第一章――運命の倒錯

フェチ1:突然の妹、来襲

 そしてオレは目覚めた。

 だが目の前は暗い。息苦しくもある。

 どういうことだ!?

 大慌てで自分の顔を探る。布団ふとんが巻きついていた。


「………………」


 オレは冷静に布団をぎ取る。

 寝返りをうった時に布団が巻きついたのだろう……と見せかけて選ばれたオレを抹殺まっさつしようとするやからがいるに違いない。


「はっはっはっ、見事に打ち破ってみせたぞ! ……ヒックシッ!」


 春とは言え、まだ肌寒はだざむい。

 冷えた胸さすり体をあたためながら起き上がる。乱暴らんぼうに布団をベッドに戻した。

 今、何時なんじだろうか? 朝飯を用意しなければ……昨日、二ヶ月ぶりに乱入してきた香奈穂おばさんが白飯しろめしを食べてなければ少し残っているはずだ。

 ベッド脇においてあるタッチパネル式携帯電話――スマートフォンを手に取る。

 時刻は六時五十九分。後数秒で設定しておいた目覚ましが鳴る。

 はっ、危なかった。時間になったら爆弾に変貌へんぼうし爆発していたかもしれん。

 ふっ、オレの指先一つでお前は永遠えいえんの眠りにつくのだ!

 画面に触れベルを止める。

 その瞬間、別のところでベルが鳴った。

 一瞬、緊張きんちょうする。

 ……いやいや、爆弾とか冗談じょうだんだぞ?

 もう一度タッチパネルを触る。

 再びベルが鳴った。

 玄関のチャイムだ。……爆弾、の関係はなさそうだ?

 しかし、こんな朝早くに訪問者ほうもんしゃ? しかも、ずいぶんと気の合うヤツだな。おばさんか?

 鏡で自分の姿を確認する。ひど寝癖ねぐせだ。前と後頭部の髪が逆立さかだっている。

 服装は水色のパジャマ。このまま出てもいいだろうか? まぁ待たせるよりはいいだろう。

 二階から駆け下りて玄関へ向かう。

 引き戸の鍵をはずし開ける。

 そこにはプラチナブロンド髪をツーテールにした少女が立っていた。

 服装は藤色ふじいろのブレザーに濃い紫のスカート。オレの学校の制服のようだ。

 左手に水晶。右手に宝石の振り子を持っている。脇には学校指定の革鞄かわかばんを挟んでいた。

 つりあがった大きな目の視線と、オレの視線がぶつかった。

 まぁ、そこまではいいとして後ろにいるヤギ(?)は一体?

 キリスト教の宗教絵画に描かれている悪魔のような立派なツノ。ツノのみで一メートルくらいありそうだな……

 瞳孔どうこうも人間のそれとは違う。水平に長い。人間の白目部分は黄色。不気味ぶきみこの上ない。左目は十字傷じゅうじきずでつぶれていた。

 うん、正直おっかない。

 オレは思わず戸を閉めた。しばしの沈黙ちんもく

 怪しい勧誘かんゆうか……? はたまた夢の続きか……? ……まさか真面目まじめに狙われてる?

 いや、これは、ひょっとして選ばれた状況なのでは?

 うーむ……

 オレはもう一度、戸を開ける。

 同じ姿のまま、そこに存在する少女。そしてヤギ(?)。

 もう一度、閉める。

 うーむ……

 開ける。


「…………」


 しばし見つめあう。

 こんな綺麗きれいな少女は見たことないな。

 クラス章はひし形に赤のライン。確か、三年生のものだ。

 先輩……? いや、三年生はこの間、卒業したじゃないか。

 つまり、このクラス章は今日、入学する一年生のものだ。

 新入生がうちにどういう用件だ?

 呆気あっけに取られていた少女は照れくさそうにするとうつむく。水晶をあわてて革鞄にしまった。薄いと思っていたのに、意外な大きさの物が入るんだな。

 代わりに扇子せんすを取り出し、開く。口元に当てると小さく咳払せきばらいした。


「きょ、今日を選んだのは、その方が驚くだろうと思ってだ」

「は?」


 突然の一言。

 若干、オレの思考力が追いつかなかった。この少女が何を言ったのか理解できなかった。

 しかし、しかしである。

 これは、選ばれた香りがする。例えるならそう、石鹸せっけんの匂い。

 玄関においてある自動消臭機器のことは忘れよう。

 そう、これは異世界へ出発するきざしに違いないっ!

