05.知ろうとせず

 変わり映えのない日常、いつもと同じ天井を眺めてベッドに転がる。


 檻に入った今、仕上げは奴の仕事だ。その為の手順も道具も揃えてやった。


 あとは、飛び込む獲物を待つのみ。


 口元に笑みを浮かべ、ロビンは鼻歌を歌いだしそうな自分を抑える。


 まだ早いのだ、急いては事を仕損じる――前回身をもって学んだ異国のことわざを思い出し、ゆっくり深呼吸して耳を澄ました。


 足音は聞こえない。


 目を伏せて、寝返りを打つ。眠る気はないが、看守に背を向ける形で転がった。






 ……遠くに足音が聞こえて、自然と表情が緩む。


 近づく足音は複数で、毎回案内と監視の意味でつけられる男達に囲まれた羊が姿を現した。起きたばかりのように伸びをして身を起こし、ベッドの端に腰掛ける。


「ロビン」


「何を見つけた?」


 手がかりを見つけたから顔を見せたのだろう?


 確信を持って告げるロビンが長い三つ編みの先を指先で弄る。機嫌がいい男は椅子に座ったコウキへ自ら話を振った。


「首の向きが違う4人は結婚していた。指輪の意味が違う」


「なぜだと思う?」


「それは……」


 コウキ自身まだ答えが出ていない。


「指輪の写真を取り寄せたか?」


「一部だけだ」


 全員の分が揃わなかったのは、数名の指輪が特注品だった為だ。デザインからオーダーされた物まであり、完全に写真を揃えるには時間が短すぎた。


 9人分の写真を取り出して見せようとするが、ロビンは片手を上げて制止した。


「見なくても分かっている。すべて宝石を埋め込んだタイプで、立爪ではなかった筈だ。そして、地金はK14」


「……知っていたのか?」


 眉を顰めたコウキに向き直り、立ち上がったロビンが鉄格子に手を触れた。


 距離を詰めたことで、周囲の監視官に緊張が走る。しかしロビンはすぐに離れて歩き出した。


 狭い室内をくるくると円を描くように歩き出す。


「ピンクゴールドと呼ばれる地金の特徴は?」


「純金(24金)より硬く、銅を混ぜることで安くなる。ピンク色に輝く様が女性に人気で……」


「そうだ、女性に人気がある。なのに殺された人間の7割が男性。その意味は?」


「…………」


 返答に詰まった。


 そんなコウキへロビンは溜め息を吐き、覚えの悪い生徒を叱る教授のように言葉をかけた。


「オレはすべてを見透している。だが、全部をおまえに教えるわけじゃない。知らないことは罪ではないが、知ろうとせずに見落としたのはコウキのミスだ」


 唇を噛み締めたコウキの前で立ち止まり、迷うような仕草で視線を反らした。だがすぐに顔を上げたロビンは大げさな身振りで手を広げる。




「モーセの十戒を知っているだろう? 人間はおろかな生き物だ、戒める為に神は多くの約束を下された……だが、それ自体が間違っていたとしたら、どうなる? 神と人の約束、人と人の約束、それぞれが本能を抑えて理知的に行動することを求めている。ならば、最初から本能など与えなければよかったのだ。人が純粋であろうとするが故に、諍いは起き、争いは絶えない」


 シェイクスピアの劇を思わせる朗々とした語り口に、看守がごくりと喉を鳴らした。その仕草に我に返ったコウキは、一瞬でも彼の世界に飲まれていたことに恐怖を覚える。


 この世紀のカリスマは、世が世なら世界を支配しただろう。キリストのように何千年も語り継がれる偉業を成し遂げたに違いないのだ。


 彼が善か悪か、判断は後世に委ねられるとしても……面と向かって相対するには、相応の覚悟と知性が必要だった。


「指輪のデザインをよくご覧、おまえなら何かを掴める筈だ」


 上から目線で諭す口調なのに、腹は立たなかった。


 ただ、こんな役目を押し付けた上司と国を恨みたくなる。彼のお気に入りという立場を、改めて認識させられたことで……コウキは諦めに似た何かを噛み締めた。

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