第23話

 わたしは才能という言葉が嫌い。

 人はわたしのことを天才だって言う。

 なら、なんで結果が出ないの?なんでスランプなんかで心が折れそうになってるの?それじゃあ、わたしがしている努力はなんなの?わたしは何をすればトップデザイナーに追いつけるの?

 今のわたしを「凄い才能だ」って褒めるのをやめてよ。わたしはもっと出来るはずなのに。これじゃあ、わたしの才能なんてそこまでみたいじゃない。

 デザインは苦しい。息が詰まる。

 沼の中で藻掻くような感覚で上手く考えることすら出来なくなる。なんで、こんなことをしてるんだろう。

 辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い

 わたしはもっと売れるデザインが作りたい。もっと多くの人を魅了するようなデザインが作りたい。もっと、もっと……


 才能が欲しい。


(一着しか出来なかったな)


 前の会社に居るのは嫌だった。けど、楽だった。言われたイメージをデザインに変えて、数案出すだけ。あとは、パタンナーの人とすり合わせをして服を作る。自分の自信のあったデザインが通らない時だってあった。

 だけど、今は全部通ってしまう。好きに作れてしまう。あんなに渇望してた作業環境がこんなに苦しいなんて。


「あっ、もう出社しなきゃ」


一応自由出勤ということになっているけど、9時には会社に出勤することに優ちゃんと決めた。別に出勤すらしなくても良いって社長は言ってるらしいけど……


「……大人しく出勤しよーっと」


変な考えを持っちゃう前に荷物をまとめて家を出る。

優ちゃんが頑張ってるのを見て、私も何かしなくちゃいけないと思って優ちゃんの家を出たけど……一人になっても結果なんて出ないよ。

自由にデザインをさせてもらえればもっとできると思ってたんだけど……出来上がっていいと思えたのは一着だけ。


―――


出社して会社に着くと優ちゃんはもう作業を始めていた。入るとこっちに気づいてくれる。


「おはよう、咲ちゃん」

「うん、おはよー。優ちゃん早いね」

「あー……あんまり眠れなくて、目が覚めちゃったから早く出たんだ。咲ちゃんも家に取りに帰ったっていうものはあった?」

「えっと……ちょっとまだ見つからなかったかな」


そういえば優ちゃんと距離を置きたくてそう言ったんだった。優ちゃんと一緒に居たら優ちゃんに甘えてしまうから。


「そうなの?じゃあ一緒に探そうか?」

「ううん、一人で探せるから大丈夫だよ」


優ちゃんに手伝って貰っても無い物は無いし、それにあんな部屋に優ちゃんを入れる訳にもいかない。


「そっか、じゃあ頑張ってね」

「うん、ありがと。でも、一週間もあれば流石に見つかると思うから」


向かいの自分の席に座る。そしてわたしは一週間のうちに考えなくちゃいけない。この会社、このチームのお荷物にならない方法を。

(もし……わたしに出来ることがみつからなかったら……)


―――


「……」


展示会やコレクションに出すようなファッションデザインを作る時、コンセプトに沿って作る。だけど、今日考えたデザインはちょっとズレてる気がする。


(いいデザインが出来たと思ったんだけど)


いいデザインを作るだけじゃなくてコンセプトに沿ったモノを作らなければ展示会やコレクションを成功させることは出来ない。


(どこまで行ってもわたしはデザインしか出来ないんだから……もっといいものを作れなきゃ)


「咲ちゃん、もういい時間だし、先に上がるね」

「あ、うん。わたしも上がるよ」

「……やっぱり、何か気になるようなことでもあった?」


帰りの支度を済ませた優ちゃんがこっちを見る。


「ううん、別に何もないよ。どうして?」


笑って答えるけど、上手く笑えているだろうか。


「何となくだけど……優ちゃんが何か悩んでるみたいだったから……無理に効くわけじゃないけど」

「……」


やっぱり優ちゃんには敵わないなぁ……隠し事とかも昔から見抜かれちゃって……


「じゃあ……ちょっと質問なんだけど……優ちゃんってなんでデザイナーになったの?」

「そんなの……なんでなったんだろうね?」

「わからないの?」

「……うーん、咲ちゃん専門学校に入るよりも前、高校時代の文化祭の出し物で衣装作り一緒にやったの覚えてる?」

「あー……うん、覚えてるかも」


昔のこと過ぎて記憶が曖昧だけど、たしか文化祭で自分のクラスの劇や、演劇部の衣装も作ったんだけど、すごく大変で被服部の手だけじゃなく優ちゃんも進んで手伝ってくれたんだった気がする。


