第3話 あなたが笑っていてくれるなら



 刃から放出される砂塵が斬撃となって無数に降り注ぐ。


 「うおおおおおおっ?!」

 

 ルイワンダを駆使してそれらをことごとく回避していくミヤビ。とはいえ、小さな誤りで被弾しかねないほど危うい逃走劇であり、場面場面で瞬時に最善手を選ばなければならない状況は、体力よりも精神力を激しく奪っていった。

 

 このままではジリ貧だ。反撃しなければやられてしまう。そうは分かっていても、ミヤビはなかなか行動に移せなかった。


 なぜなら――

 

 「荷物を抱えたままよくやる。だが、避けてばかりでは私を倒すことはできないぞ」

 「ぐ……!」

 

 そう。肩に担いでいるフィオライトの存在である。礼拝堂内でのやり取りから、武装集団の目的がフィオライトにあることは承知していた。彼女の身を一番に考えるなら逃げの一手しかなく、故に今後も一方的な攻撃に曝され続ける他ないのだ。

 

 だが、ミヤビは焦りこそすれ、絶望することは無かった。焦りを覚えているのは自分ではなく、ロクロの方だと確信しているからだ。


 というのも、ロクロたちの目的はフィオライト、詳言しょうげんすれば彼女の殺害である。彼からすれば、増援が来る前になんとかフィオライトを仕留めたい一心だろう。

 

 つまり、ミヤビが積極的に反撃する必要は無い。時間稼ぎに徹していれば、いずれ基地の人々が集まってきて、ロクロに対処してくれる。自分はその時までフィオライトを守り続けていればいいのだ。

 

 (――って! 分かっていても! さすがにキツいぜこれは!)

 

 ロクロの攻撃は次第に荒々しくなっていく。ミヤビをなかなか捕らえられないことに苛立ちを募らせているのだろう。彼が冷静さを失うほど攻撃パターンは単調になっていくのだが、その分、行動が無分別になり、予測を立てづらい。

 

 「どうした?! 逃げることしかできない腰抜けか?! 男なら正々堂々、戦ってみせろ!」

 

 挑発の言葉を叫びながらロクロは大きく飛び上がって刀を大きく振り下ろし、瞬時にそれを振り上げた。そうして出来たのは、十字を刻む砂塵の斬撃。これまでで最大規模の攻撃は、ミヤビの逃げ場を完全に包含ほうがんして降り注ぐ。

 

 「させるかあっ!」

 

 だが、そのままやられるミヤビではなかった。すかさずルイワンダを振るって一つのキューブを放る。光り輝くそれは空中で爆発し、十字の斬撃を吹き飛ばした。

 

 「くうっ? 爆弾だと?!」

 

 砂塵を纏う爆風に煽られて、ロクロは少し離れた着地する。それ以後、あれほど激しかった攻撃は鳴りを潜めてしまった。

 

 なぜ、ロクロは攻撃を止めたのか。ミヤビが移動にルイワンダを使う度に、それを形成するキューブの光が増していることには気付いていた。だが、まさかそれが爆弾だとは思わなかった。


 ミヤビの武器は、自在に伸び縮みする青い杖。それをロクロは脅威だとは考えていなかった。だからこそ攻撃に没頭することができたのだ。

 しかし、それが爆弾と分かった今、迂闊には攻撃できない。


 だが、時間が無いのも事実。

 

 「……ちっ。仕方ない」

 

 悩んだ末に、ロクロは刀を逆手に持ち替えた。

 

 「出来れば力を温存しておきたかったが、任務の達成が最優先だ!」

 

 そして、ロクロは刀を床に突き刺した。その切っ先は水面みなもを打つかのようにスルリと硬い岩盤を通り、その瞬間、礼拝堂全体がかすかに揺れた。

 

 「――まずい!」

 

 ミヤビは反射的に高く跳ね飛び、そんな彼を追いかけるように床や壁から無数の鋭い棘が出現する。

 

 ロクロの刀から生まれる砂塵は、大地を侵食して全てを彼の武器に変える。金色の騎士の命を奪ったのはその技だ。度重なる砂塵の斬撃によって、礼拝堂全域に砂塵がバラまかれていることをミヤビは即座に理解したのだ。


