第26話

 私は咲ちゃんのことをよく知っている。食の好みは甘いものが好きで辛いものが苦手、学生の頃は数学が苦手で英語が得意。小学生の頃からデザイナーになりたいって言ってファッション雑誌なんかも読み漁ったり、色んなブランドの新作をチェックしてた。

 そんな咲ちゃんの好みは把握していると私は思い込んでいた。咲ちゃんのデザインだったら他の人が作ったデザインと混ぜられたとしても見分けれる自信がある。

 それでも、私には咲ちゃんが作るようなデザインを自分で描けるわけじゃない。デザイナーとしての力は前線で活躍する人達の半分もない。咲ちゃんクラスのデザイナーには比べるのも可笑しい程だ。

「……形崩れちゃった。というか生地が重いし、この形じゃ寸胴に見えちゃう」

 自分の家で作ったワンピースの形を見て思わず苦い笑みを浮かべてしまう。。まるで薄手の布を巻いているようだ。見ようによっててるてる坊主にすら見える。

 水城さんに言われて自分のパターンを見直した。なんとなくで作っていたらままだったら咲ちゃんのデザインの良さを引き出すことより再現することに躍起になっていたと思う。それだけじゃまだまだ足りない。

 二次元の物を三次元にするなんて並大抵のことじゃない。それなのに100%以上の出来を常にこの業界では求められ続けるのだと身に沁みる。

「デザインを崩さず、デザインを活かす」

その為に生地、流行、技術。それら全てが必要になってくる。


新しくパターンを作り直していると、ガチャガチャと玄関扉の開く音がする。買い物に出かけていた咲ちゃんが帰ってきたみたいだ。


「ただいまー。あ、新しいパターン?」

「おかえり、咲ちゃん。そうなんだけどパターンが上手くいかなくて……」

「うーん、確かにちょっと腰周りがちょっと気になるのかな?」

「胸周りの生地を変えて柔らかい生地にしたらこうなるんだけど……」


上の部分と下の部分で生地を変えパターンに全体の形を近いものにしたものを出す。けど、胸部と腹部で生地を変えてしまっているから。元のデザインとは印象が大きく変わっている。


「……うーん、悪くはないけど」


デザインを作った側としてはこの印象の変わりようにイエスとは言いにくいだろう。ワンピースであるがゆえに一着での完成度というのが全体での完成度に大きく影響するのでとことんまでクオリティを追求しなければならない。

ワンピースのふくらみを表現する為に湾曲した生地を組み合わせてふんわりとした広がりを出すためには形を方程式などの計算で求める。


「咲ちゃんは……このデザイン何を考えて描いたの?」

「えっ……」


――


デザインを描いてる時に何を考えて作ってるか……?改めてそういうことを聞かれると答えるのが難しい。

コンセプトから連想ゲームのようにデザインを決めて、全体のシルエットを決める。次の流行に合わせたデザインを描いているだけ。


(……特にないです……とは言えないよね……)


デザだイナーの仕事をするひと、なんとなくで作ってる人が多い気がする。これがオシャレだな、これがダサいかな。というなんとなくの感覚でやっている。

だけど、確かな感覚を持ってやっている。


「……この衣装は……シンプルでそれでいて大人の雰囲気を保てるようなデザインにしたくて……出来れば……このデザインはもう少しデザインに寄せて欲しい」


ただ自分の考えを伝えようとするけど上手く言えない。他のデザインならともかくわたしはこのデザインではデザインを変えて欲しくない。


「……わかった、頑張る。他のデザインも少し見て貰っていい?明日一旦第一パターン作ってみるね」

「うん、でも、優ちゃんのデザインの方大丈夫?全然進んでないんじゃない?」

「うーん、そうなんだけど……もう少しだけパターンに集中させて」


優ちゃんは少し楽しそうに笑みをこぼす。パターンをやるのが楽しいのかもしれない。

でも、わたしは優ちゃんにはデザインもやって欲しい。

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