第18話
トマトの冷パスタをフォークに巻きつけてゆっくりと味わう。
「……美味しい、パスタ。私が作るよりも全然美味しい」
「ホントですか?ありがとうございます」
パスタなんて誰が作っても一緒だとは思うけど、新鮮なトマトを使ってオリーブオイルや柚子を使ったソースは私も自信ありの傑作ソースだと思う。
「ご馳走様、でした」
「お粗末様です」
両手を合わせる姿は凄く綺麗であまり人付き合いが得意じゃないだけで育ちは凄く良さそうに見える。
「……それでこれ、なんだけど」
「なんです?」
祈りのような御馳走様の後、側においてあった数枚の布を渡される。
「……パターン。後、紙にも起こしてる、から」
紙と一緒に渡される。布を広げてみると服が何着か出来ていて前、私が咲ちゃんのデザインを元に作ったパターンのリメイクといったところだろうか。
「あ、ありがとうございます!今見てもいいですか!」
「強い、個性のデザイナーだと思う。だから、個性を損なわないように、するのがいいと思う。けど、それは出来てるから。着心地重視のパターンの方がいいかと思って作った」
「着てみて良いですか?」
「……どうぞ」
スルスルと服を脱ぐ。作った服の着心地はやっぱり着てみないと分からない。
「あ、あのっ、脱衣所に全身が映る鏡、あるのでそっちの方が全体的に見れる、と思います」
「それもそうですね。少し脱衣所お借りしますね」
そういえば確かに姿見が脱衣所にあった。作ってもらったパターンを着て脱衣所へと移動した。
「んっ……」
綺麗なフリルの付いた可愛いワンピース少し肩を回すと私のパターンと数ミリ違うだけだと思う。それでいて肩の部分がよれたりしていない。それに合わせて少し横も余裕がある。
「動かしやすい。それに縫い目も私のより凄くきれい」
確かに私のデザインの方が咲ちゃんのデザインを活かせてると思う。でも、着ていて過ごしやすいのは断然こっちだ。
「……どっちがいいかはわからないけど、この形に私が出来るかって言われると……出来ない」
選択肢を選んでその形にするのと、仕方なくその形にするのでは意味が違う。
一通りの服を試着すると、元の服に着替え脱衣所から出る。
「……どう……だった?……」
不安そうな目で私を見る
「凄くよかったです。着心地抜群でした」
「よかった……」
安堵の息を吐き胸に手をやる撫でおろす。
「どうしたらできますか?」
「え?」
ぶしつけな質問だと思う。だけど、私の目的は最初から最後までこれだ。
「私もこんなパターンを作るようになるにはどうすればいいですか?」
「そ、そんなこと言っても……」
「コレクションで評価を得るためには必要なんです」
「……まずは、どういう形を作るのか……そのイメージを形にするためにどれくらいの長さで切ればいいのか……それの感覚が必要で……それはたくさん作らないとだめで……形によって必要な長さも変わるから……それを全部覚えないと、ダメ」
おどおどしながら目を泳がせて、そんな中でも思っている本心なのだろう。
フリルを形にしようと思ったら確かに私にはこんなにうまく出来ない。私がやれば皴が寄って見栄えがすぐ悪くなる。それで作れていないパターンもいくつかある。
この技術っていうのは並大抵の物じゃなくて、それに等しい努力や才能を要求されると思う。
「パターンの作業現場って見学させてもらえませんか」
頭を下げる。これはきっと脅迫に近い。お願いという名の脅迫に。
元々水城さんはお願いすればきっと聞いてくれる人だろう。
そういう弱みに付け込んだ卑怯な行為だと思う。でも、私も手段は選んでられないのだ。なんだったら今すぐここで土下座したってかまわない。
「……見ても、そんなに意味は無いと思います、よ?」
「……ありがとうございます」
頭は上げない。上げれない。この回答はわかって聞いたのだから。
「こっち入って……」
案内された仕事部屋は他の部屋とは違い綺麗に整頓されてはいるが……狭い部屋の壁にはに所狭しと生地が並べられていた。
「……ごめんね、ちょっとごちゃごちゃしてるから。今日使う分の生地、ちょっと取り出してくるね」と言ってふすまを開けるとそこにまたぎっしりと生地が詰まっていた。
「凄い種類ですね」
「……ほんとはまだ足りないくらいなんだけどね。触ったことのない生地っていっぱいあって、こっちの生地のほうが前のデザインには合ってた、って後悔することも多くて、だから少しでも多く触っておきたいの」
「全部の生地のこと、覚えてるんですか?」
1000種類は軽く超える程の生地これの特性などを覚えているのだとしたら。それはもう……
「覚えてるよ……この生地は、特殊な織り方がされていて丈夫で、こっちは縮みやすいけど、柔らかくてふんわりしたデザインには合ってる。こっちも……」
次から次へとすらすらと生地の特徴を述べていく。
「……こんな感じだけど、全部覚えてるよ」
「……勉強になります」
少し苦笑いをして一つ生地を取り出す。
「じゃあ一つ作ってみるね。これ……見て貰える?」
「……アニメですか?」
見たことない作品だ。これが、どうかしたのだろうか?
