第19話
「貴方が河内さんですわね」
高校時代。今よりもっさりしていて、黒縁四角眼鏡で自分の席でテスト勉強をしていた時、嵐のような人が喋りかけてきた。
「……あの、そうですが、何か?」
そう答えると手を握って大きな声でこう言った。
「私、貴方が欲しいですわ」
周りの視線を一斉に集める。私はこの頃からあまり注目を集めるのは好きではなかったし。急にこんなことを言ってくる人を相手にしたくもなかった。よく顔を見ると同級生の中でも格段に有名人で話題の尽きることのない西園寺さんだったはず。西園寺グループの一人娘で、文武両道学年主席を取ったエリート中のエリートだったはず。
「いやです」
「まぁ、話を聞くだけでも聞いてくださいな」
「勉強の邪魔です」
「……ふむ。それはいけませんね。では、帰宅時間に少しお話をしましょうか」
「いえ、帰りの時間も無駄にしたくないので」
「うちの車で送りますわ。確か徒歩通学でしたわよね。登校しているのを見たことがありますわ。なら、車で数分で着いて家で少しでも集中したほうが無駄にはなりませんわよね。歩きながら本を読んで怪我をするのも馬鹿らしいでしょう?」
「……」
確かに登下校の際、怪我をしてしそうになったこともあるし、歩きで40分くらいかかるのを車なら10分かからずに着くことができるだろう。それなら確かに家で30分勉強したほうが有意義なのは否定できない。それになによりこの人とクラスで大きな声で喋るのを早く止めたかった。
「……はぁ、わかりました。好きにして下さい」
「では、私、別のクラスですので放課後また迎えに来ますわ」
そう言って教室を出て行った彼女をクラス中の人たちが視線で見送った後その視線の行きつく先は当然私に来る。居心地の悪い視線を受けながらも気にしていない振りをしながら自分の参考書に目を通して机にかじりついていた。
―――
「さぁ、一緒に下校しますわよ!」
校門の前に黒くてピカピカと光るリムジンが止まっていて、一緒にさっきの騒がしい人も待ち構えていた。
「何していますの?」そう不思議そうな顔をして、リムジンの中から声を掛けられる。
「いえ、なんでもないです」
リムジンに乗るなんて初めてのことで緊張してしまう。運転手の人がドアを開けて待ってくれている。
「あの家の住所は……」
「あぁ、一応調べておきましたので言わなくても結構ですわ」
住所を運転手の人に言おうと思っていたが横槍を入れるようにそんな言葉が帰って来た。学校のデータでも調べたのだろうか?確か学校の理事長かなにかを両親がやっているとか聞いたことがある。
「……で、どうですの?私のモノになる気持ちの整理は出来ましたの?」
「あの……そもそも私達話したこともあまりなかったですよね?それが急に何をいってるんですか?」
「そういえば、そうでしたわね。では……どこから話したものでしょう?趣味の話でもします?」
「趣味って……お見合いみたいなこと言いますね」
「あら、お見合いだなんて、積極的ですわね」
「ち、ちがっ」
「場を和ませる冗談ですわ。そんなに焦らなくてもいいですわ」
(こ、この人……!)
