05.破られたルール

 見つかった被害者は、今までの死体と違った。


 下腹部や胸部への攻撃に加え、今までは傷つけなかった顔に数回ナイフを突き立てられている。防御しようとしたのか、被害者の手のひらも切れていた。


「同じ犯人か?」


 思わず首を傾げた捜査官たちの疑問も当然だ。模倣犯だといわれても納得しそうな現場だった。ロビンが示唆して発見された死体でなければ、コウキも混乱しただろう。


 あの男が間違うとは思えない。使われた凶器はおそらく同じナイフで、傷跡は一致する筈だった。そうでなければ、あの男がこの公園の現場を言い当てた説明が付かなくなる。


 眉を顰め、さっさと踵を返したコウキを呼び止める捜査官はいなかった。






「稀有なる羊、夜中の訪問に手土産もないのか?」


 くすくす笑う男は、しかしコウキの来訪はとっくに想定していた。その証拠にきっちりシャツを羽織り、眠そうな素振りもみせずに笑う。


 椅子から立ち上がって迎える様子は見せないが、組んでいた足を解いた姿は話を聞くと明言していた。


「手土産ならある」


 現場の写真を数枚広げて見せれば、立ち上がったロビンが手を伸ばす。格子の中へ差し出した写真を受け取り、ロビンは眉を顰めた。


 彼の想像と違ったらしい。


 不機嫌そうに顔を歪めると大きく溜め息を吐き出した。写真を机の上に放り出し、その上に音を立てて手をつく。


 バン、響いた音に看守が驚いたように顔を上げた。


 ロビンが感情をあらわにする事は珍しく、こうして激昂した様子を見せたことなどないだろう。思わず息を呑んだコウキに対し、ロビンは取り繕うように笑みを浮かべた。


 作り上げた笑顔は完璧だが、それゆえに彼の心情が荒れていることは間違いない。


「……失礼した」


 一息ついて謝罪を述べると、彼は椅子に座りなおした。


 いつものように足を組み、その上で両手を重ねて指を絡ませる。


「彼女はルールを破ってしまった。残念だが退場して頂くしかないな」


 舞台の上で脚光を浴びる時間は終わったのだと、一方的に宣言した男は嘆くように肩を落とした。羨ましいとまで表現していた殺人犯の犯した何か、僅かな変化が気に入らなかったのだ。彼の言う『見事な儀式』はただの作業に堕ちてしまった。


「質問に答えよう」


 彼女に関して興味を失ったからの言葉だ。庇ったり逃がしてやろうという気持ちは微塵も残っていない。そう告げるロビンの目は冷たく、口元は嘲笑を浮かべていた。


「殺害方法が変わった理由は?」


「興が殺がれたのだろう。獲物の言動のひとつが彼女の気持ちを逆撫でした。その瞬間に彼女のルールは崩れ、殺さなければならないと判断する。すでに殺す理由もなくなった相手を『片付け』たんだ」


 犯人のターゲットを『供物』と評してきたロビンは『獲物』と言い直した。それは彼女にとって被害者が『者』から『物』に変わったともいえる。


「片付けるゴミに気を使う者などいない。だから顔をキレイに残す必要はなく、完全に抵抗を奪う手間すら省いた。なんということか、呪われた彼女はいまや『ロトの娘達』と変わらない」


 近親相姦を戒めた旧約聖書の記述の中に、ロトの娘達が出てくる。


 2人の娘を持つロトが住まう場所は、世のしきたりで婿が来なかった。困った彼女達は「子孫を絶やすわけにいかない」という理由で、己の父親に酒を飲ませて意識を奪い、実父の子を身ごもったとされている。


 ロビンに関わってから神父並に詳しくなった聖書の知識から、コウキはすぐにロトの娘たちを思い浮かべた。


 理性や道徳を失ったという意味で使用された表現なのか。


「世のしきたりで彼女達の希望を奪った神の罪深さは言うまでもないが、そのような場所に娘たちを留めた父親もまた、愚かだったのだ。その罪は生まれてくる無垢な幼子に押し付けられてしまうというのに。

 今の彼女に利用価値はない。他に質問は?」


「次の犯行予定と彼女の手がかりを」


 見限ったなら逮捕する為の情報を寄越せと言い放ったコウキに対し、ロビンは左の眉を器用に引き上げて失笑した。くつくつと喉を震わせて笑い、右手で前髪を掻きあげて椅子に背を預け寄りかかる。


「稀有なる羊、お前なら簡単にわかることを聞くのか? 愚かな羊のように、利用される羊飼いのように。まるで籠に閉じ込められた鳥さながら、己に翼があると知らずに羽ばたく方法を聞くのか」


 嘆く声はやがて掠れ、最後に小さく付け加えられた。


「それでは……オレもルールを守れない」


 不吉な呟きは乾いていた。

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