第25話
「ん……硬い生地は、まだまだ扱いが出来てないね」
「前回は柔らかい生地もまだまだって言いてましたよね……私全然じゃないですか……」
今日もパターンの練習に水城さんの家にお邪魔している。手土産に小さなプリンを買って来た。毎週のようにスイーツ食べてるけど微妙に太りそうで若干怖い。
「ちょっとずつは良くなってるんだけど……」
そう言いながら硬い生地を物ともせず難なくミシンを使い塗っていく。
「ここの肩紐の位置も本当はこっちの方だね。少しだけずれてる」
「え、あっ、ホントだ」
2ミリほど肩紐が内側にズレてしまっている。
「生地が硬いから思った位置に針が通ってない時があるから。他の生地以上に気を使ってね」
「柔らかい生地は逆に輪郭が伸びやすくて針をきちんと通しても伸びて場所がズレるんでしたよね。ふぅ、やっぱり生地って難しいですね」
「でもこれらが特殊な生地なだけで普通のやつは出来がいいと思うよ?」
でも扱いが難しいからといって許されるアマチュアとは違う。プロとして作品に対して最高の物を使わなきゃいけない。
そんな私の悩みを見透かしたかのように葵さんは
「こういう生地を扱えるようになれば出来る様になればパターンのバリエーションも増えるし、似た特性の生地を扱うことだって出来る様になるから。もう少し頑張ろう?」
「はい、ご指導よろしくおねがいします」
「そ、そんなにかしこまらないで、私もすごく助かってるし」
パターンを教えてもらう代わりに家事をしたり料理をしたりする関係は続いている。料理することは全然苦じゃないし、
「生地ってすごいですよね、同じ素材で出来てるのに、織り方一つで全然硬さが違うんですから」
前回使った柔らかい生地と今回使った固い生地二つとも綿と麻が混じった綿麻、この綿と麻の配合や織り方が少し変わっただけで全然違った顔を見せる。
「そうだねー、そこが面白くもあって大変なところでもあるんだけど……多分綿麻なら……これかな?これでさっきと同じ感覚で作ると綺麗に出来ると思うよ」
「これですか?」
ガサゴソと押入れの中のプラスチックの箱の中から一反の布を取り出す。赤くて柔らかいのに生地の丈夫さも感じる。
「その生地ちょっと変わった織り方をしてて、柔らかくかんじるんだけど、生地が伸びにくくて多分さっきの生地と同じ感覚で使うと頭の中と同じ形になってくれると思うよ」
「やってみます」
「うん、じゃあ、私も自分の作業しなきゃね」
数枚の絵からパターンを描き起こしていく。華美なフリルがついていたり、重力に反するような服の形をしている。
重力に反するような服はよくファッションショーでも見られる。服の中に、クッションを入れて形を膨らませたりワイヤーを使って釣ったりして立体感を出す手法がある。優雅に歩くモデルも意外と重い服を着ていたりする。実用性に乏しくあるが、自分のデザインの方向性を伝えやすくショーの最初にそういう服を出すと観客の興味を引けていいかもしれない。
―――
「ん~っ!!そろそろ、ご飯作りますね。買い物は済ませてありますし、洗い物も洗濯も大体終わってるし……何か他にやって欲しいことあります?」
ずっと生地と向かい合ってて背中が凝る、行儀悪いかもしれないが背伸びをしながら作業中の葵さんに尋ねる。今日の夕食は麻婆豆腐さっと作れる具材はすでに切ってある。あとは混ぜて炒めるだけ。
「ううん、ご飯作ってくれるだけで全然助かってるから」
「じゃあ、ささっと作りますね」
そういうことなら今日の夕食は多く一品作っておこう。食べきれなくても保存の利く物にしておけばだろう。麻婆豆腐の材料の他に野菜を少し買っておいたおけど、少し食材が足りない。葵さんには冷蔵庫の食材を使わせてもらおう。
「水城さーん食材使わせてもらいますね」
「あ、うん。どうぞ」
許可を貰ったところで冷蔵庫の中を確認する。今まで買い集めた調味料などが結構な量冷蔵庫にある。数本取り出して、食品を選び出す。ハーブで煮豚でも作ろうと思う。日持ちするし圧力鍋を使えば早く作れる。圧力鍋も家から一つ持ってきてあるので十分作れる。そう決まれば食材を手際よく切っていく。一口大の食べやすいサイズ、小さ過ぎても食感が物足りなくなってしまって良くない。
豚の塊肉をそのまま鍋に入れ野菜やハーブも加えてゆっくりの煮立てていく。
切らずにそのまま入れることで旨味もしっかり閉じ込めれる。
「よし、じゃあこれで30分待つだけ。ご飯はもう少しで炊けるし麻婆豆腐を炒めてとサラダ盛り付けして……」
料理は楽でいい。与えられたレシピ通りに作ればそこそこの味にはなる。何も考えず淡々と作業こなしていく時間が頭の休息となる。ぼーっとしながらも手を動かすとあっという間に料理が出来上がり、頭の中もすっきりする。学生の頃から悩み事があったりしたら料理をしていた。
「あっという間に出来ちゃった。やっぱり料理は楽でいいな」
―――
「んー!美味しい」
「口に合って何よりです」
「私、料理は全然できないから、本当に凄いなぁって思うよ」