 だが、理解したとて、それにうまく対応できるかは別の話。

 

 空中に逃れて即死こそ免れたミヤビだったが、追いかけてくる石の棘を避けることはできなかった。

 1人なら、まだなんとかできたかもしれない。しかし、今はフィオライトがいる。彼女を庇って背中や足などを切り裂かれ、ミヤビは床に落下してしまった。

 

 「ぐふっ!」

 

 落ちる時もフィオライトを案じて下敷きになるミヤビ。そのおかげで彼女は無傷のままだが、肝心のミヤビはすでに満身創痍だ。起き上がることすらままならず、そんな彼の許に、歩一歩とロクロが近づいていく。

 

 「もう鬼ごっこは終わりだ。ずいぶんと手間を取らせてくれたな」

 (やべえやべえやべえやべえ……!)

 

 ミヤビはルイワンダを支えにしてなんとか体を起こし、迎撃の体勢を取る。だが、それがただのはったりであることは誰から見ても明らかだ。

 

 (くそっ……! なにか、なにかないのか? この状況をひっくり返せるなにかが!)

 

 ミヤビは必死に周囲を見渡す。礼拝堂内はロクロの攻撃によって廃墟同然となっていた。破壊された長椅子や儀式用品、あとは死体などしか目につかず、とても現状を切り抜けられるようなものは見当たらない。

 

 「ん?」

 

 と、思っていたミヤビの視界に、とあるものが映り込む。

 

 「あれは…………そうだ。あれを利用すれば……だが、」

 「さあ、終わりだ! くたばれ!」

 「ええいっ! 悩んでる暇はねえか!」

 

 そしてロクロが刀を握る手を振り上げ、その刃が床に突き立てられる前に、ミヤビはルイワンダを思いっきり後ろに引いた。

 

 プチッ――

 

 何かが千切れる音がしてまもなく、崩壊した天井で出来た瓦礫の山で大爆発が起こった。それにより瓦礫は粉々に爆散し、再び礼拝堂内を粉塵が埋め尽くす。

 

 「爆発?! ……そうか。天井が崩壊した時に密かに仕掛けていたのか。ということは先ほどの天井の崩落もヤツの仕業か……!」


 ロクロは切歯する。もう少しでミヤビをフィオライトともども始末することができたのに。この期に及んでまだ抗おうとする彼の足掻きに、冷めかけていた感情が再び沸騰し始めた。

 

 だが、ロクロは感情に身を委ねることはせず、冷静を努めた。勝算があったのだ。自分はミヤビを仕留めることができる、その自信である。

 

 その根拠となるのが、ミヤビが持つ武器、ルイワンダだった。それが放つ青白い輝きは、砂埃が充満する世界においても色褪せない。その輝きは、必ず自分を勝利へと導いてくれるはずだ、と確信していた。

 

 だから、今は怒りに心を掻き乱される時ではない。周囲を入念に警戒し、ミヤビの位置を掴むことに専心しなければならない。

 

 そうして目を凝らす砂埃の世界。

 

 その端を今、青白い光と、それによって浮かび上がる人影が掠めた。

 

 「そこかあっ!」


 ロクロは刀を床に突き立てる。床の岩盤が一直線にめくれ上がっていき、その力は人影の下で盛大に花開いた。

 

 「ぎゃああああ?!」


 そうして出来た岩の棘の花束に人影は貫かれ、野太い断末魔が響き渡る。それは、ロクロにとっての勝利の福音に他ならなかった。

 

 ニヤリとほくそ笑み、ロクロは刀は掲げる。すると、舞い上がった粉塵がみるみる薄れていき、人影を飾る岩の花束の全容を明らかにした。

 

 「…………これはっ! どういうことだ……?」

 

 そして、ロクロは驚愕する。

 岩の棘に胴体を貫かれて絶命している人物。それは、彼と共に礼拝堂を襲撃した武装集団の1人だったのだ。

 

 ――どうしてこいつが岩に貫かれている?

 ――どうしてこいつが青白く輝く杖を持っている?