「これを、今から作っていくね」
「アニメの絵をですか?」
「コスプレイヤーの人からの依頼で、元々こういうので稼いでたから……」
そういえば水城さん自身は腕がいいパタンナーと聴いていただけだった。
「……」
生地をいくつか取り出し机に並べる。トルソーに生地を合わせて手際よく裁断していく。
自分の服にクリップを付け必要になったらすぐに取れるようにしている。口にも針を咥えて糸を引っ張ったり、ハサミで糸を切ったりしている。
フリルがそこかしこに付けられたデザインにも関わらず生地にしわが一切入らない。何か特別なことをしている訳じゃなさそうに見えるのに完成形がもう見えそうになってくる。
「……ファーストパターン……こんな感じかな?」
(早い、私より倍以上早い。何より生地選びにも縫い方にも迷いが一切なかった。この人ホントに独学だけで勉強したの?)
私も一応専門学校は出てるから最低限の知識はあるつもりだけど、こんな早い人見たことない。
「……あんまり説明とかは出来ないんだけど……」
「いえ、十分すぎる程です」
この人から少しでも何かを盗めれば、それは必ず財産になる。
この人の生地に対する知識も技術もそこらへんのパタンナーとはレベルが違う。
この人……天才だ……
「どれくらいから……こういう服飾とかってやってるんですか?」
「えっ……っと、昔はデザインを子供ながらにやりながらだから……ごめんね物心着く頃にはもうやってたかな……お母さんに聞けばわかるかもだけど」
水城さんに、伊吹さんに、この黄金世代とでも言うべき人材。それにベクトルは違うけど同じ世代の西園寺先輩だって天才だ。会う人会う人最近凄い人過ぎて私にとっては目が眩みそうだ。私もこの人たちに並べるなんて自惚れるのも難しい。
だけど、咲ちゃんの才能はこの人達の誰にも負けてない。
だったら、私だって負けるわけにはいかない。もし負けて引き下がってしまうようなら咲ちゃんの横に立って歩くなんて恥ずかしくてできるわけがない。
「もう一度見せて貰っていいですか?」
「……いまから修正作業があるからそれでいいなら、いいよ」
「……ありがとうございます」
本当にありがたい。少しでも何かを得ないと申し訳が立たない。
「……」
でも、いつも辛そうな表情や申し訳なさそうな表情で不意に笑ったりする人だと思っていたけど、こうやってパターンをしている時はどれとも違う。凄く真面目で周りが一切目に入っていないような集中力を感じる。
(私も集中しなきゃ)
―――
(んんんー、身になったかと言われるとすごく微妙……黙々と作っているところを見てたけど、これって言ってしまえば膨大な量のパターンをこなしてきて覚えた知識の賜物だよね。上辺だけ掬ったって意味がない)
帰りの用意を済ませて玄関先に立つ。
「……ありがとうございました」
「やっぱり、参考にならなかった?」
「いえ……そんなことは……」
無いとはあまり強く言い切れなかった。
「……じゃあ、ちょっと待ってて」そう言った水城さんは部屋へと戻って、大きな紙袋を持って玄関へと戻ってくる。
「今日使った生地持って帰ってもいいよ。家で同じ物作ってみて」
「いいんですか?」
「もちろん、ご飯のお礼。それに自分でやってみたら何かわかるんじゃないかな?」
「あ、ありがとうございます」
「出来たらまた見るから持って来てね」
「何から何までありがとうございます」
本当に頭が上がらない。すぐにまた頭を下げる。
「い、いいよ。そんな、生地も予備があるしそれに、家事やってもらえるだけで凄く助かってるし……学校に行ってない私が言うのもアレだけど、実戦で詰む1か月と学校の1か月じゃ違うと思う、よ」
その理論は凄くわかる。デザイナーとして入社した時だって全然会社じゃ学校で学んだ知識すら使えなくて毎日泣き言ばっかり言ってた気がする。
「はい、頑張ります」
貰った生地を抱きしめ、再度お辞儀をしながら玄関のドアを開ける。
「が、頑張ってね」
小さく手を振る水城さんが少し笑って見送ってくれた。
「はい、頑張ります!」
紙袋を抱きしめて片手小さく拳を作って笑い返してアピールをした。
―――
「……これで、こうして……あんなサラサラ出来ないけど……」
「優ちゃん頑張ってるねー」
お風呂上りの咲ちゃんが髪の毛を拭きながら風呂場から出てくる。
「んー、まだまだだけどね」
「それにしても変わったデザインだね」
「まぁ、アニメのデザインだしね。でも、可愛いよね」
「アニメのデザイン起こしてるの?可愛いけど……」
「そうそう、宿題みたいな?」
「ふーん、水城さんって変わってるね」
「まぁ、でも悪い人じゃないよ。パターンの技術は今まであった人の中でも頭一つ抜けてると思うし」
「ふーん……」
なんだか興味なさそう、というかちょっと機嫌悪そう?
「優ちゃんデザインの方は出来たの?」
「あー、全然進んでないや」
なんて気軽に口にした瞬間珍しく声を荒げた。
「駄目だよ!優ちゃん!優ちゃんはデザイナーなんだからデザイン描かなきゃ!」
「えっ、ああうん。そうだよね。デザイナーだもん。描くよちゃんと」
少しびっくりして一瞬声を失ってしまう。
「あ……ごめんね。優ちゃん、わたし、疲れてるのかも。もう寝るね」
そういった咲ちゃんはおやすみとだけ言って寝室に行ってしまった。
「いつもならもう少しだけってデザイン描いてるのに……珍しい」
うん、でも私もデザイナーなのはホントのことだし……パタンナーとデザイナーどっちかが疎かになるなるくらいなら、デザイナーに絞って新しいパタンナーを西園寺先輩に探してもらうよう頼んだ方がいい。
(なんで咲ちゃんあんなに怒ったんだろ)
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