一章 べとべとさん(2)
「なーにが! 『俺はいつでもそこにいる』だか!」
少し時間が進んだ後の同じ場所、深夜の校舎の一角にて。あたしは、
「スピーカー仕掛けた校舎にいたいけな女の子を引っ張り込んで
丸めたテープを片手に持ったゴミ
「……まあ、あっさり騙されちゃう方もどうかと思うけどさ」
「文句が多いぞ。口よりも手を動かせ」
あたしがエンドレスに垂れ流していた
「
「安心しろ、お前の作業スピードなら時間内には終わるはずだ」
あたしが向けた怒りと呆れを受け流し、肩をすくめる羽織の怪人。言うまでもなく、ついさっきまでここを歩きまわりながら妖怪べとべとさんの
だいたい、何なのよ、その着こなしは。和装か洋装かはっきりしなさい。全く笑顔を見せないってのも人としてどうか──と、そこまで考えたところで、あたしは首をぶんぶんと左右に振った。いかんいかん。たとえどんな人物であれ、外見に文句を付けるのは良くないことだ。
「……それに、見た目については、あたしも人のこと言えないしね」
そう苦笑すると、あたしは改めて自分自身に目を向けた。
ほぼ毎日お
百六十九センチという女子らしからぬ長身や、短くしている髪のせいもあって、初対面の相手に男子と
「てか、何が悲しくて、夜中の校舎でゴミ拾ってるんだろ、あたし……」
「何をぶつぶつ言っている。作業を進めろ、ユーレイ」
「今やってるところです! 見ればわかるでしょう?」
「わかる。しかし実際遅い」
「ですから絶対城先輩、そう思うなら手伝ってくださいよ! あと」
「何だ」
「ユーレイって呼ぶのはやめてください!」
背筋を伸ばして立ち上がり、あたしは先輩を──絶対城阿頼耶を、まっすぐ見上げてそう言った。先輩の身長は百八十ちょっとなので、あたしよりも目線が高いのだ。作業灯の光が作り出した長い影を背負いながら、あたしは
「あたしの名前は、
先輩をまっすぐ見上げながら、きっぱりと自分の名前を告げる。
これが初対面の自己紹介ならば「
「というわけで、あたしはユーレイじゃありませんから」
「お前の名前くらいは知っているが、その上でユーレイと呼んでいる。姓と名の最初の字を繋げれば、『湯』と『礼』でユーレイになるからな。違うか」
「え? い、いやまあ、『違うか』と言われれば、違わないんですけど……何度も言いましたように、その
「呼び名など通じさえすればそれでいい。ゴミとでも呼んでほしいのか」
「……ユーレイでいいです」
どうやら、これ以上話したところで事態が悪化するだけのようだ。あたしは大きく肩を落として溜息を
テープは丸めてゴミ袋に、その下のコードは巻き取り、ところどころに仕掛けられた薄い円形のスピーカーは後でまとめて回収できるよう、廊下の隅に寄せておく。
「……ちょっといいですか、先輩」
「手を止めないのであれば答えてやる。何だ」
「あの──あれって、結局、ストーカーだったんですよね? さっきのお姉さんに付きまとってた足音の正体。ほら、先輩がベトベトって説明してた」
「ベトベトではなくべとべとさんだ。ものの名前は正しく呼べ」
ビニールテープを剥がしながら問いかければ、すかさず先輩の
「二股だか三股だか掛けられてた男の一人が、どうもオレは遊ばれてるらしいって気付いて、あの子をこっそりつけ回してたんでしょう? で、その気配を感じたあの子が、変な足音に付きまとわれてると思い込んで、先輩に相談してきた……」
「よく知っているな。誰から聞いた情報だ?」
「……今、あたしの後ろにいる男性からです。いっつも黒のネクタイに黒の羽織で、大学のはずれの資料室の主で、年齢
作業の合間にちらちらと後ろへ振り向きつつ、
「そんな奇妙な男が俺以外にもいるとは知らなかった」
「先輩のことに決まってるでしょう! ……というか、情報の出所はこっちが知りたいくらいなんですけど」
「どういう意味だ?」
「あの子の相談内容って、おかしな足音が付いてくるよー、怖いよーってだけでしたよね? なのに先輩、次の日にはもう全容を掴んでたじゃないですか。『ストーカー本人に会い、真相を隠すことを条件に尾行の中止を