 

 視覚から送られる全ての情報がロクロの脳をショートさせ、

 


 ズドン。

 

 

 活動不全となった体に今、何か熱いものが背中から腹にかけて通過していった。

 

 ロクロは視線を落とす。自分の腹部に、赤い点がついている。その点はじわじわと周囲に広がっていく。やがてそれはしたたりとなり、床に落ちて血溜まりを作っていく。


 そこまで見届けた後、ロクロは銃声がした後ろをかえりみた。


 床に尻餅をついているミヤビが、小銃の銃口を向けてロクロを睨み付けていた。

 

 「馬鹿、な……っ」

 

 ロクロは全てを理解し、その瞬間、体から力が抜けて血溜まりに崩れ落ちた。


 そうして動かなくなるロクロを確認して、ミヤビは小銃を放り捨てる。

 

 「はぁ……はぁっ、はあぁ~~……危なかった。うまくいった……」

 

 一か八かの賭けだった。

 ロクロの攻撃の最中、ミヤビが見つけたのはキューブの乱打を浴びて昏倒したはずの武装集団、その1人がのろのろと起き上がる瞬間だった。


 ミヤビは咄嗟にルイワンダを引っ張り、事前に仕掛けていた瓦礫の山のキューブから糸を外して、それを起爆。巻き上がる粉塵の中に潜んで、ルイワンダをその男の前に滑らせた。

 

 覚醒したばかりで意識が定まっておらず、しかも砂埃が飛び舞う濁った視界の中、目の前に輝く棒状のものがあれば手にしてしまうのが人の性である。現に彼はそうしてルイワンダを掴み取り、ロクロの標的になってしまったのだ。


 だが、これはあまりに不確実な手段だ。男がルイワンダを取らない可能性だってあるし、ロクロが機転を利かせて人影の正体を見破る可能性もあった。

 そうなればルイワンダを手放したミヤビは格好の的。成す術なく殺されてしまっただろう。


 運良く物事が転がり、ミヤビの未来はかろうじて繋がった。結果だけ見れば大金星だが、決して手放しで喜んでいい内容ではない。

 

 「……ま、か」

 

 自嘲するようにミヤビは呟き、傷ついた体でゆっくりと立ち上がった。フィオライトは少し離れた場所に寝かせている。ロクロに見つからないように小銃を拾い取るためには、彼女は邪魔になるからだ。

 

 後は、フィオライトを安全な場所に避難させ、武装集団の残党が対処されるまで見守っていればいい。そう思い、ミヤビは一歩を刻んだ。

 


 その前を砂塵の斬撃が駆け抜けていく!


 

 「うおあっ?!」

 

 壁に着弾した斬撃は爆散し、ミヤビを容易く吹き飛ばした。激しく床を転がったミヤビは、上体を起こして振り返る。

 

 そこにいたのは、血を滲ませる腹を押さえてなんとか立っているロクロ。

 

 「~~っ、まだ生きていたのかよてめえ!」

 「はあっ……はあっ……くく。いや……ただの、悪あがき、だ」

 

 だが、ロクロはニヤリと口の端を歪めたと思うと、力尽きるように床に膝をついた。どうやらさすがの彼も限界のようだ。それでも決して倒れないのは、剣士としての意地か。

 

 「もう、指一本も動かせん……くく、なんたるザマか。このロクロともあろう者が、こんな小僧にしてやられるとは……」

 「………………」

 「……お前は、いったい何者だ? 報告には、お前のような男の存在はどこにも記されていなかった……」

 「………………」

 「……答えない、か。そうか。お前にも何か、事情があるんだろう」

 

 くくく、と寂し気に笑うロクロ。そして刀を床に捨て、もう一度、ミヤビに顔を向ける。

 

 「せめて、最期にこれだけは聞かせてくれないか? この私に勝った男の名を」

 「………………俺は――」

 

 命のやり取りをした男の、最期の願い。その想いだけには応えようとミヤビが口を開いた――その時。

 


 「フィオおおおおおおおお!!!」


 

 突然、場違いなほどの大声が上空から降り注いだ。

 

