フェチ6:木鞠、フェティシズムを語る

 台所でオレたちは紅茶をたしなむことになった。

 四角いテーブルを四人が囲む。

 それをダンボールと人体模型女学生、スク水白骨がさらにかこむ。

 正直、落ち着かない。


「「お待たせしましたー」」


 そして双子のあまりのシンクロ率に驚愕きょうがくを隠せない。


「な、なぁなぁ……」

「「はい?」」

「……例えば、一つ嘘をつかないといけない。そんな状況になったらどんな嘘をつく?」


 それぞれに考えて、同時に答えて、と言いたかったが、もしやと思い、なにも言わない。


「「そうですねぇ」」


 双子は同時に考えこむ。見合ってもないのに同時に微笑ほほえむ。


「「今、嘘をつきましたといいます」」

「……そ、そうか……」

「ワンダバな同時性どうじせいだと思わんかね?」

「ワンダバってなんだよ……」

「マーヴェラスってことだね」

「に、日本語でお願いします……」

「「驚くべき、ですね」」


 ……ワン、ダバァ。


「さて、それはいいとして、ヒロ氏は話し合いをしたいと言うが、なにを話すのかね?」

「あー、それはだな……」


 一瞬、なにを言おうとしていたのか忘れかけた。


「そ、そうだそうだ。正直に言うと、妹と言われても、いまだにその実感もなければ、真の目的が他にあるんじゃないかと勘ぐってしまう」

「ほう」


 オレは一度、せきばらいをする。


「そこでだ。オレの相談に乗ってくれたなら、信頼関係も築けるのではないかと、思う、わけだが……」


 チラ見。

 聖法院は眉間みけんしわを寄せている。しかし、すぐに口元をほころばせた。


「ふふ、そうかそうか。私の手を借りたいのだね、ヒロ氏! それは殊勝しゅしょうな心がけだ」


 いけた!?


「そ、そう! 選ばれたオレの力になれるのは、真の妹だけだと判断したまでのこと!」

「ならば証明して見せよう! 安心したまえヒロ氏!」

「そいつは頼もしいぜ!」

「ふふふ、信頼ラポールとは難しいものだからね。そういう機会が与えられるのなら、甘んじてそれを享受きょうじゅしようではないか!」


 聖法院は立ち上がり、威風堂々いふうどうどうと腕を突き出した。

 双子が柔らかく拍手する。


「では、述べてみよ、ヒロ氏。その相談とやらを!」

「ん、コホン……それは、だな。オレと小鳥居さんの運命を確かめて欲しいん、だが……」

「ふむ……小鳥居? ……二年三組の女史じょしかね?」

「お、おう……?」


 そうか、二年三組なのか?

 というか、なぜ聖法院が知っている?


「二年五組でもなく、三年七組でもなく、事務員の小鳥居女史でもなく、二年三組の小鳥居女史なのだね?」


 な、ん、だと!?


「そ、そんなに小鳥居という苗字はうちの学校に多いのか!?」

「いや、二年三組にしかいないはずだが?」

「ならばなぜ今、列挙れっきょしたし!?」

「間違えていたら申し訳ないと思い」


 さも当然のような顔をする!?


「……ま、まぁ、そ、その小鳥居さんだ……というか、なぜ知っている?」

「はっはっは、造作ぞうさもないことだよヒロ氏。ずばり、調べたのだよ」

「……い、いや、それはいいんだが、なぜ調べたんだ?」

「まぁ、少し事情があってね。全生徒の情報を知る必要があったのだよ」

「はぁ……?」

「ともかく、ヒロ氏は小鳥居ことりい姫夜子きよこ女史と懇意こんいにしたいわけか」


 姫夜子という名前なのか……美しい……!


「そうだ。彼女こそ、我が運命!」


 まぁ、懇意でなくても、運命さえ確かめられればいいんだが。


「ふむ、ではヒロ氏には、懇意になる方法をこちらで指示させて頂くが、いいかね?」

「あ、あぁ……しかし、なにをすればいいんだ? 実際は」

「いや、なに、簡単だよ。相手のフェチを攻撃する。ヒロ氏はそのフェチを刺激する行動や身なりをすればいい」

「は?」


 フェチ?


「聞こえなかったのかな? それとも理解がおよぼせなかったのかな?」

「はっ、馬鹿にしないでもらいたいな。オレが理解できないだと? そんなはずはない。だが、認識のズレがあってはいけないだろうから、聞いてやらんでもない!」

「ふふふっ、そうだね。お互い、勘違いした状態で話を進めるのは実に非効率的」


 聖法院は目をつむり、腕を組む。口は心の底から嬉しそうに笑っている。


「フェティシズムとはずばり、人間そのもの!」

「人間、その、もの、だと!?」


 なにを言っているんだ、コイツは!?


「フェチとは性倒錯せいとうさく! 人間が動物をいっした証拠しょうこなのだよ! ヒロ氏は判るかね、フェチというものが!」


 一瞬、判ってはいけない気がした。だが、オレが判らないはずがない。

 はばたけ、オレの思考回路!


「ふっ……オレが感じるに……それはコダワリと言ったところだろうな」

「ノンノンノンノン! 実に浅はか! そんなものではないのだよ、ヒロ氏!」

「オレが間違った!?」

「フェティシズムとは性倒錯! 性倒錯とは、つまり『本来、性的対象にならない物に対して性欲を覚える』ということなのだよ!」

「くっ……! それが、人間、その、もの!?」

「ああ、ああ、そういうことだよ。判るかい? 動物は子供を作るために性行為を行う。ということは本来、性的対象となるのは、子供を作れる機構きこうだ」

「こ、子供を……作る……」


 コイツ、そんな恥ずかしいことを口にできるのか!?


「……なんて奴だ……!」

「しかし、フェティシズムを持っている人間はどうだ? 子供を作るということを放棄ほうきしているようにも思えるではないか!」

「……た、確かにそうかも知れない」


 オレが納得してしまった……コイツはひょっとしたらすごいやつなのか!?


「つまり、フェチとは、人間が動物から、本能から逸した証拠でもあるのだよ。判るかね。つまり、フェティシズムとは人間そのものである」


 聖法院がどこからか取り出した扇子せんすをたたみ、オレに突きつけた。


「大事なことなので二度言う! フェティシズムとは人間そのものなのだ!」

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