 オレの平穏無事へいおんぶじな日常は、ここに終わりを告げるのだ。

 あの夢はこの変化を告げる夢だったのだあぁ!


「待っていたぞ。オレの方こそ待っていた! さぁ、遠慮えんりょせずに」


 異世界へ連れて行くがいい!

 と、言いかけたところで、少女の一言が割って入る。


「おお、さすが話が判るね、ヒロ氏。では早速お邪魔させていただくよ」


 少女が家の中へ入る。ヤギ(?)も入る。

 オレは異世界へ入りそこねる。


「……お、おいおい、まてまてまて、ヤギィ……?」

「ああ、そうだね。失礼した。ナックル。玄関でまっているんだ」


 ナックルと呼ばれたヤギ(?)はうなづくと、玄関を守るように、玄関先に座った。


「……い、意外とかしこいな、ヤギ……」


 ナックルがこちらをにらむ。間違いなく睨んでいる。割りと怖い。


「ナックルは一応、ヤギではなく、アイベックスという。最初は許してくれるだろうが、次は危険だ。心しておくほうがよいよ」


 若干、少女は嬉しそうに語った。


「興味があるかね?」

「え、いや……」


 今は、お前の存在の方が気になる。一体、何者なんだ?


「あと、な……オレの名前、間違えているぞ?」

「……ヒロ……ではないのかね?」

「……あれ? お前、さっきヒロシって……」

「……いや藤原氏、足利氏といったような、氏をつけただけだが……」

「……あ、ああ……そうか、そうだな……なるほど……」


 なんだか、英雄が急に一般人になった気がした。気のせい。気のせいだな。


「というか、なぜ、オレの名前を知っている……? あ、いや、これは愚問ぐもんか」


 そうだ、異世界へ連れて行こうとする者が、選ばれたオレの名前を知らないはずがない。


「確かに愚問だね。ヒロ氏。では、いいかね? 入って」

「えっ、あぁ……?」


 オレの直感がささやく。何かみあっていないぞと。

 いや、しかし、この状況、異世界へ行く以外の何がある?

 ……トラックにはねられるのとかは勘弁かんべんだが……

 こういう時こそ自信を持て。空元気からげんきならぬ空自信からじしんも自信のうちだ。

 そうだ、今、家の奥へ少女が行くのも、理由があるのだ。

 家の中のタンスか何かが、異世界への道となっているに違いない!


「オレの部屋は二階にある。どこに向かうんだ?」

「うむ。そうだね。ヒロ氏の部屋が二階にあるのなら、私の部屋も二階にするか」


 住む気か!? いや、考えろ。設置、そうだ、異世界への道を設置するに違いない。


「そ、それは楽しみだな」

「……だからと言って、変なことはしないでくれたまえよ」

「そうだな。下手に触ったら、なにが起こるか判らんしな」


 少女が階段を上る手前で立ち止まり、振り返る。


「……ヒロ氏? 触るつもりだったのかね?」

「いや、触れなければ行けないだろうが?」

「いけないことはないが……そうだね。ス、ス、スキンシップはあってしかるべきかな」


 スキンシップ? つまり、異世界への扉は生き物か何かか?

 ま、まさかアイベックスか? それはちょっと勇気がいるな……


「じゃ、若干、気恥ずかしいが、これから世話になるしね。とりあえずはあ、あ、あ、握手でかまわないかね?」


 そう言って、顔を真っ赤にしながら手を差し伸べる少女。

 異世界への扉は少女そのもの!?

 こ、これはちょっと嬉しいじゃないか。はっはっはっ。

 しかしいきなりとは、オレにも心の準備と言うものが……

 オレは恐る恐る彼女の手を取った。柔らかいが、少し冷えている。一回りも小さい手が、女の子だと言うことを意識させた。

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