第4章 サロメの退場
01.見知らぬ死体
稀代の連続殺人犯であり、プロファイリングの頭脳ロビン・マスカウェル。彼の管理人であるコウキが目覚めたのは大学にある己の部屋だった。研究室に転がる複数の死体……状況がわからぬまま、彼は事件に巻き込まれていく。
真犯人はロビンなのか。協力的な彼の助けを得ながら、コウキはパンドラの箱を開いた!
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偶然と呼ぶには、俺は世間を知り過ぎていた。
だから真っ先に浮かんだのは、あの男の顔――恵まれた容姿ととびきりの頭脳を持つ、史上最凶の連続殺人犯。
大学の研究室で溜め息を吐く。
目の前に転がるのは死体が2つだ。
脈を取るまでもなく、首と胴が離れた2人分の死体は死後硬直を起こしている。仰向けに転がり、天へ伸ばす形で固まった手は死にたくないと神に縋る姿に似ていた。
知らない人間が見れば、コウキが殺したように見えるだろう。
ひどい眩暈と頭痛に顳を押さえれば、己の血に手がべったりと濡れた。左側頭部が切れているようだ。
「……とりあえず、FBIだな」
国の特殊機関の要請で協力しているコウキが、殺人事件に巻き込まれた。地元警察ではなく、FBIに連絡する方が早いだろう。
どうせ回りまわって彼らが動くのならば、無駄な手間は省いた方がいい。
自らの血で赤く染まった手で、携帯電話を探すが見つからない。
仕方なく机の上の受話器を手に取りかけ、迷ってハンカチを取り出した。ハンカチ越しに受話器を握り、一応指紋をふき取らないように注意する。
犯人が受話器に触れたか判らないが、科学捜査の要である鑑識に叱られるのは御免蒙りたい。
警察官に比べ死体を見慣れているわけではないが、コウキはパニックを起こすこともなく冷めていた。
連続殺人犯ロビンの話相手を始める前から、感情がないといわれるほどに表情が乏しい。両親が殺されるまで、普通の子供だったコウキを知る人がいない為、もとからこういう冷たい人間だと思われているのも知っている。
だからといって、どうしようとも思わないが……。
コールした先で、仮の上司を呼び出して状況を淡々と説明した。
「鍵をかけて待つように」
部外者を入れて騒ぎを大きくするなと言外に命じられ、コウキは了承して受話器を下ろした。
振り返れば、まだ死体が2つ……ばらばらなので、パーツの数としては5つだ。頭が2つ、胴体が2つ、なぜか切り落とされた左手が1本。
部屋の鍵をかけて、ドアに寄りかかるようにして座り込む。
……?
床に落ちている指に気づいた。
親指だ、形からすると左手だろうか。咄嗟に転がる死体の手を確認する。すべての手に親指が揃っている。もちろんコウキの指でもなかった。
不思議と、犯人の指ではないと感じていた。
直感に近い、根拠がない閃きに似た感覚だ。しかし、コウキは『直感が経験に裏打ちされる』ことを知っている。
血が流れた痕跡のない、綺麗な切り口の親指―――まるで人形の指のように現実感が薄かった。
犯人のものでも、コウキのものでもなく、もちろん死体のパーツでもない親指は何を示しているのか。
浮かんだのは、あの嫌味な口調で神を否定し続ける天才の笑み……。
ずきっと頭が痛む。
「っ……」
左手で頭の傷口を探り、先ほどのハンカチで押さえる。滲む血が、白を赤に染め替えた。
……状況証拠なら俺が犯人か。
死体2つを作る体力はないが、そう判断されかねない状況だという自覚はある。
厄介な死体を見つめ、見覚えのない顔に溜め息を吐いた。どこの誰か判らない死体と鍵のかかった部屋で見詰め合っている現状に、頭痛も加わって気分は最悪だ。
コンコン。ようやく聞こえたノックに、貧血で眩暈のする身体を叱咤して立ち上がった。
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