第24話

「旭川さん、最近調子いいですわね」


 咲ちゃんが調子を取り戻して一ヶ月位経った頃、久し振りに社長の西園寺先輩が作品を見るために事務所に訪れた。この会社に転職して半年も過ぎた頃だが、未だに咲ちゃんは緊張で硬くなっている。それでも、西園寺先輩は咲ちゃんの活き活きとしたデザインから自信を感じているのだろう、表情を柔らかくして褒めている。


「あ、ありがとうございます」

「旭川さんの場合、作品を上げるスピード自体早いわけじゃありませんけど、一つ一つの完成度は高いですし、何より最近自信に溢れた顔をしていますわ。自由に描けるようになったおかげですわね。何があったかは知りませんけどいい傾向だと思いますわ」


 褒められて少し咲ちゃんのデザインはどんどん良くなってると思う。咲ちゃんらしい可愛らしいデザインを描いていて、なにより描いている咲ちゃん自身が楽しそうなのがいいと思う。


「パターンにも水城の授業の成果を感じますし、二人ともスキルアップしているのは間違いないですわね。それで一人紹介したいモデルが居ますわ。もう少しで河内が連れ来るはずですけど……これは手を焼いていますわね」


 モデル?東コレに使うモデルをもうそろそろ手配しようと思っていたから凄くありがたいけど、河内さんが手を焼くってどんな人なんだろう。と、不安に思っていると部屋のドアがノックされた。


「お、おそくなりました」

「予想の範囲内ですわ。早く入ってきなさい」

 河内さんの疲れ切ったような顔をして一人の女の人を連れてきた。

「……っ」


 ただその女の人は凄く綺麗だった。身長は高く170cmは超えるだろうか人形のような整った顔立ち、スラっと伸びた足、それなのに胴回りが折れてしまいそうなほど細い。今までこの業界に足を突っ込んでから多くのモデルの人を見てきたけど国内外含めてここまでの人を私は見たことがない。もしかしたら海外で活躍するモデルなのかもしれない。いや、でもここまで綺麗なモデルなら知らないというのも違和感を覚える。


「花に迷惑をかけるのは止めなさい。瞳」


 机に肘をついてきつめに睨みつけるその様子は珍しく怒っているように見えた。


「……」

「はぁ……返事位しなさい瞳」

「……はぁい」


 圧倒的な美貌から繰り出されたやる気のないため息のような返事。ピキッと青筋を立てて今にも怒って暴れそうな雰囲気の西園寺先輩を見ていると胃が痛くなってくる。


「いつものこととはいえ、本当に貴方という子は……紹介しますわ。私の妹の『西園寺瞳』ですわ。」

「い、妹さんなんですか?」


 そういわれてみると少し似ている気がする。社長も美形で人の目を引く容姿をしているが妹さんの方がスレンダーなモデル向きな体つきをしている。


「はぁ、残念ながら……いつも姉がお世話になっておりますー。『西園寺 瞳』です」

「余計なこと言わなくていいですわ。呼ばれた理由もわかってるのでしょう?いい加減にそろそろやる気を出しなさい」

「……はぁ、この前モデルの仕事したからいいじゃん」

「貴方、ベッドで横になってるだけだったじゃありませんか。それに結局発売前に廃刊になって結局使われてませんし」

「給料は貰ったからいいじゃん……わたしもう働きたくなーい」

「一回の撮影くらいで一生分働いた気になるのはやめてくださいまし。長所を生かそうとしないのは愚策ですわ」

「わたしの長所は実家が太い事だし」

「この……っ!」


 怒り心頭で次に繋ぐ言葉が出てこないのか口をパクパクさせて怒りをあらわにしている中、それをなだめようと河内さんが間に立つ。


「まぁまぁ、今回のショーに出る気を出してくれただけいいじゃないですか。それにショーモデルとしての才能は社長も認めるところでしょう?」

「……才能は認めますわ。歩き方も身体作りも特別なことをしているわけではないのにこのレベルなのは素晴らしいですわ」

「いやー、おねーちゃんに褒められてもショーに出るのは今回だけだよ」

「……もう、頭が痛くなってきましたわ。もう顔合わせは十分でしょう。もう家に帰っていいですわ」

「はーい、帰りまーす。さー、ハナちん帰るよー」

「あ、ちょっと、私まだ仕事が」

 助けを求めるように花さんが社長と目線を交わすが、首を振って

「代わりにやっておきますわ」


 とだけ言うと河内さんの無念そうな顔で妹の瞳さんに引かれていった。「社長一人に仕事されると知らない仕事が増えてるんですー!!」部屋を出た辺りでそんな叫び声すら聞こえた気がするが聞こえなかった振りをする社長には私と咲ちゃんは苦笑いを浮かべるしかなかった。