「いや、そんなことないですよ。昔、飲食店で少しバイトしてた経験が役に立っただけですよ」
「うーん、どうだろう……自炊を頑張ってた時期もあったけど、全然美味しくなかったし、時間もかかっちゃうしで散々だったから」
「レシピがあるから、私も作れるんですよ。最初は私も時間かかってたんですけどなれるとだんだんと早くなってきて料理が得意って言えるくらいにはなったんですよね」
「……それは、ちょっとわかるかもしれない。パターンも昔は時間が掛かってたけど数をこなしていくうちに出来るようになってきて……何とか食べていけるくらいには成れたかな」
水城さんにも不慣れな時期があったと聞いて少しだけ安心する。咲ちゃんは最初からある程度出来てたし、ぐんぐん成長も早かった。トップデザイナーの飯田さんもどこかのインタビューで「物心ついたころにはすでにデザインを描いていた」なんて言ってたと思う。西園寺先輩に至っては何かに不慣れな姿を想像することすら出来ない
「パターンにもデザインっていうレシピがあるのに、料理みたいにはいかないなぁ」
「……?デザインはレシピとは違うと思うよ?」
「それは……わかってますけど。デザインを見てパターンを作るじゃないですかそれってレシピを見て料理を作るのに似てるなって……」
「いや、そうじゃなくてデザイン通りに作ったら失敗すると思う、よ?」
「いや、でも、デザイン画をもとに作るじゃないですかじゃあデザインを再現したほうが」
「デザインはあくまで、デザインだから。服にはならないと思う、よ?」
「ど、どうゆうことですか?」
さっきから水城さんの言っていることがあまり理解できない。デザインを忠実に守ることが良いパタンナー条件じゃないの?水城さんは口を押さえて口のなかの料理を飲み込む。
「ん、じゃあ後でちょっと、やってみるね。前見せてくれたデザイン画一枚見せて貰える?」
「あ、はい」
作ったパターンの評価をしてもらうためにデザイン画とパターンを一緒に見せていた。
―――
「……出来た」
いつもの半分くらいの時間で一つのパターンを完成させる。手際がいいというだけじゃない、いつもは描いてるパターンの設計図を描かずに完成させていた。
「?あれでも、これ違和感あるんですけど」
なんだろう、どこか違和感。けど、どこがおかしいのかわからない。
「それはそうだよ、これ着れないし」
「?どういうことですか?」
「肩回りの生地が固くて腕は回らないし、デザインの折り目のせいで肌が擦れるからゴワゴワして着てるだけで疲れるし、装飾のせいで重さが偏ってるからずっと服が傾いちゃう」
「……ちょっと酷いですね」
「でも、デザイン通りだよ?」
そうか、イメージで作っているデザイン通りに作れば現実に出力したとき相応の不和が起きるのは当然と言えば当然だ。
「逆に、デザイン通りに作ろうとしてあんなにきちんとしたものが作れる方が凄いと思うよ」
「確かに……」
よく考えたらデザインをパターンに落とし込むときデザインを変えるんじゃなくて生地を変えたりデザインを守ることを一番に意識していた。
「だから……私なら……デザインのここをもう少し膨らませて、この装飾は外すか、もっと寄せてこの形を崩れないようにこっちの生地をもう少し気持ち重いものにしてこの装飾の重い生地にすればバランスが取れるかな?肩周りのことも考えると柔らかいのがいいね……」
「そこまでしちゃうとデザイン全く違うものになりません?」
「……そうだね。だから、普通、パターンはデザイナーとやるんだよ。私はただ、コスプレを作るだけだから着れればいい、肩が回しにくいとか重いとかよりもデザインの方が大事。でも、才川さんはそうじゃないでしょう」
「……はい」
たぶんそれじゃあ、駄目。服は部屋に飾るようなものじゃない。着て、着ることが幸せにならなきゃ意味がない。
「……だから、今までデザインを意識し過ぎてた部分があると思うから、デザイナーと認識のすり合わせをしながら作るといいと思うよ、才川さんはデザインを描けるんだからどうすればいいのか良くわかるんじゃない?」
「やってみます」
咲ちゃんが描いたデザインをいつものようにパターンに起こしていく。水城さんほど忠実にではないにしろ出来る限り忠実に作っていく。これでいつもと同じような出来には仕上がるだろう。ここからパターンにあったデザインへと変えていく。
「うーん、出来ない……」
上手く行かない。というよりどう変えればいいのか想像がつかない。とりあえずバランスを取るように形を整えるが、どうもデザインが崩れる。
「そうだ、ね。最初は上手く行かないかもしれないけど、今まではなんとなくでデザインを調整してたところを意識的にパターンに出来るようになると技量は間違いなく上がると思うよ」
「が、頑張ります」
咲ちゃんがどんなことを思ってこのデザインを描いたか、いつも考えてきていたと思っていたが想像以上に難しい。まだまだ、練習が足りないのを自分のパターンを見て思った。
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