フェチ4:運命の名前

 オレは教室に戻り、自分のつくえした。

 頭の中は運命のことでいっぱいだ。

 あの言葉、あのときめき、あの容姿……

 夢の少女に違いない……!

 顔が微妙に似ていない気もする。だが、現実は前髪があった。目を開いていた。

 夢の少女は目を瞑っていたし、前髪が全部、後ろに流れていた。印象が違って当然だ。

 とにもかくにも、オレが夢の中で出会った男だと伝えねば!

 しかし、向こうはオレのことを覚えていないだろう。出会った瞬間に反応しなかったのが何よりの証拠だ。まぁ、事情があって隠しているだけかもしれんがな!

 ……なんらかの形で確かめなければ。

 しかし、上策じょうさくが思いつかない。

 とてもじゃないが他人には相談できないしな……まぁ、そもそも相談する友がいないのだが。

 ふっ、選ばれたために常に孤独というわけだ。なのに寂しくはならない! 孤独への耐性、すばらしいっ!

 オレは顔を上げ、窓から校門の方をながめた。

 入学式が終わり、新入生が帰路きろについている。

 ふと聖法院のことが気になった。

 オレの自宅に帰るのだろうか?

 ……鍵、持ってないんじゃなかろうか?

 携帯のアドレスは交換しておいた。必要ならば連絡がくるはずだ。

 ――どれくらい魔術的知識があるかね?

 聖法院の一言を思い出す。

 ……そうだな。聖法院には、相談できるかも。運命という概念がいねんも信じてくれそうだ。

 真に妹ならばきっと、兄の力になってくれるはず。

 それに、もしかしたら聖法院だって運命の相手かも知れない。

 その話を持ちかけて反応すれば、聖法院との運命が確かめられるだろう。

 もし、運命でなく、かつ助けてくれなかったとしても、聖法院の本当の目的を探るきっかけになるかも知れない。

 ふっ、さすがオレ。完璧な作戦だ。

 しかし、考えてみると、あの子の名前も知らないな。

 いきなり「あの子との運命を確かめたい」と伝えても話は発展しないだろう。

 いや、魔法がなんたらと言っていたから、ひょっとしたら全てを見抜くかも?

 まぁ、そんな都合つごうのいいことはないな。

 とにかく、相談するにしても、もう少し探りを入れねばならない!

 しかし、探っているとバレたら気味きみわるがられそうだ。ストーカー扱いされるに違いない。

 いやいや、しかしオレは選ばれた佐藤!

 絶対にうまくいくはずだ!

 というわけでオレは学校を隅々すみずみまで探険する決意を固める。

 うちの高校は校舎三棟と二つの体育館で構成されている。

 生徒数は約一二〇〇人。同学年だけで四〇〇人。なかなかのマンモス校だ。

 まぁ、同学年の四〇〇人くらいなら、人探しとしては楽な方じゃないだろうか?

 しかし……あの子が二年生とは限らないのか……入学式前にすれ違っただけだしな。

 上履うわばきやクラス章を見れば一発で判る。だが、どちらも記憶にない。

 となると……勝手に同級生と考えていた目論見もくろみはご破算はさん

 ……一二〇〇人の中から一人を探すわけか。

 ふっ、オレの奇跡の存在確率に比べればたやすいことよ。

 よし、三年、一年の教室はなんだか恐ろしいので後回しだ。

 二年の教室が固まっている、この校舎を探そう!

 入学式を終えた後、二時限だけ授業が行なわれた。

 現在は放課後だ。もちろんまだ日が高い。

 部活に入っている奴はこの後、部活動を。入っていない奴は帰宅だ。

 オレは部活動が面倒だったため入っていない。独り暮らしで家事が大変だという理由もある。

 今は帰宅部が正解だと確信できる。

 なぜなら、ほかの生徒が急がしくしている中、オレは人探しに集中できるからだ。

 リノリウム張りの廊下ろうか。白い壁。アルミ製のスライドドア。

 なんの変哲へんてつもない学校をくまなく探す。

 少しだけ変わっているのはクラスの表札ひょうさつと、ところどころの柱が木製ということだろう。

 なぜ鉄筋コンクリートの建物に木を使っているのか?

 その答えは学校の歴史でもひもけば判るだろう。

 当然、調べる気はないが。

 ……あれ、まてよ? 学校の歴史……入学、卒業、アルバム、写真、生徒……そうだ。

 顔つきの生徒名簿があってもおかしくない。

 教務室きょうむしつへ行けば見せてもらえるかもしれない!

 しかし、髪のことでオレは教員に目をつけられている。教務室へ行けば、そのことで時間を消費するだろう。

 うーん……悩む。先生の説教は苦手だ。

 怒られないために髪を染めるという手立てもあるが……オレのは天然物なので、染める気は毛頭ない!

 だが、しょうがない! 運命のためだ!

 説教でもなんでもかかってこい!

 というわけで、しぶしぶながらも教務室へ向かう。

 教務室は一年生の教室が固まっている棟にあった。

 なぜだかドキドキする。たかが教務室へ行くだけで緊張しているというのか!?

 このオレが!?

 はっはっはっ、よもや。

 と、思っていた瞬間。オレの胸はいっそう飛び跳ねた。

 教務室の入り口から、彼女が出てきたのだ。

 三つ編みの、清楚せいそな彼女。

 思わずオレは立ち止まり、見入ってしまう。

 彼女はそんなオレの視線に気づいた。

 視線が合う。

 軽い会釈えしゃく

 うおおおお、今、まさに、オレは選ばれた勝ち組!

 口でドキューンとか痛い擬音ぎおんを言いそうになるほど、テンションが上がった!

 彼女は友達らしき女子と合流した。


小鳥居ことりいさん、今日は部活お休み?」

「いえ。後で顔を出すつもりです。春休み中に借りていた本も返したいですし」


 透き通った声。

 優雅ゆうがで知的な言葉ことばつかい。

 まさに……理想!

 いるんだな……こういう人……

 二次元にしか存在しないと思っていた。

 ……って、あまりのことに我を失っていたが、今、大事な情報が出てたぞ!

 名前だ!

 小鳥居。

 確かにあの友人らしき女子は言っていた。

 あと、クラス章。見忘れた!

 なんてこった!

 いや、冷静になれ。

 話しかければすぐ判ることだ。

 すみません、名前はなんて言うんですか?

 そうすれば、彼女はこちらを向く。

 そうすれば、クラス章が見れる。

 名前が判らなくとも、後で調べやすい。

 声をかけるだけなんだ。

 そう、一言……

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