ヤンデレ女子の黒井さん
気持ちのいい朝。窓の外から聞こえる鳥の声が俺を気分良く目覚めさせてくれる。借金取りの罵声による目覚ましとオサラバできただけでも、金を払った甲斐があったというものだ。
身支度を済ませて、玄関の扉を開ける。そこにはクラスメイトであり、昨日、恋人になって欲しいと願い出てきた黒井麗華の姿があった。
「剣崎くん、おはよう♪」
「おはよう……どうしてここに?」
「剣崎くんを待っていたんだよ。一緒に学校に行きたいな~と思って」
「待っていた? 俺がいつ出てくるかも分からないのに?」
「うん。朝の四時から。本当、寒かったんだよ」
阿呆だ、こいつ。そして何とも面倒なことになった。平凡を愛する俺にとって、学園一の美少女との登校はありがた迷惑でしかない。しかし相手はクラスでもかなりの人気者。ここで断っては角が立つし、スクールカーストが下がる危険性がある。俺は登校中に忘れ物を取りに戻る振りをして別れると決めて、共に肩を並べて学校へと向かった。
「ねぇ、剣崎くんってお昼、いつもパンだよね。よければお弁当作ってきたんだ。食べてみてくれないかな」
「悪いし、いいよ」
「遠慮しないで。剣崎くんのために作ったんだもん。私が食べて欲しいの」
「…………」
いらねえええ、と猛烈に叫びたいが、ぐっと我慢する。手作り弁当など受け取ってしまえば、空になった弁当箱の受け渡しで麗華との接点が多くなる。それは間違いなく周囲の視線を集めることになるだろう。
だが期待に満ちた視線をキラキラと向けてくる彼女に対し、受け取らないという選択を取ることはできなかった。
「ありがとう……」
「こちらこそ、剣崎くんには感謝してもしきれないもの。お弁当くらいで恩義を返せるとは思ってないけど、少しでも感謝の気持ちが伝わると嬉しいな」
「お金のことなら気にしなくていいぞ」
「ううん。気にするよ。だって剣崎くんの大事なお金を使わせちゃったんだもん。大金だからいつになるか分からないけど、働いたら絶対に返すよ」
「本当に気にしなくていいぞ。あれは親が残したあぶく銭だからな」
「だからだよ。きっとあのお金は剣崎くんが一人でも生きていけるようにって、御両親が残してくれた大切なお金だったんでしょ……」
「…………」
「剣崎くんのおかげでね……妹が笑うようになったの……お父さんとお母さんも昔みたいに仲の良い夫婦に戻れた……うぅ……全部、剣崎くんのおかげだよ……あなたのおかげで私、本当に救われたの……」
「…………」
「正直言うとね……私、剣崎くんのこと、駄目な人だと思っていたの……」
感謝の次は、突然の暴言である。この女、サイコパスではなかろうかと心配していると、涙を拭って言葉を続ける。
「友達は一人もいないし、いつもやる気なさそうに窓の外を見つめているし、この人はいったい何が楽しくて学校に通っているんだろって、すっごく不思議だった」
「…………」
「でもあなたは凄い人だった……夜遅くまでバイトして学費と生活費を稼ぐ苦学生なのに赤の他人に大金を差し出せた……他人のために自分を犠牲にできる本当に尊敬できる人……」
俺はただ隣の騒音を静かにしたかっただけで、助けてやりたいという気持ちはこれっぽっちもなかったのに、彼女の俺に対する評価がうなぎ登りである。面倒なことにならないか心配だった。
「そういえば、昨日伝えた告白の返事、まだ貰ってなかったよね。どうかな? 私じゃ駄目かな?」
「……黒井さんは俺なんかには勿体ないよ」
「そんな! むしろ剣崎くんと比べたら私なんて……」
「いやいや、俺なんて友達もいないし、勉強も運動も平凡だし、やめておいた方が絶対に良いって。そうだ! 俺なんかよりサッカー部でキャプテンやっている、山本を紹介してやろう。話したことないけど、心の中では親友なんだぜ」
諦めろ、諦めろ、諦めろ~。やっぱり山本の方が優良株だよね~と、気持ちが逸れてしまえ。
「……やっぱり私じゃ駄目かな?」
「そういうつもりじゃ……」
「ううん。剣崎くんの態度を見ていたら分かるよ……告白を断られるのってこんなに辛いんだね……私、色んな人の告白を断ってきたけど、皆、こんなに辛かったのかな……」
「すまんな……」
「でも私、剣崎くんのこと諦めないから。今よりもっと素敵になって、絶対に振り向かせて見せる♪」
面倒なことになったと、俺は心の中で盛大なため息を吐く。なぜよりにもよって、こいつに惚れられてしまったのか。
金の力は本当に偉大だ。学園一の美少女が尊敬と愛情を向けてくるようになるのだから。
「やっぱり世の中、金なんだよな~」
俺は誰にも聞こえないようにボソリと呟く。
彼女は俺と共にいられるだけで楽しいのか、嬉しそうに笑う。その笑みは作り物ではなく、自然に浮かんだ笑顔だった。
【短編】ヤンデレ美少女に溺愛された御曹司 上下左右 @zyougesayuu
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