第20話

「すごい……もう出来たなんて……」

「いや、ギリギリですけどね……」


 なんとか一週間後、練習の為に水城さんの作ったパターンを真似して見せに来たがクオリティも早さも水城さんには敵わない。


「……んー、生地の特性が……まだ……わかってないかな……ここの部分生地が短くてヨレてる」

「全然わからなくて……」


 想像と実際の生地の感覚が違って最終的な形が全然違う。


「……じゃあパターン描いてみるね」

「あ、お願いします」


 パターンには二種類あって立体裁断と平面裁断があって、実際に生地をトルソーに当てて作る立体裁断。今から紙にパターンを引いてから裁断して制作するのが平面裁断。


「……ここを……こうして……」


 紙に定規を当てて描いていく。すらすらと描いていくのは熟練の技と言わざるを得ない。


「すごい……ですね……」

「そう?……でも、慣れだよ慣れ」


 私はあまり平面裁断が得意ではない。水城さんがこういう事もすらすら出来るのを見るにもしかしたらこういうのも練習したほうがいいのかもしれない。


「よし、完成」


 そうやって水城さんは平面裁断を描き上げた。


「これ通りに裁断したら出来るんですよね……凄いですよね。いや、当たり前なんですけど」

「……平面裁断っていうのは、特に工場で大量生産させるために作るから。私はあんまり使わないんだけど。こうやって平面裁断をするとサイズを調整とかがしやすくて……ね」


 計算や方程式で作るため容易にサイズを変えることが出来る。確かに工場で作るために平面裁断に立体裁断から変えないといけないという話をよく聞く。


「……あんまりしないのにここまで出来るなんて……とりあえず私もこれを使ってパターン練習してきます」

「がんばって、ね」

「がんばります……」

 とは言ったものの……あまりこういう事は言いたくはないけれど、どうしても才能の差というのものを感じさせられてしまう。


「次の衣装作るけど……見てる?それとも、その衣装の続きやる?」

「あー……」


 どうしよう、まだ一つ前のパターンのコピーも終わってないけど、一つでも多くのパターンの仕方を見ておきたい。でも中途半端に多く見ても、覚えれないし……


「見学させてください。やっぱり少しでも多くのやり方を見とかないと……」

「うん、わかった……」


 そう宣言すると、新しい衣装のデータを見せてくれた。アニメの絵だけど、いろんな画像を出している。


「んーちょっと、デザインわかりにくいから……」


 そう言いながら紙にスラスラと絵を描いていく。全体の絵をわかりやすく今度はプロのデザイナーが描く、作る為のデザイン画を紙へ直していく。


「……こんなものかな?」

「デザイン画も描けるんですか?」


 プロのパタンナーって聞いていたけど、もしかしたらこんなにスラスラと描けるなら、自分でデザインも出来るのかもしれないと思って聞いてみると、


「あー、それは無理、かな?これはあくまで、自分の頭の中の整理として、描いてるだけだから、ゼロから私がデザインするのは向いてない、って私が一番よく知ってる、から」

「そんなものですか?」


 一見すると少し頼りなく見える水城さんだけど、指はスラっと長くて絵をデザイン画に直す時も凄く様になっていて、器用になんでも出来そうなイメージが私の中にあったから少し意外に感じてしまった。


「……次のパターン、やるね……ごめんだけど、そこのピンクの生地とその二つ隣の白い生地取ってくれる?」

「あっ、はい。これと、これですね」


 渡すと、ありがと。と言って、布をトルソーに当てながら前と同じように生地を切っていく。留め針と数本口に咥え、生地に適度に刺していく様子はいつもの頼りない様からは想像も出来ないほどに……


(カッコイイな……私もファッション業界に属する“プロ”って自覚はあるけど、水城さんは、全部自分で仕事を受けて、デザインを作るためのデザイン画じゃなくて、ただのアニメの絵からパターンを考えて作る……それも並みの品質じゃなくて、一切妥協を感じないそんな作りで西園寺先輩がスカウトして見出した、咲ちゃんと同じ……天才……少しだけ悔しいな)


