第16話

「……死にたい」


 私『水城葵』は引きこもりである。


「それに……どうしよ……仕事先の人にあったのに逃げちゃった……それにめっちゃくちゃ電話かかって来てる……怒ってるだろうなぁ……もしかしたらもう私見捨てられちゃったかも……」


 思考がどんどん悪い方向へと転がり落ちていく。


「あっ、死のう。私の人生って生きててもいい事ないや」


 不幸の多い人生でした。最初の不幸はあの子達と同年代に生まれたことです。


 ―――

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「いや、責めてないですの」


 小学生の頃から私は謝ってばかりだった。

 私は教室の端っこでただ絵を描いていただけだった。そこにわざわざ近づいてきて話しかけてきた子が『西園寺さん』だった。彼女は成績優秀で運動神経もよくて、皆の人気者で学級委員長もやっていて。


「……はぁ……話しかけただけでこんなに怯えられるとは思いませんでしたわ」

「ご、ごめんなさい」

「だから責めてないと、いえ、無駄ですわね。でも、覚えていて、私貴方の描いたデザインがとても好きですわ」

「ご、ごめんな……ありがとうございます」


 キッ!と睨むような視線で私の心がバキバキに折られる。


「そういえば、他にそういうのが好きな子に心当たりがありますわ。紹介して差し上げましょうか?」

「け、結構です。わたし……」


 席を立って思わず逃げ出してしまう。

 口をぽかんと開けて逃げる私を見送っている。運動が苦手な私の下手くそな走り方をみて笑っているのかもしれない。その日私は、ランドセルも持たずに帰ってしまった。

 次の日、学校に行ってみると先生に凄く怒られたし、一緒に西園寺さんも怒られてた。

 ただ、それなのに『ごめんなさいね。気が利きませんでしたわね。また、気持ちの整理が出来たらお話しましょう』といった手紙が私の机に置いてあった。まるで習字の先生のようなきれいな字で私のことを気に掛けたやさしい言葉が書いてあった。人気者の西園寺さんに気を使わせてしまった。


「……うっ」


 気分が悪くなって、私は次の日から学校に行かなくなった。

 自宅で勉強をして私のことを知っている人のいない私立の中学校に行くことを決心した。


 ―――


「……」


 また教室の端っこで服のデザインを描いていたら。話しかけてくる人がいた。謝罪したくなる気持ちをぐっと堪える。きっと震えるチワワみたいになっていたに違いない。


「あれ?なにか変なこと言った?」

「いえ……あの……飯田さん……でしたっけ」


 彼女は明るくてクラスの中心人物の『飯田さん』、放課後の予定が詰まっていて誰とでも仲良くしている印象がある。成績優秀、運動神経抜群というわけではなく、全てにおいて上の下みたいな成績を保っている。それゆえなのか皆から頼られることも多く常に輪の中心にいる。


「うん、そうだよ。水城さんだよね!いいデザインだね。服とか作るの好きなの?」

「あの……はい……」


 もうこの時点で胃痛で吐きそうになっていました。逆流性食道炎で病院通いにならなかったのが唯一の救いでもあります。


「えー、じゃあ今度一緒に生地買いに行こうよ!この前教えて貰っていいお店しってるんだ」

「えっ、あの……」

「あ、じゃあ被服部とか入る予定?私も部活は文化部がいいかなと思っているんだけど私も被服部入ろっかな」

「……いや……一人で……作るのが好き……なので」

「あ、そうなの?じゃあ、完成したら見せてよ。あっ、恥ずかしい?なら、私が今度作ってくるから感想頂戴!」


 マシンガントークとは言うが言葉の弾丸に思わずボロボロにされる。


「……ご、ごめんなさい……体調悪くて……」

「あ……ごめんね。じゃあ、保健室行く?」


 そうじゃないとは言えない気持ちが私を占める。


「……あのホントに……大丈夫なので」


 彼女は「そっか」といったら、またねと言って離れていった。

 彼女は間違いなく良い子なんだろう。私なんかに話しかけてくれるし、話題を合わせることも出来る。私なんかに本来関わる人間じゃないんだろう。


「……(すぅー、はぁー……帰りたい)」


 流石にもう私は急に帰ったりとかはしないが、既に凄く帰りたい。

 この数か月後クラスの子達が全くの初心者のだった飯田さんが被服部でコンサートを総ナメしたと聞いてなんだかデザインを描くことも嫌になった。天才達と一緒に過ごすのは私には息が苦しすぎる。

 デザインを描くことを止めた私はだらだらとアニメを見てはそこに出てくる制服やコスチュームを1から作って遊んでいた。

 後は学校に行っては帰るの繰り返し。帰ったらごはんとお風呂、睡眠の時間以外は服を作り続けていた。

 中学校は一応卒業したが、どうにも高校に入る気にはなれなかった。

 ネットでその作った衣装が売れるとまた、生地が買えた。そしてまた、衣装を作って売るとまた、生地が買えた。

 ネットはいい、他人に皆興味がないのに皆が私の出した作品を褒めてくれる。それに、声を出さなくてもいいからゆっくりと考えて文言を考えれる。ネットの世界だと私は自信をもって生きていくことが出来る。

