06.儀式の謎

 自ら檻に囚われる連続殺人犯の言葉を思い浮かべてみる。


『稀有なる羊、お前なら簡単にわかることを聞くのか?』


 それは答えがすでにコウキの手の上にあるという意味だ。手のひらのコインを数えずにいくらあるのか尋ねるのと同じ行為と言い切られれば、さすがにそれ以上尋ねられなかった。


 自宅のリビングで紅茶をいれ、ソファに身を沈める。手元に届いたばかりの新たな検死書には、ロビンが指摘した右手の針の跡が追記されていた。


 毒による変色がなく、あまりに小さな傷だったために見落とされたらしい。針はすべて親指の付け根あたりに集中している。


 傷の位置を確認し、自分の手を握りこんでみた。


 指の股に近い部分へ触れる機会は少ない。ぎゅっと拳を握って、ふと気づいた。


「……握手、か?」


 互いの手を握りこめば親指の付け根に指が触れる。指の腹に針を仕込んだとしたら、怪しまれずに刺すことが出来ただろう。


 少量取り込まれた針の毒は麻酔か? 体内に取り込まれてから効果が目に見えるまで数分、被害者を誘導して広場へ誘い出すこともできる。いや、ふら付く被害者に「気分が悪いなら公園へ」などと誘った可能性もあった。


 すべてが綿密に練られた計画の上に成り立っている。


 握手を拒む者は少ないし、麻酔でふら付く状態で近くの公園へいざなわれて拒む者も滅多にいない。不自然ない言動に見えるから、相手の警戒心を煽る心配もなかった。その上で、意識を失った相手を横たえて切り裂くのは、ひどく簡単な犯行だ。


 反撃の心配なく、布を被れば目撃者に自らを特定される可能性も消せた。


 なんと大胆で、単純ながら成功率の高い犯行だろう。


 ロビンが『見事な儀式』だと褒め称えたのもそこに理由があるのか。


 ならば、何故たった1度顔を傷つけた殺人で激昂し、あそこまで落胆した? 何かの均衡を犯人が壊したとして、あの男が嘆く理由とは……?


 眉を顰めて溜め息を吐いた。




 いや、これ以上先の考えは必要ない。


 ロビンの心情を理解する必要はないのだ。求められるのは犯人を探り当てることだけだった。


 新しい情報を元にプロファイリングを組み立てれば、最初とはまったく違う犯人像が浮かんでくる。


 若い女性、おそらく白人か。一流の名を冠する大学を優秀な成績で卒業し、弁護士資格を持っている可能性が高い。法学関連に優れた知識を有し、相手をまるめこむ話術も優れている筈だ。


 選んだ被害者に己の肩書きで油断させるとしたら、会社の役員や弁護士、公的機関の名刺を持っているだろう。


 年齢は30代後半から40代前半。容姿は人並み以上で、蝶よ花よと甘やかされて育った家庭の出身者だ。


 一人娘である可能性が高い。または年の離れた姉妹兄弟がいるかも知れないが、その場合一緒に暮らしていなかった。


 我侭に振舞うことになれており、ある程度の我侭が通る財力にも恵まれている。 既婚者だが、もしかしたら今は離婚しているかも知れない。


 メモを取りながら視線を向けた先で、夕日がゆっくり沈んでいく。冷めてしまった紅茶を引き寄せ、口に運んだ。香り高い紅茶はわずかに熱を残していて、口の中で妙な違和感を広げながら飲み込まれた。


 ふと寒さに身を震わせる。ゆっくり目を開けば、すでに暗くなった室内に月光が降り注いでいた。どうやら考え事をしながらソファの上で眠ったらしい。


 柔らかな青白い光の中、視線の端を影が掠める。動く影にぼんやりと視点を合わせ、どきっとした。


 独り暮らしの家に、自分以外の存在がいる筈はない。ましてや暗い室内を足音を忍ばせ歩く存在に心当たりなどなかった。


 息を潜めてソファの背もたれの隙間に手を入れる。リビングのソファと寝室のベッドには銃を忍ばせていた。握ったグリップの冷たい感触に安心する。


 引き出して気配を探るが、足音がなく影が見えない状況で判断がつかなかった。


 心臓が煩いほど高鳴る。忍び込んだ相手に聞こえるのでは? と怖くなって薄く目を開き、どきっとした。


 ソファの影に人影が重なって見える。手が届く距離に誰かがいる証拠だった。

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