「俺の情報源まで、お前に説明する義理はない」
あたしの
「じゃあ、何でそのことを正直にあの人に教えてあげなかったんですか……? 君の恋人の誰かがストーキングしてたけど、もう止めさせたよ、って言ってあげれば済んだ話ですよね」
「馬鹿かお前は。そんなことをすれば、彼女の尾行を繰り返していた男の
「話せばいいじゃないですか。当然の報いです」
「それが無理だと言っている。
あたしの後をのんびりと歩きながら、先輩がけろりと言い放つ。ああ、なら仕方ないですよねと納得しかけた次の瞬間、あたしは再び大きな声を出していた。何それ。
「ええっ? 依頼人さんだけじゃなくて、ストーカーからもお金取ってたんですか? それで妖怪のせいにして丸く収めるなんて……。ちょっと悪質過ぎません?」
「善悪は得てして相対的なものだ。妖怪の大多数は、すっきりしない物事に対し、納得し満足できる説明を与えられるために用意された社会的装置。先人の残した知恵を利用して何が悪い。それに」
「それに、何です?」
「金はあっても困らない」
全く悪びれることなく、きっぱり告げる絶対城先輩。そこまではっきり言い切られると逆に
「それで分かりました。犯人を出さずに事件を解決するために、足音仕込んで、あの妖怪──何でしたっけ? ぺとぺとだか、ぬとぬとだかをでっち上げる必要が──」
「べとべとさんだ」
ざっくりした断言が、あたしの声を断ち切った。どうしてどいつもこいつも名前をちゃんと覚えない。
「そもそも、べとべとさんは一級の資料に明確に記録された、極めて
「でも……どっちみちインチキなんだから
「全然違う。実在する妖怪の仕業ということにしておけば、万一調べられたところで、俺の話した情報は
「う、うーん……。丸く収まってるって言うんですかね、それ……」
自信満々に語る先輩だったが、あたしは首を
「いいか、ユーレイ。無知なお前がどう思おうが、べとべとさんの伝承はれっきとして存在するんだ。実体はなく、足音だけが後を付けてくるという、後追い系の怪異の一種であるそれは、『妖怪談義』や『綜合日本民俗語彙』にもその名を残す──」
「そこを否定してるわけじゃないですよ。その説明なら、先輩が話してたの聞いてましたし。先へお越しって言うとどっか行っちゃうんでしょ?」
「何だ。お前、
「ありませんけど、やれって言ったの先輩じゃないですか」
人をイラつかせるために生きてるのか、このモノクロ人間は。そろそろ
「先輩、言いましたよね。依頼人を連れて校舎をぐるぐる周回するから、お前は教室に隠れてスピーカーを操作して足音を流し、俺達の後ろから足音が追ってくるように思わせろ、って。だからあたしは先輩の持ってるマイクから聞こえる音に耳を
「お前の役目を今さら俺に説明する必要はあるまい。それとも何か? よくやった、と
「違いますっ!」
そう言い放ったあたしの声は、たぶん今夜一番大きかった。あと顔も
今夜の仕込みの時から感じていたことではあるけれど、夜の大学は当然ながら暗く、そして不気味だ。今だって、作業灯の光が届いていない場所は言うまでもなく真っ暗で、ストーキングしてくる妖怪が
「変なこと聞きますけど、妖怪って──と言うか、その『べとべとさん』って、その……ほんとにいるんですか?」
「いるわけないだろう」
この上なくざっくりした答に、あたしは一瞬言葉を失った。え? でも、だって。
「記録もたくさん残ってる由緒正しい妖怪なんでしょう……?」
「妖怪が出たという記録は、決して妖怪の実在とイコールではない、ということだ」
目を丸くしたあたしを前に、先輩はこともなげにそう告げた。考えてもみろ、と言い足した声が、深夜の校舎に静かに響く。
「足音はするが姿は見えず、特定のキーワードだけに反応して行き過ぎる実体のない存在だぞ。非科学的にも
「はい? いや、だろう、と言われてもですね……」
「そう。強いて言うなら、
