第22話

「そんな感じで、この会社では好きにしろってことが言いたかったと思うんだけど」

「ふぅん、優ちゃんそんな話してたんだ」


 パターンに使う生地のサイズを測りながらさっき西園寺先輩と話していたことをかいつまんで咲ちゃんに話す。咲ちゃんも途中から自分のデザイン画を描きながら喋っていた。


「それでちょっと水城さんに色々話をしたいから、今週末もちょっと水城さんの家に行ってくるね」


 ピクリと一瞬咲ちゃんの手が止まった。が、すぐさま何事もなかったかのようにデザイン画を書き込んでいく。


「……そうなんだ。最近よく水城さんの名前聞くけどって水城さんってどんな人なの?」

「んー、どんな人って言われたら……私もあんまりプライベートとかを詳しく知ってるわけじゃないんだけど……パタンナーとしての技術も知識もずば抜けた凄い人だよ」

「……その人に優ちゃんはパターン作って貰うんだよね?」

「んー、わかんないけど……でも、水城さんに作って貰えたらいいなとは思うけど」

「そっか、頑張ってね」

「う、うん」


 なんだか、咲ちゃんの様子が最近変な気がする。心ここにあらずというか、そっけないというか。もしかしたら、何かしてしまったのかもしれない。水城さんにパターンを作って貰うのをホントは良く思っていないのかもしれないし、いや、咲ちゃんも私なんかじゃなくてプロのパタンナーの水城さんに作って貰いたいんだろう。


「あの、咲ちゃん……」

「あ、そうだ。わたし一旦自分の家に帰ろうと思うんだ。家の掃除や資料持ってきたりしたいし」

「えっ、あっ……帰るの?」


 急に話が変わってパタンナーのことをどう思っているのか、思わず聞きそびれてしまう。


「うん。色々としたいことあるから、一週間くらい戻ろうかなって」

「一週間……それくらいなら……で、でも西園寺先輩に何か言われてたんじゃないの?」

「大丈夫だよ。優ちゃん心配しなくても、大したこと言われてたわけじゃないし」

「……」


 「大丈夫?」「無理しない?」「体調崩したりしないでね」なんて、言葉をかけたくなってしまう。私がそんな言葉をかけてしまうのはいいのだろうか?心配だけど咲ちゃんだって子供じゃない。たった一週間だけ自分の家に戻る親友を引き留めようとするのは過ぎた行為じゃないだろうか?

「……一週間かぁ夕飯が寂しくなるなぁ」

 そんな言葉しか絞り出すことが出来なかった。


 ―――


『一人家に帰ると咲ちゃんのいない部屋はそれだけで広く感じる。』なんて思うかなと想像していたけど、そんなことは意外となかった。

「実際咲ちゃんってちっさなキャリーケースに服とか生活用品を入れただけでそんなに荷物を持って来てたわけじゃないし……」

 来る前と大して生活スペースは全然変わらなかった。

「……ま、元々一人住まいには少し広い家だったし、咲ちゃんちっちゃいしね」

 帰ってソファにゴロンと横になる。本当はお風呂を沸かして夕食の準備をしなきゃいけない。

「……あー、なんだかなぁ……やる気が出ないなぁ」

 咲ちゃんが居なくなって私のやる気も一緒にそがれてしまった。元々自分の為にやっていたことが咲ちゃんと私の二人の為になって、それが私一人の為に戻っただけなのにやる気が半分も湧かない。

「……お風呂は……シャワーでいいかな」

 そう言いながらもソファから身体が動くことはなかった


 ―――


 わたしは、優ちゃんが帰った後わたしは自分の家へと帰った。数百枚のデザインの墓場のような家。


「……何しに戻って来たんだろう」


 こんなところに帰って来たところでいいデザインがわたしに作れるのだろうか?いや、作れないから社長は優ちゃんの家に行けと言っていたに違いない。優ちゃんは徹夜でデザインを描くようなことを許してはくれないし、何より優ちゃんの家に行ってからすぐ社長はわたしに、「体調管理は大事ですわよ」と耳元で言ったのだ。


「そのせいでペースが落ちてるんだけどね……はぁ」


 床に倒れ込んで手に持った家のキーホルダーを見る。優ちゃんにあげた物と同じクマのキーホルダー。


「優ちゃんの足引っ張ちゃってるなぁ」


 優ちゃんにはもうわたしは必要ない。優ちゃんはデザインも出来るしパターンも出来る。もう、わたしのデザインなんて必要ないのかもしれない。


「……はぁ」


 そんなこと言ってもわたしにデザイン以外出来ないんだけど。


「……可愛くないなぁ……これもそれも。あ、でもよく見たら……やっぱり無し」


 床の上に散らばるデザイン画を眺めては捨てる。少し良いと思えたデザインもよく見ると可愛くない。


「……もういいやこのまま寝ちゃお」

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