 ―――


「はい、完成。ファーストパターンはこんなものかな?」

「いつもながら凄く手際いいですよね。コツとかあるんですか?」

「……ない、かな?やってたら慣れちゃったのが大きいと思う」

「そう、ですか……今度ウチのブランドが『東コレ』に出る事になってて少しでも早く実力を身に付けたいんです。どうすればいいですか?」


 東コレのことを微妙な立場の水城さんに言うのはどうかと思ったが、東コレまでの時間はあるようで全然ない。パターンの技術を身に付ける為に掛けれる時間は限られている。

 だけど、その質問をしても水城さんは困った顔を浮かべるだけだった。


「急いでも……あの、デザイナーが何を主張したいのかをよく考えて……って言うのはもう十分出来てると、思うし……あとは、知識と経験で、一朝一夕には行かないと、思う……」

「……ですよね」


 わかっていたことだけど、水城さんは凄い才能の持ち主でその上でとてつもない努力の量を積み重ねてきた。容易に並ぶ実力が手に入るとは思って居ない。それでも……手に入れたい技術……手に入れなきゃならない技術。


「……頑張るのでこれからもよろしくお願いします」

「私に、出来る事なら手伝う、よ」


 もう私には努力しかない。帰ったらデザインだって作らなきゃいけない。私には足りないものが多すぎる……


「……よしっ、うじうじしてもダメですよね。とりあえず料理しますね。今日はいい卵があったので……オムライスですね」

「オムライスですか?」

「オムライスです。作ってて面白いですよ」

「?面白い?」

「じゃあ、今度は水城さんが楽しみに待っていてください」

「わかった。待ってる、ね」


 せっかくだから、ちょっと凄いオムライスを見せよう。


 ―――


「お待たせしました。オムライスです」

「凄い、綺麗なオムライス……!それに凄くチキンライスの凄く良い匂い」

「ふふふっ、まだあるんですよ。最後にこれで仕上げです」


 包丁を持って、楕円形のオムレツの真ん中に切れ込みを入れていく。すると綺麗に半分に割れて中の半熟な黄身がチキンライスを覆うように崩れていく。


「凄い……最初は長いオムレツが乗ってただけなのに。切ったら、ドーム状になった……!」

「ふふっ、味もおいしいんです。ぜひ食べてください」

「じゃあ……頂きます!」


 手を一度合わせてスプーンで掬いオムライスを口に入れた瞬間水城さんが声を上げる。


「んー!?凄い美味しい!」

「実はちょっと私も自信作です」


 チキンライスの味にも妥協は一切していない。バターも良いものを使っているし、半熟の卵だって絶妙な火加減で舌の上でとろけるような柔らかさと自然な甘さがより食欲を引き立てる。


「……ほんとにプロのレストランみたい……」

「プロは言い過ぎですよ。でも、一応レストランのキッチンでバイトしてたので、レストランの味って言うのはあってるかもしれないですね」


 実際プロの現場で働くシェフにも褒められたほどだ。だけど、このふわふわ卵を表現するのが難しくて、いっぱい練習したのを覚えている。


「……そうだよね。いっぱい練習するのが結局一番の近道だったりしますよね」

「?……そうだね。もっとこうしておけば良かったって、後悔することって、私は多いけど、それって後悔が無かったら、結局気が付かないことだってあると、私は思う、よ。思いたいだけかも、だけど……」


自分でもオムライスを食べてみる。この味を出せるようになるまで、何回練習したか数えるのも躊躇われる。時間がないからは練習しない理由にもならない。


「とりあえず、これ食べて後片づけまでしたら帰っていっぱい練習します」

「……うんん、食べたら、帰って、いいよ。後片付けは自分でするから」

「えっ、でも、私、教えて貰ってるので……ちゃんとそこは対価を払わないと……」

「いいよ、そのくらい。それに、西園寺さんから、もケーキ貰っちゃったし……それに……ううん、私も少しがんばらなくちゃいけないから。」

「……ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます」


少し頭を下げて、急いでオムライスを食べる。


「ふふっ、頑張って、ね。応援、してる」


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