02.殺害動機

 持ち帰った銀のネクタイピンを変色させていたのは、砒素毒だった。


 無味無臭の砒素ひそを飲み物に混ぜてロビンへ出し、逆に返り討ちにあったのだろう。調査報告を要求すれば、すぐに書面にて届けられた。


 苦しんでいた看守は、ロビンに妹を殺された被害者遺族だったらしい。復讐の為に名と戸籍を誤魔化し、特殊刑務所へ入り込んだ。


 ロビンがどういった手法で彼に飲ませたのか、コウキが興味を持ったのはその部分だった。


 看守への同情は欠片もない。


 人を殺そうとするなら、殺される覚悟をもって望むのが最低限の礼儀だ。そう考えるコウキにとって、冷めた目で看守を見つめていたロビンの態度こそ当然だった。




 再び足を運んだ監獄は、鉄格子が二重になっている。


「先日は失礼した。歓迎するよ、Dr.」


 にこやかに応じる彼は、手が届かない距離に設置されたもう1枚の鉄格子など気に留めていなかった。


「随分と厳重だな」


 呟いたコウキの声を聞き咎め、ロビンはベッドの端に腰掛けると行儀悪く足を組んだ。二重の鉄格子の向こうで椅子に座るコウキを待って、大げさなジェスチャーで愚かな行為を嘲笑う。


「そう思うだろ? くだらない。そっちが危害を加えなけりゃ、オレは大人しくしてるってのに……」


 先日の看守の毒殺未遂を揶揄りながら、鉄格子を鼻で笑う。その裏に見えるのは、鉄格子など何の役にも立たないという自信だった。


「オレが逃げる気なら、とっくに姿を消してるさ」


「そうだろうな」


 同意して頷くコウキへ、興味深そうにロビンは目を瞬かせて身を乗り出す。


「続きか? オレに資料の訂正箇所を聞いたんだっけ」


「母親の殺害動機まで聞いた」


「なるほど……」


 思い出すフリをしているが、彼のIQなら忘れる筈がない。その天才的な頭脳で不可能犯罪を起こし、世界をパニックに追い込んだ男なのだから。


「あちこち間違いだらけだったが……大きく違ってるのは、オレの好みの分析と罪状だ」


 すでに暗記した資料を脳裏で捲る。



 彼の好み……ターゲットの選出について『美人』と書かれていた。老若男女の区別なく見た目の美しい人間を切り裂いて、キレイに解体した彼の行為から『ビューティー・キラー』と呼ばれた時期もあった。


 一流外科医のような切り口で、丁寧に腑分けされた死体。


 数分前まで談笑していた友人に忘れ物を届けに戻った女性は、路地で無残に解体された友人を目の当たりにした。その際、温かな臓腑からは湯気が立ち上り、まだ動いているものまであったという。



「美人好みではないと?」


「いや、正確には気の強い美人が好きなんだ。アンタみたいな…」


 名ではなく獲物として『アンタ』と呼びかけたロビンに、コウキは完全に無表情で応じる。乗り出していた身を、つまらなそうにベッドに戻したロビンが、組んだ足の上に肘をついて顎を乗せた。


「罪状が違う……とは?」


 彼が飽きてしまえば、もう問答は終了だ。不満そうな仕草を前に、それでもコウキは続けた。


 彼が答えないなら、次の機会を待つだけのこと。別に急いでいる訳ではない。


「快楽殺人ってトコ」


 自らの快楽を満たす為に行われた殺人ではないと、彼は断言した。今までのロビンの供述調書には残されていない、新たな言葉にコウキが目を見開く。


 ロビンの『管理人』となった過去の学者は8人――2人が彼に殺され、4人が精神障害で入院し、残る2人も自殺した。8人が誰も聞き出せなかった話を始めるロビンは、三つ編みを編み直している。


「ならば、殺害動機が存在すると?」


 編み終えた髪をゴムで止めて、ぽんと背に放る。彼は友人に学校の話をするような気軽さで、口を開いた。


「さてね。そこまでは教えてやらない」


 ひらひら手を振って、会話の終了を告げる。一方的な拒絶だった。だが、ロビンがコウキの話に応じる前提はないのだ。ここまで話してくれただけでも、彼にとって破格の待遇なのだろう。


「次は話してくれるのか?」


 立ち上がり部屋を出る直前、返答がないのを覚悟で尋ねれば、にっこり笑ったロビンが口を三日月に歪めた。


「気が向いたらね」

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