フェチ3:運命との出会い

 妙な夢を見た。

 親の生死が不明になった。

 そして急に妹ができた。

 なんだか、めまぐるしい日だ……しかし、これも選ばれたオレならではの人生。

 実にワクワクするではないか!

 ……さすがに両親のことは少し心配だが。

 もし、本当に両親がいなくなったとしたら、オレはまず生活をどうやってたもつのか考えねばならない。

 悲しむよりも先に、生活を気にする自分がひどい人間に思える。

 しかし、話を聞いただけなので喪失感そうしつかんがない。だから、しょうがないとも言える。オレをほっといて海外ばかりに行っているせいだしな!

 それに銀行の口座こうざには、先日、生活費が振りこまれたばかりだ。

 なにかしら、入れ違いがあったのではないだろうか?

 もしくは聖法院やキルヒナーが嘘をついているか……

 だとすれば、一体、なんの目的で?

 うーん……まぁ、今すぐに答えはでないだろう。なにか裏があるのなら聖法院も簡単には話さないだろうしな。後で両親に手紙を書いて確かめるか。

 なに、選ばれたオレの選ばれた両親だ。死んではないだろう。


「ところで、入学式にいくために、急ぎ学校へ行きたいのだが」


 台所の食卓に並んだ白飯、味噌汁、玉子焼きを、聖法院は上品に平らげ言い放った。


「おう……?」

「学校まで案内して欲しい」

「……ほう?」


 というわけで、二人で登校中だ。

 山並やまなみを背負せおう住宅街を進み、徒歩二〇分程度。

 頭一つ分、小さい聖法院を、ちらちらと見る。

 オレには孤独への耐性たいせいがあった。

 簡単に言えば独りでもさみしくないということ。かくれんぼで、まさかの放置をくらっても大丈夫ということだ。

 しかし、耐性には思わぬ副作用があったようだ。

 そう、他人とどう会話していいのか判らない!

 なにか考えろ! きらめけオレの脳細胞! うなれオレの神経シナプス!

 目があう。慌てて「そ、そういえばだな……」と話題を振った。


「なぜ、その、父と母はいなくなった?」


 全力の結果がこれなわけだが、正解ですかね……?


「ふむ……そうだね。真実を語っても信じてもらえないと思うのだが……」

「任せろ、だいたいのことは許容範囲だ」

「……ふむ。では真実を伝えよう。父と母は、エネルギーとなった」

「…………」

「やはり、理解できないかね?」

「いやいや、あれだろう? 燃料とか……」


 自分で言っておいてなんだが、燃料になった両親は哀れすぎるな……


「まぁ、あながち間違いではないね」

「間違いじゃないのか?!」

「近い、というだけで、燃料そのものになったわけではないのだがね」

「まてまてまて。どういうことだ? 父と母は大地のやしにでもなったのか?」


 それだと生死不明ではなく、確実に死んでいるが……


「それも間違いではないね」

「これも!?」

「比喩表現的に、だがね」

「わけが判らんぞ……」

「……話づらいのだが……本当に正直に言えば、魔法の障壁しょうへきとなった、と思われる」

「……は?」


 今、魔法と言ったか?


「ヒロ氏は、どれくらい魔術的知識があるかね?」

「……ま、魔術的知識? たとえば、行使こうしにはマナというかエムピーが必要だとかか?」

「いや、ファンタジーやゲームの知識ではない。現実の魔術だ」


 さ、さすが我が妹を名乗るだけあって、いきなりな会話が飛び出す。

 オレたちは校門を表す石塔せきとうのそばを通る。ここからはもう学校だ。

 たくさんの桜の木、生徒たちの雑談、雑踏の音が迎えてくれる。

 選ばれた会話を隠すためか、聖法院の声は少し小さくなった。


「まさか、父や母から何も聞いていないのか?」

「あ、ああ……」


 ま、まさか、両親も魔術関係者!?

 オレは生い立ちから選ばれていたのか!?

 聖法院はアゴに手を当て視線をそらす。ゆっくりこちらに向きなおり、小さくうなずく。


「……では、聞かなかったことにしてくれるかね?」

「無理だろ!?」

「……ふむ。では、冗談だよ、ヒロ氏。魔術などあるはずがない。私たちの両親は深い森の中へ迷いこみ、帰らぬ人となったのだ」

「いやいやいや。ぜんぜん納得できないんだがな!?」

「ついてくると、足を踏み外してしまうよ」


 聖法院が軽く笑う。

 オレはつい足を止めた。

 聖法院はそのまま手を振り、コンクリートの階段を下りていく。一年のクラスがある東棟へ向かったのだろう。


「……エネルギー」


 オレは東棟へ行くべきじゃない。混乱した頭では、それしか考えられなかった。

 いや、まて。あえて踏みこんで聞いてみるべきなのか?

 この機会を逃したらうやむやにされてしまうのでは?

 そうだ、階段を下りて、聖法院を捕まえよう。

 あの夢と妹、魔法。全部、つながるかもしれない。

 オレの運命がはっきりするかもしれない。

 オレの行く先が見つかるかもしれない。

 オレの望んだ日常からの脱却だっきゃくが、そこにあるかもしれない。

 怖さ半分、希望半分。

 しかし、変化を怖がっていては、なにも解決しないのだ!

 選ばれたオレはそのことを知っている!

 いざ進め、オレの黄金おうごんの右足よ!

 そう思った時、女の子の声が耳に飛びこんできた。

 雑音の一つのはずなのだが、妙にその声だけはっきりしていた。


「ボーダー……ンク……探して……」


 それは、夢の中で聞いた言葉だったからだ。

 階段を踏み外しそうになりながら、オレは声の主を探す。

 藤色ふじいろの人のしげみ。

 その中に一人の少女を見つけた。

 心臓が、跳ねた。

 ゆるやかな三つ編み。

 ミルクのような白い肌。

 ふくよかな胸。

 紫色のスカートと、ハイソックスの間からのぞく太もも。

 かわいらしい茶色の革靴かわぐつ

 女の子の香りがした。

 彼女は女の子と話をしていた。友達だろう。

 世界がスローモーションになった。

 世界がかがやいた。

 まぶしい。

 どういうことだ?

 オレの心臓が、バクバクと鳴っている。

 なんだ、これは、まさか……!?

 黒い球体の中で出会った少女。

 言葉。


「運命……だというのか!?」


 名も知らぬ女子は、柔らかに微笑ほほえんだ。

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