【完結】Apocalypsis アポカリュプシス

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)

第1章 最初の黙示録

01.毒殺未遂

 犯罪研究の第一人者であるコウキ・タカシナ博士は、政府直轄機関からの要請を受けた。犯罪者の心理を読み解く分野で天才と称された彼は、断ることができない命令を諦め半分で受諾する。

 死刑執行された筈の連続殺人犯、稀代の殺人者である彼は神を否定する言葉を吐きながらコウキに願いを託した。その願いの先にあった事実とは…。



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 犯罪研究を続けるコウキの元に、政府直属機関から協力要請があったのは――確か2日前のことだった。


 天才として名を馳せたコウキを、再び世の中に引き出そうとする動きは激しく、強い。


 抗うより、新たな研究対象を得られるチャンスとして割り切ったコウキを待っていたのは、死刑にされた筈の有名な殺人鬼だった。


 地下へ降りるエレベーターに乗り、いくつもの生体認証を経て到着した階は明るく、地下室という概念からかけ離れた快適な空間だった。


 LEDによる植物の栽培は実験なのか、いくつも廊下に配置された観葉植物が目を引く。さらにボディーチェックが行われた先で――死神に出会った。




 目の前で苦しむ看守を見下ろしながら、彼はひどく退屈そうだった。


 死に逝く命を感慨なく映しながら、青紫の瞳は感情がない。ガラス玉のような瞳にぞくりとした。


「……連れて行け。まだ助かる」


 駆けつけた別の看守へ、苦しむ男を顎でしゃくる。


 傲慢な態度が似合う青年は、整った顔をしていた。瞳の色は珍しい青紫で、長い金髪を三つ編みにしている。


 黒いシャツとジーパンという気楽な姿で腕を組む姿は、こちらが檻に囚われている錯覚を齎した。


 見慣れないコウキに目を向けた囚人は夜明け色の瞳を見開き、嬉しそうに細めて笑った。


「アンタ、新しい『管理人』?」


「そうだ」


 無表情に応じれば、何が楽しいのか。彼はいそいそと鉄格子まで寄って来た。


 2人の立場を明確に分ける鉄格子は、青年の右手首に絡みついた手錠や鎖と同じ無骨さで鈍く光を弾く。


「名前は? 教えてくれるんだろ?」


 無邪気に問いかける姿は、さきほどの冷淡な態度を感じさせない。踠き苦しむ人間を放置するようには見えなかった。


 軽く小首を傾げて返答を待つ姿に、コウキは殊更ゆっくり言葉を吐く。


「コウキ・タカシナだ」


「ふ~ん、コウキか」


 確かめるように口の中で繰り返す男が、にやりと口元を歪める。途端に無邪気な子供に似た雰囲気は霧散し、彼の本質を窺わせる残忍さが顔を覗かせた。


「オレのことは聞いてきたよな。差し支えない範囲で教えてくれ」


 コウキは手にしていたファイルをばさりと放り込む。無造作な仕草に、護衛の看守が顔色を変えた。


「Dr.タカシナ。彼に武器になる物を与えるのは禁止されています」


 シャープペンひとつ、ファイルひとつ、それすら武器に変えて人を殺める男への恐怖に青ざめる看守が手を伸ばすと、ロビンはシャープペンとファイルをあっさり返した。


 ただし、中の書類はそっくり抜き取って。


「別にこいつを殺す気はないぜ」


 少なくとも今のところは……。


 最後を唇の動きだけで伝える。脅えるかと思ったが、コウキは平然としていた。


「大丈夫だ、俺に飽きるまでは殺さない」


 ロビンの本質をある程度理解している発言に、当の本人は満足そうだった。機嫌よく鼻歌を歌いながら、牢とは思えない広い室内を歩き回る。


 ソファやベッド、本棚がセンスよく配置された部屋は、鉄格子さえなければワンルームマンションのようだった。


 歩きながら手にした書類を捲る。そのスピードは速く、目を通すだけといった感じだった。だが速読で内容は把握したのだろう。


「訂正箇所はあるか?」


 床に置く形で返された書類を拾い上げたコウキの質問に、腰まで届く長い三つ編みを弄りながら、くすくす笑う。


「そんな質問されたのは初めてだ。そうだな……まず、殺人の動機が間違ってる。オレが母親を殺したのは、開放される為じゃなくて『あの哀れな女を苦しめない為』だぜ。息子が殺人犯になれば、あの女も責められ苦しむ。己の責じゃないのに可哀想だろ」


 世間は残酷だからな――呟いて、机の上にあったカップの中身を捨てる。凶器にならないよう、金属やガラスなど割れる素材の食器は使わない。


 だが、中から出てきたのは、金属のピンだった。カップの中に差し込んでいたのだろう、ネクタイピンを指先で弄んでからコウキへ差し出す。


「さっきの奴から借りた。返してやってくれ」


 コウキが手を伸ばして受け取ったピンは、銀色の輝きが鈍っている。経年劣化による硫化はもちろんだが、明らかに薬品による化学変化が見られた。


「それと、毒を盛るならもっと上手に頼むよ」


 優しげにすら聞こえる声で告げると、すべてに興味を失ったようにベッドに横たわる。鉄格子の外に立つコウキや看守の存在も、今の彼の意識には残っていないらしい。


 気まぐれで自分勝手と書かれていたロビンの性格の記述を思い浮べながら、今日はもうダメだろうとコウキも諦めて踵を返した。


「……また来る」


 ひらひらと手を振って挨拶するロビンは無言だった。

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