「あれが私は楽しかったから……それで咲ちゃんと同じ専門学校に行って咲ちゃんと同じ会社に行って……引き抜きとかあったけど、なんとかデザイナーとして食べていれてる、だけかな?」


わたしもよく覚えてない日が優ちゃんの進路に関わってたなんて。優ちゃんは何でも器用にこなす人だからきっとなんにでもなれたんだと思う。だから、デザイナーとしても、パタンナーとしても、きっとこれからも色んな活躍をするんだと思う。


「咲ちゃんは、凄いね。なんとなく楽しかったからで、ホントにプロになって食べていけてるんだから」

「?咲ちゃんもじゃない?昔から持ってた夢を叶えてるから」

「……最近全然デザイン描けてなくて……」

「そう?枚数は減っても質は高いからいいんじゃないの?」

「質だって……そんなに……」

「私はいいと思うよ。凄く。優ちゃんのデザイン昔から見てるけど今が一番いいと思うよ」

「……そんなことない」


二人しかいない部屋で時計の針のちくたくという音がうるさく感じる。優ちゃんは帰り支度をもう一度机に戻して、机に座る。


「咲ちゃんっていいデザインってなんだと思う?」

「……多くの人から評価されるようなデザイン、だと思う」

「そうだね。専門学校で先生もそう言ってたよね。でも、それなら、デザインなんて要らないと思うよ」

「えっ?」

「綺麗な形作って無地の服作った方が多くの人が評価してくれると思うしデザイナーなんていらないんだよ。もしそうだったら服作りにはパタンナーだけで十分だと思うし」

「そんな……」

暴論過ぎると思った。でも、一理くらいはあると思う。シンプルな服は常にあるし確かにシンプルな服が嫌いな人は少ない。


「それでも私達はデザイナーだしデザインをするわけじゃない?」

「……うん」

「デザインをなんてなくたっていいのにわざわざ私達はデザインをするんだよ?じゃあ、私達が作りたいデザインが一番“いいデザイン”なんだと私は思うんだ。最近の咲ちゃんのデザインは咲ちゃんらしいデザインだなぁって凄く思う。だから、私は咲ちゃんの最近のデザインは“いいデザイン”だなぁって思うんだ」

「……ありがとう。優ちゃん」


ただの気休めの言葉だと思う。だけど、凄く凄く優ちゃんの言葉に救われてしまう自分が居る。


「まっ、それに自分らしいデザインなんて私は出来てないから。偉そうに言えることじゃないんだけどね~」

「ふふっ、ダメじゃん優ちゃん」

「私のデザインって優ちゃんや他の人のいいなと思ったデザインの部分を組み合わせて作ってるからあんまり自分のデザインって感じじゃないんだけどね」

「いいところを盗むっていうのは優ちゃんの技術だと思うよ。それにパターンとかもこなしてて凄いと思うよ」

「うーん、わたしは器用貧乏なだけなんだけどね」


いつものような調子を取り戻せてきた。優ちゃんのおかげでわたしはいつものわたしに戻れる。


「あっ、ちょっと描きたいアイデアが出たから少し描いてから帰るね」

「そうなの?待っとこうか?」

「ううん、ちょっと時間かかるかもだし帰ってて」

「そう?じゃあ帰るけどあんまり無理しないでね。咲ちゃんすぐ無理するから」


心配そうな目をしながら一度は机に置いた鞄を肩にもう一度かけ直して部屋から出て行った。


「……うん、今は大丈夫」


今なら凄く良いものが描ける気がする。一刻も早く頭の中にあるデザインを出したい。


「……」


スラスラと描いていく。紙に向かっていると周りの音が聞こえなくなるほど集中が出来る。パンツにTシャツ。描きたい物を描いていくと決めて少し気持ちが軽くなった。わたしらしいものを作ろう。


―――


「……出来た」


よく見てもわたしはいいものかはわたしにはわからない。


(でも、“今”私が作りたいデザインがこれ)


背を伸ばして机の横を見渡すとカフェオレが一本置いてあった。


『がんばって』


優ちゃんの字でそう置き手紙が置いてあった。全く気が付かなかったけど一度コンビニに行って買って来てくれたみたいだ。


(ありがたいなぁ)


優ちゃんのやさしさと甘さが疲れた頭を癒すように染み渡った。

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