10.予告する知能犯
訪れたコウキに興味を示そうとしないロビンの行動を見守りながら、静かに溜め息を吐いた。
「ロビン……」
沈黙に耐えかねて声をかければ、彼はようやくコウキへ目を向ける。青紫の瞳が柔らかく細められ、気まぐれな猫のように笑顔になった。
「気づいているか? お前がオレの元を訪れて、初めて自分から声をかけた」
これはひとつの実験だったのだ。
そう告げる唇を見つめながら、躊躇われたと怒りを感じない自分が不思議だった。コウキの穏やかな頷きに双頬を崩し、ロビンが椅子に腰掛ける。
いつからか。ロビンの部屋の椅子がひとつ、常に鉄格子へ向かい並べられていた。最初に来たときはなかったのだから、彼が用意させたのだろう。
おそらく…コウキとの時間を過ごす為に。
「声を掛けさせる為に黙っていたのか」
「稀有なる羊――あまりにもコウキが事務的なので、ちょっと寂しくてね」
ふざけた物言いだが、ロビンという男に良く似合う。
「たいした知能犯だ」
厭味を混ぜたコウキのセリフに、ロビンが立ち上がって本を1冊手に取った。差し出すそれを看守が受け取り、2つの鉄格子の間で待つコウキへ渡される。
聖書――彼が揶揄り、悪戯に引用する宗教の導き。皮の表紙でずっしり重い聖書をぱらぱら開いたコウキは、すぐに本を閉じてしまった。
「プレゼントだよ……もうすぐ会えなくなるから」
「会えなくなる、とは?」
彼の死刑は執行されない。
公安が必要としているのは、ロビンの優秀明晰な頭脳と犯罪の才能だった。優秀すぎる犯罪者達を見つけ出すには、犯罪者の心理と能力を知り尽くしたスペシャリストが必要になる。
どんなに研究したとて、自ら犯罪に手を染めたことのない人間には理解できない心の奥底を、ロビンはあっさり白日の下に晒すのだ。
彼にとって『退屈しのぎの本』と同レベルの娯楽である『謎解き』を行う為に、コウキのような学者や医師が『管理人』として派遣されていた。今は大きな事件がないので、彼の協力を仰ぐ必要はないのだが……。
「これは予言になる。オレは檻から解き放たれるだろう。だが……そうだな。『野に放たれた獣』であっても約束は守られなければならない。しばらくしたら、会えるように手配しよう」
独り言のように呟いて、1人満足そうに頷いた。そんな男をコウキの蒼い眼差しが射抜く。
「ここが気に入っていると聞いている」
「ああ、気に入ってるよ。次から次へと、退屈を紛らわす玩具が運ばれてくる。パズルを解くのも、遊び相手を壊すのも飽きただけさ」
「どうして出られると思う?」
「……これは確定した未来の話だ。5つの質問とは別に1ヵ月後なら答えよう。場所と時間はこちらが指定させてもらう」
疑わしそうなコウキの視線を、嬉しそうに受け止めたロビンが顎に手を当てる。思案する仕草は一瞬で、すぐに彼は椅子から立ち上がった。
「今話したら、計画がパーになるからな。何しろコウキは優秀だ」
囚われの身を自由にすると不吉な予言を残し、死神は背を向けた。彼の背で三つ編みが揺れる。手にした聖書を横脇に抱え、コウキはドアへ向かった。
「コウキ……明日も待っている」
意味深に『明日も』と強調したロビンは、数日後に予言を実行して姿を消した。
それはまた……後の話である。
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