弟二章――勇者の倒錯

フェチ8:エアー・リーディング・スキル

 引越しの荷解にほどきが終わったのは土曜の昼だった。コイコイの手助けがあったにもかかわらず、相当かかったと言える。

 それもこれも波状はじょう攻撃こうげきのように押し寄せる引越し荷物のせいだった。

 そう、初日に見たダンボールなど序の口に過ぎなかったのだ。

 本当の恐怖は二日目から始まったと言える……


 まぁ、終わったことはもういい。

 問題は運命を確かめるための作戦だ。

 相談に乗ってくれたのはいい。しかし、その後の展開が一切なかった。

 指示させてくれ、と言って放置。

 これは非常に歯がゆい。

 そろそろ痺れを切らす。そんなタイミングだった。


「さて、では情報も集まったことだし、そろそろ作戦に入ろうと思う」


 オレと聖法院で四角い食卓を挟み、会議が始まった。聖法院は白のワンピース姿だ。

 対するオレは黒いトレーナー姿。

 コイコイも席に着く。コイコイは二人そろってまたメイド姿だった。好きなのか?

 ちなみに、コイコイは近くにマンションを借り、そこで暮らすらしい。

 聖法院について来たのはかなり急だったようで、学校の転校手続きもまだらしい。入学式に参加しなかったのは、そのせいだと説明してくれた。

 いずれは同じ学校に通うみたいだ。

 ……正直、こいつらもウチで暮らすのかと思った。

 期待してたわけではないが、なんというか、肩透かたすかしをくらったような気分だ。

 まぁ、にぎやかなのは苦手だ。まずは二人暮しに慣れなければ。

 聖法院と一つ屋根の下で暮らすのは、わりと緊張した。

 なにか下手なことをすれば軽蔑けいべつされるかも知れないからだ。

 フェチの話をした後ではなんでもアリという気にもなるが、それはそれ、これはこれ、である。

 食事はオレが作り、後片付けは聖法院がしてくれる。あとはほとんど引越し作業。もしくはお互い部屋にこもってなにかをするか、だ。

 独り暮らしの方がどれだけ気楽だったことか……

 そんな中に二人も女の子が増えるとか、考えたくもない。

 そういう意味ではよかったと言える。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。今は別に大切なことがある。


「運命を確かめる作戦。待ちかねたぞ、聖法院」

「二人にさらなる情報収集を頼んでいてね。欲しい情報がやっとそろったのだよ」


 同時に微笑むコイコイ。


「あ、ありがとう……」

「そうだ、まずはヒロ氏の恋が成就するように、あれを渡しておこう」


 聖法院はポケットから赤石あかいしが連なった腕輪を取り出した。


数珠じゅずか?」

「なに、そういうものではないよ。ただのストーンブレスレットだ。しかし、これはヒロ氏にとってお守りになる。運命を切り開くね」

「ほう……」


 趣味ではないが悪くない。石の力には興味がある。


「お代は気にしなくていい。真の妹として認められるなら安いものだよ」

「しかし、それはそれで……少し心苦しいな」

「ふむ、そうだね。では、ヒロ氏にはこちらからもお願いをしよう」

「お願い?」

「そう、フェチを堪能たんのうして欲しいんだ」

「フェチを、堪能、だと?」

「そうだ。初日に自覚したであろう、絶対領域のフェチ。あれを堪能して欲しいんだ。そうすることで、私への理解が深まると思うしね」

「本当にフェチが好きなんだな……」

「そうだね。フェチこそが救いの道であり、フェチこそが私の生きる理由と言っても過言ではないのだよ!」


 フェチのためなら世界をも敵にまわしてしまいそうな勢いだな。


「わ、判った……しかし、そういうお前は、なにかフェチがあるのか?」

「「木鞠さまのフェチはー、凄いんですよー。常人ではありえませんー」」


 コイコイが急に口を開いた。


「まぁまぁ、あまりめないでくれたまえ。こんな私でも恥ずかしさを覚える」


 おうぎを開いて顔を隠す聖法院。

 いや、まて。すごい変態だと言われて照れているのか?