「まぁ、私だって瞳の世話を花に任せるのは悪いと思ってますわよ」

「……それでもショーに必要なモデルだと思ったんですね」


 モデルなんてはっきり言ってそこら中に溢れている。学生のバイトのような娘もいれば、モデルに人生をかけて取り組んでいる人だっている。当然優れたモデルというのは会社が抱え込んでいたりするが、そんなベテランのモデルなんて出来たばかりのブランドに居るはずもない。


「否定はしませんわ。あの子に私の力なんて確かに要りませんわ。うちの実家が太いのも事実ですし。それに比べて私達が一流のモデルを必要としてしている割に手に入れるのが難しいのも確かですわ」

 他ブランドから引き抜く、私達だって引き抜かれてこのブランドを立ち上げた。でも、それは私達があの会社で燻っていたからであってそんな人がゴロゴロ転がっているわけではない。

 コレクションというのは決してデザイナーだけの力で成功する物ではない。服を見せて売るだけなら展示会を開いて見せるだけでいい。けど、それだけでは効果的にファッション業界に売り込むことができない。作品を着て音楽と共にランウェイを歩くモデルが必要となる。

 身長の低いモデルでは衣装を良く見せることは出来ないし、歩き方が良くなければ作品も良く見えない。


「それは妹の瞳さんがモデル不足を補えるだけの才能があるという事ですか?」

「補ってあまりある、と断言出来ますわ。百人の凡人より一人の天才の方が価値は上ですわ。あの子が今までデビューしていなかった方ことも大きいですわ。多分あの子は嫌がるでしょうけど今回のコレクションで色んな事務所からスカウトが入るのは間違いないですわね」

「社長が言うならそうなのでしょうね」

「貴方も他人事ではありませんわ。下手をするとあの子に今回のコレクション食われますわよ」


 向けられる視線に思わず固唾をのむ。いつにもなく厳しい一言。しかし、その一言がただの脅しでないことは本人を見て自分でもわかる。モデルの能力は見た目だけでは決まらない、『歩く』それだけのことを極めた人が一流のモデルを名乗れる。


「旭川さん貴方もですわ。話題をあの子に全部持って行かれては意味がないということを肝に免じて下さいな」

「わかりました……頑張ります」


 急に話を振られビクッと背筋をこわばらせ表情も硬くし少し俯いて謝るように声を出した。それを見て言い過ぎたと思ったのだろうか、少し目を逸らして


「いえ、失礼。こんなことが言いたかったわけではありませんわ。私らしくありませんわね。いつもどうりこのコレクションのほとんどを二人に任せますわ。瞳を採用しないというならそれでもいいですわ」


 今まで私達に肝に免じろだなんて強い言葉を使うことはほとんどなかった。放任主義の社長らしくないというえばらしないだろう。

 身内のこととなると社長も肩に力が入っているのかもしれない。しかし、瞳さんを採用しないという発想はモデルを引き受けてくれることを聞いてから無かった。モデル不足は咲ちゃんともどうしようかと話に上がっていたし、少し見ただけでも姿勢は綺麗だったし胴回りなどの身体に関しても何もしていないとは思えないほど理想的だった。咲ちゃんのデザインはスマートでまとまったものが多い、そのイメージと良くマッチするだろう。モデルを引き受けてくれるというならこちらからお願いしたいとすら思う。

 咲ちゃんの方を見ると首を横に振っているし、やはり瞳さんを採用しないというのは“無い”と思う。


「いえ、瞳さんにモデルをお願いしたいです。もちろん、食われるつもりはありませんし、元から私達の出来る最高を出すつもりです」

「そうですわね。私も出来ると信じていますわ。任せますわ。それじゃあ瞳との顔合わせも済みましたし。私は花の仕事を済ませますわね」

「お疲れ様です」

「はい、お疲れ様です。また、様子を見に来ますわ」

 ひらひらと手を振りながら、振り返ることなく帰って行った。

「コンセプトは決まってるし……あとは演出だよね……咲ちゃん演出どうする?」


 咲ちゃんとはまだ演出の部分を決めれていない。単純にモデルに着て歩いてもらうだけでも十分と言えば十分なんだけど。出来る限りの調整はしたい。


「うん……優ちゃん、演出なんだけど、優ちゃんに任せていい?やっぱり私デザイン以外のことって向いてないなって思うし、優ちゃんがいいなら“外”からとってもいいよ」

「咲ちゃん……」


 珍しいと思った。いつもだったら演出も自分で決めたいって言っていたから。それに外部から演出家を呼ぶという発想が咲ちゃんから出るとも思ってなかった。


「咲ちゃんが任せてくれるなら出来る限り全力でやるけど……」

「じゃあ、お願い。もうちょっと私はデザインの方頑張りたくて」

「うん、でも意見位は咲ちゃんにも聞かせてね。もしダメそうなら外部の人から取るから」

「わかった」


 確かに咲ちゃんにはもっとデザインに集中してもらった方がいいと思う。

 返事をした優ちゃんはもうすでに作業に取り掛かってデザインを描き始めている。


「……」

(やっぱりすごいなぁ……『百人の凡人より一人の天才』か……)

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