先輩の落ち着いた一言が、あたしの困惑する声を断ち切った。ネクタイに羽織の
「上から見た下の階……のこと、じゃ、ないですよね。さすがに」
「知らなかったら覚えておけ、『仮面』の『仮』に、『
「怪異四分類……? てか、それ以前に妖怪学って」
さっきまでの
「あ、またあたしをからかってるんでしょ、先輩。騙されませんよ?」
「何を言っている? 妖怪学はれっきとした学問だ」
睨んだあたしを突き放すように、先輩がきっぱり言い放つ。長い前髪に隠れてはいたけれど、その目は確かに真剣で、少なくとも嘘を言っているようには見えなかった。ゴミ袋片手にきょとんと固まったあたしを見下ろし、先輩は口を開いた。
「何を勘違いしているかは知らないが、妖怪学は実在する。妖怪を
「は、はあ……」
「人が不思議だと感じるあらゆる事象の記録を収集し、その真相を解明することで世間の
何かのスイッチが入ってしまったのか。廊下をうろうろ歩きまわりながら熱く語る先輩である。全く興味がないわけでもなかったが、でも、急いで
「井上円了は知っているか? 明治期の哲学者でもあった円了は、あらゆる妖怪や怪異を、その真相に基づいて四種に分類することを考案し、実践していった。実在の生物などを誤って妖怪と伝えた怪異は『誤怪』、
「は、はあ……。じゃあ、べとべとさんの正体って」
静かに高まってきた先輩のテンションに気圧されつつ、あたしはぼそっと問い返した。仮怪ってのは要するに思い込みで生まれた妖怪のことらしいけど……でも、姿を見せない謎の足音と思われるようなものって、何よそれ。
「そんなものが自然に存在するとは思えないんですけど。正体は何なんです?」
「べとべとしているものだ」
「まんまじゃないですか!」
思わず声を
「……で? もったいぶらないで教えてくださいよ。べとべとさんって」
「元を辿れば、オオサンショウウオだと言われているな」
「いったい──はい?」
あたしの問いかけに割り込むように言い放たれた言葉に、思わず目が丸くなる。え、何それ。と、きょとんと佇むあたしを、先輩は
「まさか、オオサンショウウオを知らないのか? 岐阜県以西の清流や水路に生息する大型の両生類だ。体色は
「知ってますよ、そのくらい!」
「何だ、知っていたのか。ならば、なぜ絶句した」
「答が意外だったからですよ」
先輩をまっすぐ見上げ、あたしは言った。こんなこと話してる場合じゃないとは思うけど、引っかかったことははっきりさせないと、心にしこりが残るようでイヤなのだ。というわけであたしは自称妖怪学の専門家に向かって問いかけた。
「どうして姿の見えない足音妖怪の正体が両生類になるんです? だいたい、サンショウウオって、はっきり見えるじゃないですか」
「元を辿れば、と言ったろう。それに、サンショウウオではなく、オオサンショウウオだ」
「サイズが違うだけで同じようなものでしょう? それとも、オオが付くと
「それはないな。だが、大きさは得てして
あたしの問いかけをさらりと受け流しながら、先輩は抑えた声でそう告げた。え、どういう意味? きょとんと黙り込んだあたしを前に、自称妖怪学専攻の学生は──そんな怪しげな学問を大学で教えているとはやっぱり思えないし、シラバスで名前を見たこともないのだけれど──ふと足を止め、こう続けた。
「
「サンショウウオが、神……? あんなねとねとした生き物が?」
先輩の解説を受け、あたしは眉をひそめていた。
「そもそも、べとべとさんって妖怪なんでしょう? 神様とは全然違いますよ」
「あいにくだが、違わない。一神教の文化圏においてはいざ知らず、日本の土着
「はあ……。まあ、何となく、ですが」
「それで充分だ。仏教や国家神道など、権力と結びついた宗教体系が広められるにつれ、古来から信仰されていた土着の神は忘れられていったことを理解できていれば、それでいい。そして、
「ちょっと前まで神様だったのに妖怪扱いなんですか?」