 ……言及しないでおくか。


「凄いのか……興味はあるな」

「ふふふ、知りたいかね……!」


 異様いよう) な迫力《はくりょくに思わず生唾なまつばを飲みこむ。


「「どうせなら実践じっせんしませんかー?」」


 ほがらかな笑顔の一言。


「ほう、妙案みょうあんだね。最近、荷解きで不足気味だったしね!」


 再び生唾を飲みこむ。


「「ではー、えっと……」」

「これがいいだろう」


 聖法院は懐から封筒を取り出す。さらにそこから一万円札を二枚、取り出した。


「「ふあー」」


 コイコイがそのお札に見とれる。聖法院は二人に一枚ずつ、お札を渡した。

 二人はじっと見入る。


「な、なんだ……?」

「「ふぁぁ……」」


 コイコイは見事なシンクロ動作でお札を持ち上げたり、机の上に置いたりしている。

 なんていうか、すごくファンタジーな光景だ。


「ま、まさか……お金フェチ……なのか?」


 嫌なフェチだな、おい。

 その一方で誰かの荒い呼吸が聞こえ始めた。

 横を見ると、聖法院が顔を赤らめている。

 いったい、なにが、そう、させた!?

 視線を追う。

 そこには、コイコイがいた。

 相変わらず二人そろって恍惚こうこつとした表情を見せている。

 ……な、なんだろうか、ここに居てはいけない気がする……


「ふふふ、さすがこいこにいこい、いい反応をするじゃないか」


 聖法院が満足げに微笑ほほえんだ。


「し、しかし……このままではらちが明かないなはぁはぁ。ヒ、ヒロ氏、頼んでいいか?」

「な、なにをだ?」


 なにをさせる気だろうか。正直ちょっぴり怖い。


「そ、そのはぁはぁ、金を、はぁはぁ、や、破ってくれるかね?」

「は、はぁ?」


 意味が判らない。


「そんなもったいないことはできないぞ」

「いや……はぁはぁ、お札は破れても銀行で交換してもらえるはぁはぁ……心配、ない」


 顔を赤らめ、モゾモゾする聖法院。お手洗いでも我慢しているみたいだ。

 ちょっと直視できない。

 一方ではコイコイも顔を赤らめ、お札を持ちながらモゾモゾしている。見事なシンクロ。

 ……どうしよう。オレは、今、生まれて初めて『気まずい』という空気を感じている。

 佐藤尋は空気を読むスキルが上達した!

 ……やばい、脳内で自己完結しても無・意・味!

 あわわあわわ……


「と、とにかく、そうしてくれないとはぁはぁ、満足にはぁはぁ、会話がはぁはぁ」

「お、おうぅ……?」


 疑問はぬぐえなかったが、オレはしかたなく、二枚の一万円札を同時に指で突いた。

 同時なのは、そうしないとコイコイに悪い気がしたからだ。

 お札は破れはしなかったものの、見事に歪んだ。その瞬間。


「「あ、あううぁ……」」


 コイコイが落胆らくたんの声を漏らす。どちらにしろ悪いことをした気分になった。


「ふ、ふぅ……」


 聖法院は一仕事を終えたように椅子にもたれ、息を吐く。


「「……という感じですー。判りました?」」


 判るか!?

 今ので判ったら超能力に開眼したと言っていいだろ!?

 しかし、この選ばれた佐藤。理解できていないとはなんたる屈辱くつじょく

 これぞ、敗・北・感!

 しかし、勝利を得てもダメな気がする。


「ふっ、予測はつく。だが、認識のズレがあってはいけない。言葉で確認しておこう」


 ……冷静になると、確認は要らなかった気がするな。


「「なんだと思いますかー?」」


 コイコイ!! こいつは試練製造機か!?


「ぬぐぐ……そうだな……」


 お札ではぁはぁするコイコイを見て、反応していた聖法院。普段は反応していないことを考えると、お金を持った後の状態、しぐさ、容姿などが関係しているのだろう……


「そうか、判ったぞ。興奮フェチか!?」

「「はずれましたー」」

「な、なんだとおおぉぉ!?」

「はっはっは、実際はいいところを突いているけれどね」

「な、ならば、なんだと言うんだ!」


 聖法院がニヤリと笑う。


「私はね、連動しているんだよ」

「れん、どう!?」

「「木鞠さまのフェチは『フェチのフェチ』なんですよー」」


 ま、まさか……


「くだいて言えば、他人がフェチで興奮しているを見て、フェチを感じるのだよ。なのでただの興奮フェチではない!」


 ニヤリと笑う聖法院。


「ちょっと好きなので二度言う。私はね、連動しているんだよ!」


 オレは思わず震えた。驚愕だ。

 驚きすぎて、自分でも思ってない言葉が口から漏れた。


「……こ、これほどのフェティストとは……存外ぞんがい、信じてもいいやも知れん。そのフェチが秘める可能性とやらを!」


 自分は何を言っているんだ?

 しかもポーズまで決めて。


「ふふ、ならば応えて見せよう! では、指令を与える!」


 冷静になった時には、もう後に引き返せない空気になっていた。

 佐藤尋は、空気を読むスキルが上達した……

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