彼女のドーナツ

峰歌

彼女のドーナツ


私の彼女はポニーテールがよく似合う、丸顔のふわふわとした温かさのある少女。身体は細くはなく、程よく肉が付いた、全体的に柔らかな印象が目に残る。そう、つまりは悪いところが見つからないのである。私にとっては完璧な彼女であり、やっと付き合えた彼女でもある。私は彼女に対して特別な感情を抱いている。

そんな私と同い年の高校2年生の彼女は、なによりもスイーツが大好きである。

いやいや、無類のスイーツ女子である。そして数あるスイーツの中でも彼女は、ドーナツが大好物だった。本人曰くドーナツ自体の味が好きということもあるが、まずそのフォルムに対して魅力があるそうだ。近年様々なドーナツが登場しており、従来の丸型からスクエア型まで幅広い形が売り出されている。多彩な見た目と味わいを持つドーナツに彼女は惚れ込んだのである。

そんな彼女は街中を歩いていると、ドーナツ店を見つけようものなら会話の途中でも、尿意を催していても関係なく、自慢のポニテを振って店に向かって走り出すのである。

また、彼女はスイーツを食べることが好きだが、スイーツを作ることも好きであった。店で食べ、衝撃を受けたスイーツの味を覚えては、家に帰ってよく自分で真似して作っていた。私は鼻唄混じりで料理をする彼女を見ることが好きだった。もう、だいぶ元気になったね、と思った。

最近になって彼女はようやく、ずっと試行錯誤していたオリジナルのドーナツを完成させた。直径10センチほどの、まわりには赤くコーティングされた砂糖が散りばめられた、見た目にも美しいお洒落なドーナツである。生地の色はブラウンで、生地にはチョコをふんだんに使用している。中を開けるとびっしりとあんこが詰められている。チョコの生地の中にあんことは、いやはや恐れ入った。少しもスペースを許さない、そのあんこの入れようは正に、母親が弁当に詰める白飯さながらだった。よく蓋を開けると白飯がコンクリートみたいに固まってたっけな、なんてことを思い出した。

私はそのドーナツを手に取り、一口噛んでみた。

「すごく美味しいよこれ!」

と私が言うと、

「当たり前でしょ!ドーナツ好きが作ったドーナツんだからね!」

と彼女は笑顔で返す。


「ありがとうね。こんなにも美味しいドーナツを作ってくれて」


私は感謝と愛情が溢れ出し、いてもたってもいられなくなり、彼女の頭を優しく撫でた。


「へへ。大好きな人が喜んでくれるのはなんだか、特別な感情が湧くね。でもね、とっておきの隠し味は教えないからね!」


「えぇ、なんだよぉ。教えてよぉ」


私は甘えた声でおねだりしたが、彼女はくすくすと笑って教えてくれなかった。そんなところも可愛いと思える彼女だった。

そんな微笑ましい生活に私は幸せを感じている。


そんな幸せな生活を送っているせいか、私は近頃ある過去の行いが気になっていた。それは何ですか?という質問が私の耳に聞こえたような気がしたが、今はまだ言わないでおこう。これといった理由はないが。それよりも、今気になることがここ最近起こっている。

それは、滅多に体調を崩さない私だが、なんだか手足の痺れや、頭痛、腹痛、さらに吐き気を起こすことが増えてきたということである。そこまで重症ではないと思うが、これまで経験のない症状が続いていたことから、普段の生活習慣に問題でもあるのだろうかと思い、近々病院を訪ねようと考えていた。


幾月か経ち、彼女はまた例のオリジナルドーナツを作ってくれた。やはり旨い。オリジナルドーナツを食べていると、なんだか日頃の心配が浄化それていくようである。


「また作ってちょうだいね」


私が言うと彼女はにこりと返す。


約束通り、数日後に彼女はまたドーナツを作ってくれた。何度食べても旨い。


そんな日々が2ヶ月ほど続いた。

以前から起きていた体調不良は、さらに悪化の一途をたどっていた。つらい。自分の身体に何が起きているんだ。そういえば最近、息苦しさも感じる。私はついに病院に駆け込んだ。


「あの、最近私の身体がおかしいんです」


正直この時点では、ちょっとした体調不良ぐらいかなぁと思っていた。しかし、私の言葉に対して、検査結果を見た医師が答えた。


それは、あまりにも私の頭では理解できない言葉であった。何か思い鈍器のような物が、頭上に落ちてきたかのような衝撃を受けた。


「あなたの身体から、微量のヒ素が検出されました」


私の周囲の音は、医師の空気を裂くような言葉によって断絶された。


「え?なぜ?」


それが今の私に出来る精一杯の返答だった。医師の話によると、2、3ヶ月ほどの間、私の体には微量のヒ素が盛られていた可能性があるということであった。

私は緊急入院することになり、彼女と簡単には会えなくなってしまった。会いたいと連絡をしても「ごめんね、最近仕事が忙しくて」と断られるばかり。私は寂しくなった。誰か他に男でも出来たんじゃないかと、良からぬ感情まで抱くようになった。こんな感情はあの時以来だなぁ。


それにしても、私の身体は意図的に殺意をもって、誰かの手によって蝕まれていた。およそ2ヶ月間ほどじっくりとバレない程度に。なぜだろうか?解らないな。身に覚えがないなぁ。


「とっておきの隠し味は教えないからね!」


ふと、私の脳裏に彼女の言葉が流れ込んだ。隠し味か。そうか。確かにそれはとっておきだね。なかなか無いよ。


でも、何故彼女がそんな事を?

本当に彼女が?

あんなに可愛くて優しい彼女が?


こんなに私達は愛し合っているのに。何か彼女を怒らせるような事でもしたかなぁ?私は少しの間、病院の一室で考えてみた。


あ、


あの事が原因かな?


そうだ。そうだったね。


私は彼女と付き合う前、彼女の最愛の恋人を殺したんだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼女のドーナツ 峰歌 @kenshow

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