フェチ2:同居の理由

 そして、何も起こらない。

 彼女がさらに顔を赤らめただけだ。

 ど、どういうことだ……


「こ、これから、よろしく……頼むよ」


 ごくり……

 思わず生唾なまつばを飲みこむ。

 やはり何かがおかしい。

 オレは、試されている……?

 そんな気配けはいさっしたのか、少女が少し眉をひそめた。


「……なにか、に落ちてない気配だね」

「い、いや……そんなことは……」


 選ばれたオレが試されているならば……なにを試されている?

 理知りち機転きてん根性こんじょうとく……

 そうか、ひょっとしたら誠実せいじつさかもしれん!

 考えるのが面倒めんどうだから素直に聞いて終わらせようとか、そういうのではない。

 そう、オレは誠実な質問をするのだ。


「しょ、正直に聞いていいか?」

「何かな?」

「え、えっと……誰?」


 少女が絶句ぜっくした。口をへの字に結んでいる。


「手紙……手紙を読んでいないのかね?」

「手紙?」


 心当たりは、ある。両親からの連絡だ。

 オレの両親は、ここ数年、家にいない。

 携帯はおろかインターネットも使えない場所にいるらしく、一、二ヶ月に一度だけ直筆の手紙がやってくる。

 確かにここ数ヶ月、音沙汰おとさたがなかったため郵便を確認していなかったが……

 オレは冷静を装い外に出る。普段どおり、ゆっくりポストを開けた。

 新聞は取っていないので入っていない。ただ、さまざまなデリバリーサービスの広告やイベントのお知らせなどが詰まっている。後で仕分けしよう。

 その中に一通だけ、手紙とおぼわしき封筒があった。


「いつもと、便箋びんせんが違うな……」


 海外メール便だと判る封筒だが、少しだけデザインが違った。

 オレは中身を朝日にすかし手紙の位置を確認する。慎重しんちょうに封筒を破った。

 中から出てきたのは、見覚えのある字で書かれた衝撃しょうげきの事実だった。

 読み間違いかと思い、二度も目を通した。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 しんあいなる さとうひろ へ


   ぜんりゃく いかがおすごしか?

   わたし は きみ に つたえる ため とても たいせつなこと を きじゅつ した きょう です。

   たんとうちょくにゅう に しんげん する と きみ の ごりょうしん は ゆくえふめい さらに いえば せいしふめい の じょうたい です。せつめい できない は くわしいこと どこで なった のか です。

   もんだい は まだ あり。きみ は しる でしょう。きみ は いもうと を もつ。

   こまり せいほういん は なまえ です。

   いく は きっと しがつ の じょうじゅん。

   そちら の せいふく を きる でしょう。ようい しました。

   これ は かのじょ の いし です。わたし も しょうだく しました。

   そして かのじょ は きぼう です。そちら で せわ に なる でしょう。

   われわれ では せわ を できない りゆう が あり です。

   よろしく たのむ ます。


                           そうそう

                    ごっとりーぷ きるひなー 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 読みにくいから三度読もうとは思えなかった。

 毎回思うが、この人の手紙はいつの時代の電報でんぽうだ……

 と、とりあえず簡潔かんけつにまとめると、こういうことだ。


 1、オレの両親が生死不明の状態におちいった。場所は詳しく説明できない。

 2、実は、オレには妹がいた。目の前のがソレ。

 3、妹は今後、佐藤家で世話になる。

 4、これは全て父の親友が承諾しょうだくしている。手紙もその人からだ。

 5、この手紙は一ヶ月以上前にきている。

 6、つまり、オレには拒否権きょひけんがない上に、知らなかったのはオレの落ち度。


 冷静に内容を把握はあくしてやっと頭が回転しはじめる。


「……まて、まてまてまて。仮に妹だったとして、どうして今頃いまごろそんな事実が!?」

「それは、判りかねる。私はヒロ氏を十年ほど前から知っていたがね」


 先ほどまでの赤ら顔とは違い、非常に不機嫌そうな少女。


「苗字が違うのは!?」

「偽名をよく使っているからではないのかね!」

「ぬぐ……りょ、両親の生死不明、場所が説明できないのはなぜだ?」

「ヒロ氏にどれくらいの知識量があるのか、キルヒナー氏に確信がなかったためだろう」


 父の親友、キルヒナーおじさんのスキンヘッドを思い出す。

 しかし、知識量とは? 一体、なんのことだ?


「……ヒロ氏、それを確かめるためにも私はやってきたのだよ」

「どういうことだ……?」

「ともかく、私、聖法院せいほういん木鞠こまりは佐藤ヒロ氏の妹であり、これから先、佐藤家にやっかいになる、ということだけが事実なのだよ」

「まさかの、同居……だと!?」


 オレの人生に、こんな展開がまっていようとは……!

 さすが選ばれたオレ……いやいや、まて。これは、なにかの罠ではないのか?!

 ここで、この自称『妹』と同居してもいいものなのか?


「今日のヒロ氏にとっては突然かも知れないが、私は一ヶ月も前に連絡を入れていた。今、ここで拒否されると、いささかつらい」


 怒っていた聖法院の表情がくもる。


「そ、そうだな……確認をおこたったのはオレの責任だ……」


 その瞬間、少し顔が晴れやかになった。本当に嬉しそうに見えた。


「な、ならば、受け入れてくれるということかね?」


 言葉遣いは尊大そんだいだが、表情には素直さを感じる。


「う……」


 これ以上、聖法院を悲しませるのは、なぜかダメだと思えた。

 同情なのか、あわれみなのか、申し訳なさなのか、兄の本能なのかは判らないが……


「……い、いいだろうと思える」


 そう、口走ってしまった。

 聖法院は満面の笑みを浮かべる。


「では、存分ぞんぶんに私を妹あつかいするがいい! ヒロ氏!」


 手を掲げるその姿はまさに威風堂々いふうどうどう。妹という感じはまったくしない。

 本当はもう少し事実を確認しておきたい気持ちがあった。

 自分のプライベート空間に見知らぬ女が急に押しかけてきたのだ。

 冷静に考えたら怖いだろう?

 だが、聖法院の笑顔を見ると、警戒心けいかいしんは吹き飛んでしまった。

 オレは、彼女に選ばれた気がした。

 それが、ちょっと嬉しかった。

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