第21話
「デザイン……こんな感じかな?」
新しいデザインを描く、自分でも納得できるものが描けたと思う。前向きに努力をすると決めた影響か最近はなんだか、調子がいい。
昼食も食べていないような午前12時過ぎ、咲ちゃんには悪いと思ったけど一人でご飯を食べに行ってもらっている。本当は私も一緒に行ってしまいたかったけど、頭にあるデザインを出来るだ早く紙に残しておきたかった。
「よしじゃあ、パターンに……あれ?」
これ、自分でパターンにしちゃっていいのかな?水城さんにやってもらった方が……時間の問題もあるし、でも西園寺社長に聞かずに渡してしまうのも……水城さんが実際私はどんな立場なのかよくわかっていない。東コレのこととか話してしまってるけど……
「んー、水城にも復帰させたいですが、私が声かけてもきっと萎縮させてしまうだけですわね」
座って唸って考え事をしている私の後ろから西園寺社長が声を掛ける。喋りかけてきた西園寺社長はゆっくりと近くの椅子へと腰掛け辺りを見渡したり、まとめてあるデザインの草案などを見たりし始めた。
「あっ、西園寺社長!お疲れ様です。今日はどうされました?」
「別に様子を見に来ただけですわ。水城の話も聞きたいですし」
「水城さんですか?凄いですよね。あのパターン技術、私もなんとか身に付けなきゃって言う意思はあるですけど、まだまだで……でも、近くで見学してるだけでも全然違う経験が……」
「やっぱり、あなたの目から見ても凄い技術ですのね……そういう技術っていうのは私にはよくわからないものですわね」
「……?水城さんは、西園寺社長が認めたから引き抜いたんじゃないですか?」
「んー何と言うんですかね……」
水城さんは元々、コスプレの衣装を作ることを仕事にしていて、引き抜かれたと聞いている。質問を投げかけると困ったように笑いながら西園寺先輩は顎に手をやり考え込み、数秒の間を開けてゆっくりと口を開けた。
「別に私ってすごい才能というのを見抜けるわけじゃないんですの。なんとなくどうすればいいかっていう、勘が働くだけで。わかりやすく言うなら過程はわからくても正解はわかるんですの」
「??過程がわからないのに正解がわかるんですか?でも、結局水城さんってすごい人なんですよね?」
「まぁ、それは間違いないと思いますわ。ただ、どうすごいのかは私にはわからないっていう事ですわね」
西園寺先社長が何を言ってるか、正直のところよくわからない。でも、少なくとも水城さんには私が持っていない技術を持っていると思う。その技術を盗むことは間違いなく自分の為になると思う。
「でも、西園寺社長って全てお見通しみたいなイメージがありましたけど、そういう訳じゃないんですね」
「あら、私そんなイメージでした?でも、見通しなんて私にはちょっと無理ですわね。そういうのは河内の方が得意だと思いますわよ」
「そうなんですか?」
「あと、どちらかと言えば貴方だって見通してる方だと私は思いますけどね」
「そ、それはないですよ。西園寺社長に見通せないようなことが私なんかに……」
「そんなことありませんわ。私未来のことなんて一切見えていませんもの。強いていうなら、今歩いているこの道を正解にするだけですわ」
“その点河内は正解の道を探すために石橋を叩くタイプですわね。貴方もでしょ?”っといって続けた西園寺先輩の携帯が二人きりの事務所内に鳴り響く。一言「失礼」と言って電話を取ると電話から河内さんの声が聞こてきた。
「ドーム建設の件ですが、タカハシ建設と大森組の合同会社に任せて問題ありませんか?」
「……はぁ、河内……責任くらい取ってあげますから思う通りにやりなさいっていつも言ってるでしょう?それくらい相談せずとも通して構いませんわ」
「いえしかし、もしも今回の事業がつぶれた時の損害額は……」
「たかが数十億ですわ。それに貴方がいいとこっちに尋ねるまでにかなりの下調べをしていることも知っていますわ。そして最後に、経営にもしもなんて存在しませんわ」
「……はい」
「また、後で資料には目を通して置きますわ。では」
「失礼します」
携帯を切り、一つ溜息をついて机に肘をついて頭に手を当てながら苦笑いをする。
「はぁ、河内も心配性ですわね。別に最終段階まで絞り込んだ精鋭の企業達にハズレなんて居ませんわ。もちろん最良は存在しているでしょうけど……そうですわね……河内と二人で話したことってなかったですわよね?」
「えっ?あぁ、はい。河内さんと二人で喋ったことと言えば、事務的なことを少し位で特に記憶にないですね」
こちらに急に話を振られるとはあまり思っていなかったので少し慌ててしまう。
思い返してみても、河内さんと喋った記憶というのは社長と咲ちゃんを交えた食事会の時くらいだろうか。あとは、このビルに初めて来たときと細々とした業務連絡を数回電話でしたこと位だろうか。そういえば咲ちゃんとは食事に行ってたみたいだけどどんな話をしたんだろう。あの時は西園寺社長と話をしたことで頭がいっぱいであまり深く聞かなかったからあとで軽く聞いてみよう。
「じゃあ二人ともいい機会だと思いますわ少し喋ってみると面白いと思いますわよ」
「唐突ですね……私もよくお話したいと思っていたので願ったり叶ったりなんですけど」
