみなんていらない。
この胸を締め付ける痛みに意味なんて無い。溢れ出る涙に想いなど宿らない。
元から何もかも失ってしまったもの。
無いものに心を痛める必要などあるだろうか。
だから。
だから。
笑ってくれ。彼女の夢を守った、その事実に。この傷、この境遇を、たった一つの勲章だと誇れるように。
「行こ」
血と涙と鼻水をぼろぼろと垂れ流しながら、ミヤビは起き上がり、ふらふらと歩き出す。その虚ろな目に映るのは、夜の暗さに沈みつつある森。
やがて森の闇に消えていく背中を見守る者は、1人としていなかった。
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