第三章 第二話

 一哉は趣味が多いと思っていた、菜摘。

 ギターを弾いたり。

 サーフィンしたり。

 バイクが好きだし。

 サッカーも上手。

 女の子が好きそうな事、みんな出来る。しかし、一哉は『趣味なんて何もない』 と言ったことがあった。菜摘が聞き返すと、『俺は好きな事をしているだけ。じゃあ、菜摘の膝枕も趣味になるのか?』

 趣味が膝枕。

「それは困る」

 菜摘には、趣味と呼べるものも、好きなこともない。だから、何でも出来る一哉が眩しかった。菜摘は見ているだけ。それだけで、十分幸せだった。


 菜摘は、ベッドから起き上がり、一哉のギターに触れた。アメリカ製の有名なブランド。

 高校の時、何ヶ月もアルバイトをして、やっと手に入れた誰もが憧れる高級品。傷一つ無い、くすんだ茶色のボディ。

 菜摘には大きすぎる、そのギターを抱いた。どうして弾くか、どうすれば良いか、なんて何も知らない。ただ一哉がしていた様に、弦を弾いた。

―― ポロン……。

 懐かしい音がする。いつも一哉が弾いていた懐かしい音がする。

―― ポロロン

 部屋に柔らかいギターの音が響く。

『菜摘、人差し指でそこを押さえてごらん』

 心に語りかける一哉の声。

『中指は、ここ』

「か……ずや?」

『薬指は、そこ』

「うん」

 記憶があった。

 ずっと昔。まだ、高校生の頃。

 最後の学園祭の準備で、夜遅くまで学校にいた。一哉と誰もいない講堂でギターを弾いた。舞台の端に腰掛けて、一哉に背中からギターといっしょに抱かれた。

「ほら、指はこことそこ、ここも押さえてごらん」

 一哉は、とても温かくて、大きくて、優しかった。

『ほら菜摘、右手で弦を弾いてごらん』

「かずや……」

―― ポロン

『そうそう、菜摘上手いよ。次はこことここ』

 背中に一哉の温もりを感じる。

 左手の甲、右手首、首筋に一哉の息遣い。いないはずの一哉を感じる。

『菜摘、ごめんよ。淋しくさせて』

「ううん、いいの。少しだから……。少しの我慢だから」

『僕はそばにいるから。菜摘を見ているから』

「うん」

 部屋に響くギターの音色。

 弾いていないギターから聞こえるメロディ。

 いつも聞かせてくれた一哉のメロディ。

 いつの間にか、菜摘の目には、また涙が溢れていた。

「忘れないよ。絶対、一哉のこと、忘れないよ」

 メロディが終わると、突然一哉の気配が消えた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る