権力者が宗教を広めるってのは、まあ、わかる。でも、今まで古い神様を信じてた立場としては、そう簡単に切り替えられるものだろうか。無論、新しい
「古い神様向けの決まりとか、ぽろっと出ちゃったりするんじゃないですか?」
「ほう。たまには
思ったことを口に出せば、何だかひどく失礼な褒め言葉が飛んできた。どういう意味です、と見返すあたしの視線を無視し、先輩は「その通り」と深くうなずく。
「人間、意識は変えられても、心身に染み付いた風習はそう簡単には捨てられない。かくして、その神に
「は、はい。だってオオサンショウウオってねばねばしてて、とても神様には」
「そこが違う」
おずおずと応じたあたしの声を、冷たい一言がぴしゃりと遮る。わかってないな、と言いたげに肩を大きくすくめると、先輩はあたしを見下ろし、続ける。
「そもそも
「どの奈良県なんですか?」
この上なく冷めた声が出てしまった。向こう的には大事なキーワードを明かしたっぽいが、奈良と言われても大仏くらいしか連想できないわけで。と、その反応を予想していたのか、先輩は「馬鹿め」と言いたげに鼻を鳴らした。
「知らないなら覚えておけ。奈良は、全国的に見ても、爬虫類・両生類への信仰が盛んだった地域なんだ。
「……図星ですけど先読みされるとなんか悔しいです」
「知るか。無知は決して罪ではないが、明示されるべき事実ではあると知っておけ。まあ要するにだ、爬虫類や両生類──いわゆる虫類への信仰が盛んであり、それが近年まで持続していた奈良においては、オオサンショウウオが神の使い、もしくは一種の神そのものであった可能性は極めて高いということだ。わかったか」
「う、うーん……」
長い前髪の間から覗く視線に
「あの……それだけの理由じゃ、べとべとさんイコールオオサンショウウオって言い切るには、弱いような気がするんですが……。オオサンショウウオって、見えますよね? 消えないですよね」
「当然、予想される質問だな。だが、その問いへの回答は極めて容易だ。そもそも、この国においては、神に類する存在は、見てはいけない──いや、見えてはいけないものなんだ。それに、原始的な神は人に興味を示し、後を付けることが多い。ここから生まれた言葉くらいは、お前も知っているだろう」
「いや、そんな昔の風習なんか知りませんよ。先輩と一緒にしないでくだ」
「送り狼という言葉を聞いたことは?」
「さい──って、え? え、ええ、それくらいは知ってますけど……」
先輩の口にした意外な言葉に、あたしは思わずうなずいていた。送り狼って、女の子を送ると見せかけてろくでもないことをしようとする男のことですよね。一人暮らしすることになった時、高校時代の友人や先生がそれに気を付けろって忠告してくれたことを思い出す。みんながみんな、「お前も一応女だから」って言ってたのが地味にショックでした、はい。
「……で、その送り狼が何か?」
「あれは本来、山の神である狼が、山道を歩く人の後ろを姿を見せずに付いてくることを指す言葉だ。狼が見えないのなら、オオサンショウウオだって見えなくても不思議ではない。これが、べとべとさんの姿が見えない──正確に言えば、姿が見えないとされている理由だな。どうだ、納得したか?」
「え? え、ええと──そう、ですねえ……」
送り狼の語源に驚きつつ、あたしは慌てて
「オオサンショウウオが、姿の見えない神様だったかもしれない、ってことは何となくわかりました。で、でも……それが『べとべとさん』って妖怪になったとは、限らないですよね……?」
「ほう。なかなか食い下がるな」
「い、いいじゃないですか! まあ、気分悪くしたなら謝りますけど」
「悪いと思えば相手の気分がどうあれ謝るべきだろう。だが、あいにく俺は謝罪を必要とはしていない。むしろ喜んでいるくらいだ。その
しつこく問いかけるあたしの言葉を受け、先輩は深くうなずいた。評価してくれたような口ぶりだが、
「お前の言う通り、俺が挙げた例証だけでは、べとべとさんがオオサンショウウオ信仰の
「えっ? えーと、確か──『べとべとさん、先へお越し』でしたっけ?」
