黒井さんの頭の中
学校からの帰り道、夕焼けに照らされた道を一人トボトボと歩いていた私は小さなため息を吐く。
「みんな、私なんかのどこがいいんだろ……」
今日も昨日も一昨日も、私はほぼ毎日のように男の子から告白されていた。スポーツ万能な人や、容姿が整っている人、学業に優れている人。色んな人がいた。中には話したことすらない人まで含まれていた。
私は自分のことを分析する。異性にとって魅力ある顔をしていると思うし、身体の発達も同世代の女の子と比べると早い方だ。外見だけなら異性から好かれるのも理解できる。
しかし内面は外見とはほど遠く、他者より劣っていると実感していた。友達と仲良くするために無理矢理笑ってみせているが、本当に楽しいと感じたことはないし、異性に恋をしたことすらなかった。それが私のコンプレックスであり、悩みであった。
「この悩みを解決するより前に、家の問題を何とかしないと……」
私の父は会社を経営しており、その中で一千万円近い借金を生み出してしまった。しかも借金は銀行以外の非合法な金利で貸し出す闇金融まで含まれており、毎日、人相の悪い取立人たちが扉をガンガンと叩くのだ。
「家に帰りたくないな……」
私の家はもう崩壊寸前だ。借金取りがいる時はもちろんのこと、いないときでも、父は生まれたストレスを母や妹、そして私にぶつけるのだ。昔は怒るところさえ見たことのない優しい人だったのに、借金によってすべてが変わってしまったのだ。
「誰か助けて……神様……私たち家族を助けてください……」
願ってみるが無駄だということは知っていた。神はいつだって平等だ。借金で苦しむ私たちを助けることも、借金取りに天罰を下すようなこともしない。
普段よりも遠回りになる道を通り、アパートへと帰ってきた私は、ゆっくりと扉を開ける。借金取りの怒鳴り声は聞こえない。いないことに安心して、部屋の中に入った。
「お姉ちゃん! 私たち助かったんだよ!」
家に帰るなり、妹が私に抱き着いてきた。いままで見たことがないほどに喜ぶ姿。一体何が起きたのかと、両親に視線を向ける。二人は昔のように穏やかな顔をしていた。
「実はな、お隣さんが借金を代わりに払ってくれたんだ。ほら、麗華にも話したことがあっただろ。お前と同じ学校の生徒が隣に住んでいると」
「それは聞いたことがあったけど、でもお隣さんがどうして借金を肩代わりしてくれたの」
「何かの気まぐれか、それとも私たちを不憫に思ってくれたのか……とにかく、これで借金がなくなった。また家族、みんなで幸せな人生を過ごせるんだ」
「そうだよね……借金がなくなったんだもんね」
気づくと目尻から涙が溢れていた。どんな映画を見ても涙を流したことのなかった自分が泣いてしまっていた。それほどまでに平穏な日常が戻ったことが嬉しかった。
「麗華も帰ってきたし、皆でお隣さんに、お礼を言いに行こう」
「是非そうしましょう」
私は家族を救ってくれた恩人に感謝を伝えたかった。すぐにでも伝えたいと、自然と早足になる。
家族みんなで廊下へ出ると、お隣さんのインターホンを鳴らす。ピンポーンという音が鳴ると、扉がガチャリと開く。そこには見知った顔があった。
「あなた……剣崎くん……」
「黒井さん……それとおっさん。どうしたんだ、みんな集まって?」
「あなたが私の借金を払ってくれたの?」
「借金取りの声が五月蠅かったからな」
「で、でも、あなた……」
剣崎徹。彼は学費や生活費をバイトで稼いでいると話していた。つまり生活に余裕などあるはずがないのだ。
貧乏学生である彼にとって一千万という大金はきっと身を切る思いで差し出した金であったに違いない。見ず知らずの自分たちのために、自分の大切なものを犠牲にできる人間。気づくと、私の心臓は早鐘を打っていた。全身の血流が活発化し、顔が真っ赤に染まる。
「あれ……なんだろ……これ……」
剣崎くんの顔を見るだけで全身が熱を持つのが分かる。このまま火傷してしまうのではないかと怖くなった時、私はこの感情の正体に気づいた。
これは恋だと。私は、借金地獄から救い出してくれたクラスメイトの英雄に恋をしたのだ。そして私自身、気づかないままに、口をゆっくりと開き、こう言い放っていた。
「剣崎くん、好きです。私の恋人になってください!」
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