少し不覚にもイラッとしてしまった。車の脇でごそごそと何かをしている。
「何か飲みます?色々ありますけど」
「いえ、結構です」
「そうですか。では、失礼して」
小さな冷蔵庫が備え付けてあった。ごくごくとペットボトルに入った水を飲み始めた。
「……ふぅ、貴方が欲しいというのは少し言葉を端折りすぎました。そうですね……5年後、私は私の会社を建てます。その時、私の右腕として働いて欲しいんですの」
「6年後ですか?」
それはまた微妙な時期だ。5年後と言えば今年高校を卒業したとして、卒業するのは4年後大学院に行っているか、働いている頃だろう。
「そうですわ。6年あれば私が一等地に大きなビルを建てて貴方のことを迎え入れる準備が整いますわ」
「……迎え入れるって……どうして私なんですか?」
「?貴方と一緒に働きたいからに決まってますわ?」
最初から気になっていることを聞いてみたらどうして当たり前のことを聞くのかみたいな顔をされてしまった。
「いや、だから、なんで私なのかと……」
「この前の定期テスト満点取ってましたよね?確かその前は国語だけ98点でしたっけ?その前は全教科満点でしたね」
「えっ、まぁ。そうですね。はい」
「それだけでもスカウトする理由足りえますわ」
別に隠すようなことでもないし、そもそも成績上位者はテストの点を全て貼り出されるので、この人が知っていてもおかしくない。しかし、この人は全教科満点を取っているような天才だ。なんで高々2位の私に目を向けるのか
「それに、私達この学校に入る前にも喋ったことがあるんですのよ」
「えっ、それはすみませんでした。全然覚えてなくて」
「ふふっ、構いませんことよ。そんな貴女だからこそ私は欲しいんですもの」
覚えていなかったことを焦って謝るが、一切気にしてる様子もない。それにやけに私の評価が高すぎる気がする。
「……私は天才という人がいると思いますわ」
「は、はぁ……?」
「もちろん、私は天才と呼ばれる人間の一人であると自負していますわ」
急に神妙な面持ちになって語り始めた。何が言いたいのかわからなくて思わず疑問符を浮かべてしまう。
「それは、私が天才だから雇いたいってことですか?」
「いえ、そうではないですわ。本当に私が天才と思うのは学校には一人くらいですわね」と言って、「それにただ仕事をするだけなら私一人だけで十分ですわ」
天才では自分でもないと思っていたし案外この人に天才でないと言われてもそんなに傷つかない。だけど、じゃあなんで……
「なんで私なんか雇おうって思ったんですか?」
「そんなの、私が一緒に仕事がしたいと思ったからだけですわ。それ以上でもそれ以下でもないですわ」
「そんな……」
子供みたいな……という感想が出そうになったがよく考えると。この人ならきっとそんな考えでも上手くやってしまうんだろう。
「西園寺さん……でしたよね。私、大学に行って多分今から6年後は就職してると思うんです」
「西園寺百合子ですわ。そうですわね。大学院に行っていても卒業まで待つつもりでいますわ」
「そんな状況でわざわざ西園寺さんの会社に転職するメリットって何ですか?」
「メリット……ですか?」
ここで初めて悩む素振りをみせた。顎に手を当て、ナナメを上に視線を動かし宙を眺めている。まるで芸術家の彫った彫像のように見えた。数秒の間を開けた後、口を開いて言った。
「ないですわね」
自信満々に言い切った。しっかりと私の目から話すことはなく決して怯むことさえなかった。その上で止まることはなく喋り続けた。
「別に私の会社で働かなくとも生きていけますわ。きっと河内さんならいい会社に就職出来るでしょうし。きっとここで断ったところで河内さんの人生に支障はないと思いますわ。それに社会に出て私には本当は全然才能なんて物がないという可能性だってないわけじゃないですわ」
「……それじゃあ、なおさら。話にならないですね。お疲れさまでした」
「ただ、私にメリットがあるんですの。それも私の人生に大きく影響を与えて、幸せになれるかどうかレベルで」
いままでとはガラッと変わり、まるで肉食動物が獲物を見つけたときのような鋭い目と静寂な雰囲気を身に纏っている。
「今は確かにメリットと表示できるものは少ないですわ。ただ6年で絶対に貴方にメリットと言える何かを提示してみせますわ」
「……じゃあ、6年後また、話に来てください」
「えぇ、ただ明日からはお互いを知るためにも一緒に登下校しましょう。車の方が楽でしょう?」
「……リムジン以外ならいいですよ」
「広い方がいいと思いましたが、裏目でしたか。なら、別の車で迎えに行きましょう」
そんな話をしていたら、私の家の前へと着いていた。腕時計に目をやるといつもより30分以上早く帰れている。
「送ってくれてありがとうございました」
「いえ、別にいいんですの。楽しい下校でしたわ」
運転手の方にもミラー越しに頭を下げる。すると片手を一度少し上げながら頭を軽く下げ返してくれた。
そのまま家に帰ろうとした時、後ろのリムジンの中から西園寺さんの声が聞こえてきた。
「最後に覚えていてください。私、欲しいものは絶対に手に入れる主義ですの」
そう窓を開けて言いながら浮かべる不敵な笑みを、これからの人生で数えきれないほど見ることになるのだった。
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