「正解だ。ならば、もうわかっただろう? べとべとさんが、オオサンショウウオだということが」
「……さっぱりです」
わからないので首を左右にふるふる振れば、先輩は羽織を羽織った肩をがっくり落とし、これみよがしに溜息を落とした。そんながっかりしなくても。
「先へ行けって言ってるだけの文章から何をわかれって言うんです……?」
「その理解が違う。『さきへおこし』の『さき』は、方向を示す言葉ではないんだ」
困惑しながら問いかければ、先輩は落ち着いた声で応じ、「時にユーレイ」とあたしを見下ろした。
「『
「……はい? あの、いきなり何の話を始めたんです? べとべとさんの話は」
「そして、オオサンショウウオの異名を、ハンザキという」
有無を言わせぬ力強い一文が、あたしの声を打ち消した。いくら馬鹿でも、ここまで話せばさすがにわかるな。そう言いたげな強い視線でこちらを見据えたまま、妖怪学の専門家は抑えた声で先を続ける。
「半分に
「サキ──つまり、オオサンショウウオの、仲間のいるところへ帰れ──ってことですか……? だから、べとべとさんは、オオサンショウウオ……?」
「いいぞ、正解だ、ユーレイ。だが
「木村さんとか山田さんの『さん』──じゃないですよね、話の流れ的に。ええと──あっ! もしかして……『サンショウウオ』の『さん』?」
場所も時間も忘れ、あたしは思わず大きな声をあげていた。
同時に、少し前に先輩が口にしていた言葉が、ふっと脳裏に
──ベトベトではない。べとべとさんだ。
そうだ、先輩は繰り返しそう言っていた。今ならその意味は確かにわかる。『べとべとさん』は、『べとべとしているオオサンショウウオ』の意味。『さん』までが名前の一部なのだから──。
「そっか。『さん』を省略すると意味が変わっちゃうんだ……!」
ぽかんと間抜けに開いた口から、
「どうだ。納得したか」
「あっ、はい、しましたしました! 言われてみれば、なるほどですね……。これ、先輩が考えたんですか?」
「馬鹿を言え、読んだだけだ。説を補強するため史料を当たりはしたがな」
「え。読んだって、こんなこと書いてある本があるんですか? それか論文?」
「あいにくだが、図書館に行っても見つかるまい。『
ふっと目を
「何をぼさっと突っ立っている。早くスピーカーを回収しないか」
「……え?」
「どうした、作業を急げ。もうそろそろ
さらっと言い放つ絶対城先輩だったが、そんな話は初耳だ。何で先に言ってくれなかったんですか、と反論しようとした矢先、廊下の奥から足音がカツカツと聞こえてきた。え、もしかしてこれ……!
「警備員? ちょっと先輩、どうしたら──」
慌てふためくあたしだったが、ゴミ袋を抱えて振り向いた先には絶対城先輩の姿はどこにもなかった。ただ開け放たれた窓から、夜風が吹き込んでいるだけだ。その無情な光景を前に、あたしは
──あの
***
「何で一人でさっさと退散しちゃうんですか! せめて一緒に逃げましょうよ!」
「そこまでお前に気を
「教室に隠れて警備員さんやり過ごして仕込みも全部回収してきましたよ!」
「そうか」
で、半時間後の校舎裏。あたしの怒りを受け流しつつ、絶対城先輩がしれっとうなずく。どうしてそこで「よくやった」とか「すまない」が出てこないんだ、このモノクロ野郎は! いったん
「だいたい、撤収作業が予定より遅れたのは、絶対城先輩が延々妖怪の話をしてたからじゃないですか。なのにあたし置いて逃げるなんて」
「べとべとさんが実在したのかと
「お前が自分で選んだ道だろうが」
「そ、それはそうですけど……」
あたしが命令を
「……これさえなければ、こんな人にこき使われることもないのに」
「だが、それがなければお前はもっと困るだろう?」
そうだ、きっかけはあの夜の──。
【次回更新は、2019年12月17日(火)予定!】
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