 崩壊した礼拝堂の屋根から登場したのは、1人の少年。彼こそ人類を勝利へと導く勇者にして、フィオライトのパートナー。



 その名は、レンヤ=ナナツキ。


 

 「赤き竜の咆哮ドラガルガリア!!!」


 荒れ果てた礼拝堂と、中心にいるロクロを見て、彼は非常にシンプルな答えを導き出した。

 叫びながら右腕を突き出し、その瞬間、竜が如き炎の本流がそこから発生してロクロを一気に呑み込んだ。

 

 「ひぃああああああああっっっ?!?!?!」

 

 その威力は圧巻の一言。ミヤビがあれほど苦戦したロクロをいとも簡単に葬り去り、それでも治まりのつかない力は破壊的な熱波となって礼拝堂を襲う。

 

 「くぅぅぅううあああっ!!」

 

 近くにいたミヤビはその暴力的な嵐に耐え切れず、死体や瓦礫もろとも吹き飛ばされていった。

 

 

 

 

 「フィオ! しっかりしろ! フィオ!」

 

 もはや礼拝堂の原型をなくした瓦礫の広場。その中心でフィオライトを抱きかかえるレンヤの声が虚しく響いている。


 フィオライトの肩を掴み、彼女の体を揺すぶり続けるレンヤ。その懸命な呼びかけが通じたのか、彼女の固く閉ざされた瞼がわずかに開いた。

 

 「…………ん、んぅ……レン、くん……?」

 「フィオ! ああ、よかった! 無事だったか!」

 「……レンくん。レンくんっ!」

 

 ぼんやりとレンヤを見つめていたフィオライトは、やがてその目を見開き、レンヤに抱き着く。レンヤもまたそれに抱擁で応えた。

 

 「ううっ、レンくん……レンくん……っ」

 「ああ、俺が来たからにはもう大丈夫だ。大変だったな」

 「わ、私を守って、みんなが……みんながあっ」

 「……そうか。ここの人たちがお前のために立ち向かってくれたんだな」

 「うん……! 私、何も出来なくて! ただ見ているだけしか……」

 「しょうがないさ、お前に誰かを傷つけるようなことはできないんだから。辛かったな……でも、安心しろ。お前を殺そうとしたヤツはもういない」

 「うん……レンくんが助けてくれたんだね」

 


 (違う)


 

 「ああ、そうさ。俺がお前を……そして、お前のために犠牲になった人たちの仇を取った」

 「レンくん……ありがとう」

 「礼なんて言うな。約束しただろ? フィオは何があっても俺が守るって」

 


 (違う)

 


 「レンくんっ!」

 「うおっと。なんだよフィオ。いきなり抱き着いてきて」

 「あっ、ご、ごめんなさい……でも、もう少しこのまま……ダメ?」

 「やれやれ……本当に手のかかるお姫様だ」

 「わあっ? ちょ、ちょっとレンくん。そんなに強く……」

 「いいだろう? 誰もいないし……まあ、助けたご褒美、ってことで」

 「もぉ……レンくんってば。しょーがないなぁ……ふふっ」

 

  

 (違う! 助けたのはそいつじゃない! お前を助けたのは……!)

 

 

 2人きりの空間で交わされる、恋人のような甘い甘い言葉。

 

 ミヤビは、大きな瓦礫の影でそれを聞いていた。いや、聞かざるを得なかった。体はもうロクに動かないし、下手に動いて2人に存在を知られたくなかったから。

 


 ――そう。バレてはいけない。自分がここにいることは。フィオライトを守ったのは、本当は誰であることかは。


 

 だから、息を潜めて2人がこの場を離れるのを待つしかない。歯を食いしばり、今にもはち切れそうな想いを独りで耐え忍ぶしかない。

 

 それでも抑え切れない感情の一片が小さな粒となって目から溢れ、

 寒くもないのに震える体を抱き締める寂しさが、誰も彼にぬくもりをくれない証拠。

 

 だけどミヤビはその道を歩み続ける。 

 たとえ、その先に破滅が待っていようとも。たとえ、その道のりを誰かに見守られることがなかろうとも。後悔はない。きっと歩み続けることができる。


 


 あなたが、笑っていてくれるなら。

 

 





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