「じゃあ決まりですわね。河内に都合の良い日を伝えさせますわ」
「た、楽しみにしている旨をお伝えください」
「えぇ、ちゃんと伝えておきますわ。きっといい刺激になると思いますわ。二人ともよく似ていますもの」
「そうですか?」
さすがに河内さんほど私もしっかりとしてないと思うけど、河内さんに似ていると言われても嫌な気はしない。河内さん西園寺社長が手が離せない時や細かい事務などを一人で全部やっていると聞く。少し顔が童顔だけどドレスを着ると色っぽいし、スーツを着ると大人っぽく見える。何よりこの西園寺社長を御す能力。他の人だったら意見なんて絶対に出来ないだろう。
「……話が逸れ過ぎましたわね。水城に復帰する気があるならいつ戻って来ても構わないですわ。というか、契約上はまだ社員ですし、出勤していない幽霊社員になってますのよ、彼女」
「あ……そうなんですか?」
「辞表も受け取っていませんし、何だったら来なくなってから一言もしゃべってませんわ。メールを送っても返信すらないですわ。でも、実際働かない人を雇い続けるのはよろしくないですわ」
「それは……そうですよね」
一人働かない人が社内に居たところで傾くような会社ではないだろう。でも、それは社内の士気を下げかねない。それにそれが社長の知り合いであるというなら、なおさら反感を買いかねない。
「水城については……正直、私も悩んでいますわ。恥ずかしい話ですけど話すら出来ないのであれば私に出来ることは無いですわ。ただ……」
「ただ……なんでしょう」
じっと見つめて値踏みをするような視線が私を貫き思わず肩に力が入り固くなる。
「水城のこと、貴方に任せますわ」
「えっ、それってどういう」
「水城が復帰するならもちろん歓迎ですわ。でも、私があの子を説得するのは多分無理ですわ。それだったら、私は貴方にあの子のことは一任します。どういう結果になろうとも責めたりはしませんわ。でも、これからも少しくらいあの子の話を聞いてあげるだけでもして下さるとあの子の友人として嬉しいですわ。それで貴方は彼女と一緒に仕事したいですか?」
「私は……出来れば一緒に仕事が出来るならしたいです。水城さんのパターン技術は私のスキルアップにもつながると思いますし……それに私の描いたデザインをパターンして貰えたらいいなとも思います。社員としての意見はこんなものです」
それは、私の嘘偽りのない言葉だ。
「社員としてはですの……?」
「……個人的には、友達としても一緒に服作り出来たら楽しいだろうなぁって思ってます」
「えっ?」
驚いたような顔、目を丸くして口をぽかんと開ける。見たことのないような西園寺社長の表情に慌てて訂正する。
「も、申し訳ありません。私情を業務に挟んでしまいました」
すぐに頭を下げるが西園寺先輩は何もいう事は無く沈黙が流れた。その沈黙が永遠の様に長く感じる。ゆっくりと頭を上げて西園寺先輩の顔を窺うと、
「ぷっ、ははははは。流石ですわ。やっぱり、貴方は面白いですわ!最高ですわ!大好きですわ!ははははは」
大声で笑い始めた。
「はぁ、久しぶりにこんなに笑いましたわ。私にそんな意見を言うなんて思ってませんでしたわ。でも、そうですわね。それでいいと思いますわ。センスの問われる仕事の天才達って言うのは皆“エゴイスト”なんですの。周りを振り回して、自分の思うがままにするんですの。それでいて自分の才能で周りを黙らせる。そんなもんですわ」
「いえ、あの、そんなつもりじゃなくて」
「そんなつもりじゃなくてもそんなの気にしませんわ。自分の感情を優先して構いませんわ。きっとその方が面白いものが作れると思いますし、きっと貴方も楽しいと思いますわ」
「楽しい、ですか?」
「えぇ、正直言って楽しいと思いますわよ。自分がしたいことをすると楽しいんですわ。それで結果が付いてきたらもう他人に気を遣うなんてやってられませんわ。きっと最高の“エゴイスト”になれると思いますわよ……ってもうこんな時間ですわね。少し喋りすぎましたわね」
そう言われて時計を見ると1時を回りそうになっている。もう少しで咲ちゃんも帰ってくる頃だろう。
「それじゃあ私は、戻りますわ。しっかり休憩取るんですわよ。うちは労働基準法は基本的に守るのが方針ですから」
「あっ、今からとります」
「それでいいですわ。じゃあ、次に来た時私は楽しみにしていますわ。水城と作った作品にしろ、一人で作った作品にしろ。きっと面白いものが見れると期待していますわ」
そう言って部屋を出ていくとちょうど咲ちゃんと入れ替わりになるように入って来た。
「あ、社長……お疲れ様です」
「えぇ、お疲れ様。本当は貴方とも喋りたかったですけど、少し用事がありますので、また次の機会に」
そう言って入れ替わるように咲ちゃんが入って来た。
「社長来てたんだね。なんの話してたの?」
「うーん、なんて言えばいいんだろう……」
「難しい話でもしてたの?」
「そういう訳じゃないんだけど……“エゴイスト”ってわかる?」
そんな話をしていたら昼食が取れるかギリギリの時間になってしまっていた。
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