 その繰り返しで何とか今まで生活してくることが出来た。そんな中ある一通のメールが届いた。小学校の頃に同級生だった『西園寺さん』だった。今では大企業の敏腕社長でインタビューを受けているのを夕方のテレビで見た。


『お久しぶりです。小学校の頃同級生だった西園寺 百合子です。覚えているでしょうか?SNSで評判になっていた作品のことを調べるとあなたが出てきて驚きました。そして今回連絡をいたしましたのは、端的に言ってうちで働きませんか?優秀なパタンナーが必要になりましたの』


 そんな感じのことが書いてあった。最初はぜんぜん受けるつもりなんてなかった。誰かが作ったデザインを協力して、パターンを仕上げるなんて私には到底無理に思えたからだ。


『デザインのデータを添付しておきますわ。それを見てからから判断してもらえると嬉しいですわ』


 そんな文言と共にデータが添えられていた。


「……」


 凄いデザインだと思った。

 テレビを見て衣装を作るだけの私とは違うと思った。

 これがプロのデザイナーなんだと思った。


「やって……みたいな」


 そう思ったころにはもう手に生地を持っていた。

 その次の日には大きな段ボールが届いた。


「これも……凄い」


 パターンだった。プロのパタンナーの人にも私の技術は負けていないと自負している。でも、このパターンはデザイナーが何を考えてどんなポイントをアピールしたいのかがよく考えられそれを最大限に。


「……でも、こことか……こうしたら……うん綺麗、縫い目もまだ少し荒いけど」


 技術の面で足りないところはあるのかもしれないけど、これがプロのパタンナーなんだと感じた。

 こんな人たちと並んで……は無理かもしれないけど、少しこの人たちのお手伝いが出来たらいいなと思うようになった。


『凄く良いパターン、完成されたパタンナーの在り方の一つ、ただ技術が足りていない部分も見える』


 ネットでの強気な口調になってしまっていた。昔の西園寺さんや、飯田さんに怯んでいた私じゃない、自分で売って自分で生地を買って仕事をするプロなんだって思ってた。


 ―――


「そんなのハリボテだよ……私はヘタレでその上コミュ障で……こうやって仕事に穴もあける……全然プロなんかになれてない」


 陰鬱な気持ちが漏れ始める。もう死ぬしかない。と思っていたらインターホンが鳴り響く。


「さ、西園寺さん……かもしれない……どうしよ」


 怯えながらもインターホンの画面をのぞき込む。すると、会社で会った人だった。


「あ、あの水城さんのお宅ですよね。良かったら少しお話させてもらえませんか?」

「あ、あの、この前は……!あの!」


 急に逃げてしまったことを謝ろうとするが全然言葉が出てこない。急に逃げておいて何を弁明できるというのだろうか。


「よかったら、ケーキ買ってきているので。一緒に食べませんか?」

「えっ、あの……はい」


 謝ることでいっぱいいっぱいの頭を落ち着けるようにケーキの箱をみせてきた。


 ―――


「えっと、お久しぶりです。『才川 優』って言います。デザイナーや、パタンナー色々やらせてもらってるんですけどって一度自己紹介はしましたね」

「あ、あの水城です……この前は……あの……すみませんでした」

「いえ、びっくりしましたけど、急に誰もいないと思ってた部屋に誰かいたら驚きますよね」

「……あの……すみません」


 謝るたびに少し才川さんが苦笑いを浮かべてる気がする。


「それで……なんですけど」と言って取り出したものは一枚のデザイン画と服だった。

「パターンについて教えて貰えませんか?」

「あ……えっ……」

「いや、私自身技術足りていないのは思ってたので教えて貰えたらなーと」


 あっ、パターンの技術が足りてないなんて西園寺さんに言ったのが伝わってるのかもしれない。


「あの!ホントに、悪いパターンってことじゃなくて……!手法とかが……まだ知らないのがあるんじゃないかって……!思っただけで……!」


 思わず声が大きくなる。才川さんも私がこんな大きな声を出すと思ってなかったのかもしれない、驚いた顔をしている。


「はい、だから……手法教えて貰えませんか?」

「えっ……あの、私なんかに教えて貰うより……ほかの……」

「パターンが出来るの水城さんだけなんですどうか、教えていただけませんか?」

「私なんか……じゃ」

「……」


 何も言わずに私の返事を才川さんは待っている。


「今日のところは一旦帰りますね。また、明日来ますね。あ、これどうぞ残りのケーキも食べちゃってください」

「……あ、あの……はい」


 いや、やめよう。多分この人は断っても来るだろう。西園寺さんと同じ目をしている。一度言ったら止まらない目だ。

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