第27話
優ちゃんは私より生きることが上手い。昔からの幼馴染みとしては鼻が高いようなそうでもないような。
確かに私はデザインのことで他人に褒められることは多かった。だけどそれ以上に私には出来ないことが多すぎた。朝に弱くて起きるのも一苦労するし、一人暮らしが長いのに料理は一向に上達する気配もない。それに比べて優ちゃんは一人で何でも出来たし飲み込みだって早い。前の会社でだってみんなが嫌がるような書類仕事をいつの間にか終わらしてチームを驚かしていた。学生時代から社会経験と称して飲食店や家事代行サービスなんかのバイトだってしてた。筋がいいと飲食店や家事代行なんかから就職を誘われてもいた位には上手くやっていたのだと思う。
デザイナーとしても私のデザインは結局の所売り物には程遠い。デザインコンセプトを口で他人に説明する力もなかった。前はチーフが代わりに良いところと悪い所を修正していってブランドのイメージに沿った物を作ってくれていた。
(わたしはそういう甘えたことを続けたくなかったんだけどな……今も優ちゃんに甘えっぱなしで……)
描いたデザインがそのまま形にならないことくらいわたしだって知ってる。
自分はパターンを作ることなんて出来ないくせに、優ちゃんに無理難題を押し付ける。生地のことなんて全然知らない。縫い方すらもわからない。
私一人で服は作れない。私一人で服は売れない。
だからこそ、デザインだけでも人より優れていなきゃ駄目なんだ。
「……そうですね。でも、私なんてデザインのことも、パターンのことも、商売のことも全然知りませんよ」
そんな胸の内をわたしは花さんに相談していた。今日は咲ちゃんはパターンを教えて貰いに行っている。咲ちゃんの家でデザインを描くのも疲れたから、事務所に行って描いていたら、花さんが必要な書類を取りに来ていて、話している内にいつの間にか相談に乗って貰っていた。
「咲さんはデザインが描ける人ですし、自分のデザインに満足しないというのも向上心があっていいと思いますよ」
「そんなんじゃ……じゃあ、花さんは社長と一緒に居てコンプレックスを刺激されたりしないんですか?」
「そうですね……正直、昔はかなりあの人に劣等感を抱いてましたね」
花先輩だってやっぱりそう思うことがあるんだ、そう思った。社長は実家が大企業の一人娘というだけでなく多くの事業を成功させる実業家でもある。同級生として、秘書役として近くでその才をみて劣等感どころが嫉妬心すら感じてもおかしくない。
「あの人学生時代全科目ほぼ満点でバスケ部でエースやってインターハイ優勝するような人ですよ?悔しくてたまらなかったですよ。自分で言うのも恥ずかしいですけど勉強だけが取り柄でしたからね。それなのに勉強でも勝てないなんて。周りからは仕方がないよって言われて……何よりも周りからは『実質一位』なんて言われて……自分の得意分野で勝てないんだから、笑っちゃいますよね」
その笑みがわたしには自嘲気味に見えた。もし、優ちゃんがわたしよりデザインが出来るようになったら、わたしは優ちゃんとこれからも仲良くして行ける自信がない。
「……それは」
「でもそれって私が百合子さんのこと全然知らなかったからなんですよね。以外と万能超人みたいに見えますけど、意外と抜けてるところがあるんですよ?」
「そうなんですか?」
わたしは良く考えるとあまり社長のことを凄い人だっていう事しか知らなかった。でも花さんの表情は自嘲気味な笑みではなく本当に社長と
「えぇ、まぁ凄いところしか見せないようにしてますけど、一緒に居ると色んな部分が見えてきますよ。一緒に住んでみて優さんの凄いところをたくさん見る機会があったと思うんですよ」
「……はい」
「でも、もう少しよく見てみると、彼女が『何を思ってパターンをしてるのか』とかわかってきますよ。人の良いところも悪いところもひっくるめて全部を見ることが大事なんだってことですね。当然、自分も含めてですよ」
そういう花さんは凄く大人雰囲気を醸し出し頼りがいがあって、どこかそれは優ちゃんの姿と重なって見えた。
「……わかりました。相談に乗っていただきありがとうございました」
「ふふふ、可愛い後輩でもありますからね、いつでも相談してきてください」
―――
「ただいまー」
「あ、お帰り咲ちゃん。この前のパターンなんだけどいい生地が見つかったから見て貰える?」
「あ、うん。見せて」
家に帰ると優ちゃんは向こうで作った晩御飯を温め直して皿に盛りつけていた。横の部屋にはトルソーに私のデザインした服が着せられていた。この前言ったようにデザインに寄せたパターンをしてくれている。迷惑をかけてしまって
劣等感を少し感じてしまうけど、花さんのアドバイスを思い出して、優ちゃんともう少し向き合って感謝の気持ちを素直に伝える。
「うん、凄く良いよ。無理聞いてくれてありがとう」
「ううん、全然大丈夫だよ。咲ちゃんのデザインのことを一番わかってるのは咲ちゃん自身だからね。正直に言ってくれた方が助かるよ」
「……でも、結構難しいこと言っちゃうかもしれないよ?」
「うっ、パターンは教えて貰いながらだから……でも、正直に言ってくれた方がいいものが作れると思うからドンドン言ってくれていいよ」
一瞬だけ困ったような顔を見せたがすぐに笑っていいよと肯定してくれた。
「……ホントに?」
「うん、咲ちゃんのデザイン、私好きだし。咲ちゃんのデザインのパターンやれて凄く楽しいよ」
「……そう?ありがとう」
そっけない返事を返してしまったけど、少し照れくさくて優ちゃんの顔が見れなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます