フェチ9:勇者の仕事

 勇者ゆうしゃは、魔王まおうを倒さねばならない。

 と、いう物語は近年のサブカルチャーにしか存在しない。調べてみると簡単に判る。

 勇者という単語は、古いところで論語ろんごに出てくる。魔王にいたっては仏教ぶっきょう用語ようごだ。ちなみにサタン、ルシファーなどが登場する原典『聖書』には魔王という言葉はいっさい出てない。あって「悪霊のかしら」という程度だったりする。まぁ、翻訳にもよるのだが……

 対決構図自体はベオウルフ、ニーベルングの歌などの、英雄が竜を倒す物語がベースになっているのだろう。

 だから、勇者と魔王の構図を作るきっかけになったゲームの、第一作、最後の敵は竜王りゅうおうだ。題名も『竜探索ドラゴンクエ〇ト』だしな。

 ただ、勇者が魔王を倒すという構図は判りやすい。勧善懲悪かんぜんちょうあく端的たんてきに表している。

 なので、オレはその構図が好きだ。勇者という単語も選ばれた感がするので好きだ!

 ただ勇者は「恐れぬ者」なので、なろうと思えば誰でもなれる。

 特別なものではない。

 その勇者が、実際にことを成すと、英雄えいゆうと呼ばれるのだろう。

 つまり、勇者は英雄候補。

 それが指し示すところ、ことを成していないオレは現在、英雄候補――勇者なのである!

 名に恥じないためにも、オレは真の英雄ヒーローとならなければ。

 と、言うわけで、日曜の朝早くから自然の多い公園に来ていた。

 ふ、しかしここは普通の公園とは違う。

 昼は子供連れの聖母せいぼ老賢者ろうけんじゃたち、夜は未来を誓いあう男女であふれる場所。普段は鬱屈うっくつとした獣たちが活性化し、その生命の輝きを取り戻す。

 すばらしい。まさに聖域サンクチュアリ

 しかし、しかしだ。

 この聖域は汚れすぎている。

 オレはナイロン袋を持った手を思わずにぎりしめた。

 あそこに転がっている空き缶。実はあれは「カーン」という悪鬼あっき、アンデッドなのだ。

 邪気じゃきと異臭を放ち、なんだかこの聖域が怖いところだなーと思わせる恐ろしい性質せいしつを持っている。

 残念なことにヤツらを生み出すのは人々の欲望だ。そう、欲望の残骸ざんがいと言っていい。

 その害悪がいあくは明白。

 オレは、ヤツを、許さない。

 戦闘服である灰色のジャージ。火バサミは邪気を寄せ付けず相手を捕獲ほかくできる聖剣。

 この二つを持ってすれば、簡単にヤツを封印のナイロン袋に捕まえられるのだっ。


「とぅぉぃぇぁー!」


 オレは敵をつかみ、空へ放り投げる。

 凄まじい回転の末、カーンは華麗かれいに封印の袋へ吸いこまれた。


「ふー……また経験をつんでしまった。選ばれた存在に一歩近づいてしまったのだな」


 封印の袋はすでにはちきれんばかりだ。重量も相当なものになっている。

 しかし、これでも英雄には程遠ほどとおいだろう。

 きっと、この聖域から全てのけがれが取りのぞかれた時、その時こそが……

 あ、いや、違う。英雄になるのが本来の目的ではないのだ。

 忘れてはならない。

 これも全ては、運命を確かめるため、なのであるっ。

 聖法院のべんを思い出す。


『いいかい。とりあえず彼女の前で勇者を演じるんだ。ヒロ氏の信じる勇者であればいい。勇者だということは名乗ってもかまわないが、隠している方が渋いと思わんかね?』


 つまりオレは勇者になり正体を隠せばいい。

 そうすれば、小鳥居さんのフェチを攻撃でき、運命を確かめられるわけだ。

 ……彼女のフェチは勇者フェチなのだろうか?

 ともかく、オレは英雄候補である勇者となる必要があった。

 オレの考える勇者とは清く正しく美しく。恐怖を抱かず、己の信念と民草の希望を背負って強大な敵に挑む者である。

 しかし、どうすれば体現たいげんできるのか?

 考えに考えた挙句あげく、聖法院に相談した結果がこれだ。

 日曜の朝から聖域の穢れ除去。

 出発は午前六時。

 ちなみに、場所も時間も全て妹魔女・聖法院の指示である。

 ……む、よく考えたら魔女なら勇者として倒さなければならない?

 そんなことをすれば、オレは運命への手がかりを失ってしまうことに?

 大体、妹かも知れないのを退治するのはしのびないな。……魔女退治はしないでおこう。

 なんとかなるっ。


「おめさんは、初めてだなぁ?」


 悩んでいると、ヒゲの長いおきなに声をかけられた。ハゲた頭。しわくちゃの顔。

 まるで中国の拳法映画に出てくる仙人のようだ。

 見こみがあるから話かけてきたのだろう。ふっ、さっそく勇者オーラを発揮してしまったか……オレってば、やっちまったぜ。


「若ぇのに感心だなぁ。なんか判らんことあったら聞きんしゃい」

「ははは、当然のことをしている。なぜならオレはえら……!」


 っと、禁句きんくを言うところだった。

 傲慢ごうまんさまを出してしまっては、勇者としてふさわしくない。

 翁もあきれてオレの元を去ってしまうだろう。

 ふっ、オレは、そんなに、うかつじゃないっ。


「ああ、ああ、偉いなぁ。本当、感心するわい」

「え、えらくはない。当たり前のことだからなっ。決してえらくはない!」

謙遜けんそんするのもまた立派りっぱじゃなぁ」

「いやいや、まったくそんなことは。あは、あはははは」


 翁もつられて笑うと「さ、わしも働くかの」と言って、よろよろと立ち去る。

 なんとか誤魔化ごまかせたようだ。


「誰かぁ、捕まえてくださいー!」


 その時だ。公園の入り口の方から、女性の声が聞こえてきた。

 視線を向けると、運命の象徴しょうちょうこと小鳥居さんがこちらへ駆けてくる。垣根かきねのせいで頭しか見えない。

 なにをあわてているのだろう……?

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