第15話
「21時にならないと荷物が届かない?」
配達員の人から連絡が入った。どうやら、交通事故に巻き込まれて荷物が届くのが遅れるそうだ。せっかくいい生地が見つかったから明日には取り掛かれると思ったのに。
「咲ちゃん今日は先に帰っといてもらえる?」
やっぱり明日には取り掛かりたい。今日中に受け取って明日にはスムーズに始めてしまうのがきっといい。
「じゃあ、ご飯どうする?」
咲ちゃんは頷いて、考えるように首を傾げて聞かれる。
「ごめん、何か適当に外で食べて帰ってて」
「いいよ、いつも優ちゃんに甘えてばっかりだったからね」
問題ないよ、という風に優しく笑って気遣ってくれる。
最近はわたしもデザインを作る上でちゃんとやりたい事が見えてきた気がする。早く「色んなデザインを試してみたい」そういう気持ちが私を急かさせる。そしてあわよくば、咲ちゃんの作った服とコーディネートしたい。
「じゃあ、咲ちゃんお願いね」
―――
「んー、残業って久しぶりだなぁ」
前の会社でもあんまり残業はなかったし、この会社に入ってからも一度も残業が無かったから新鮮な気持ちになる。
花さんに連絡を取ったら「それはしっかり残業つけといてください」と言い含められてしまった。待ってるだけだからタイムカード切ってしまおうと考えてたけど、絶対にやめてくださいと怒られてしまった。何もしてないのに残業代を貰ってしまうのも後ろめたいので新しいデザインを起こすため机へと向かう。
「……ん?もう来たのかな」
遠くから小さく歩く音が聞こえてくる。荷物を受け取ろうと部屋の入り口へと向かうため席を立つ。
「お疲れ様です」
部屋に入ってくるタイミングを見計らって配達員の人に挨拶をすると。
「きゃああああああああああああ!」
その女性の配達員になぜか叫ばれてしまった。
しかし、よく見ると配達員という恰好ではなかった。
「ご、ごめんなさい。驚かせるつもりは無くって」
腰を抜かして手に持っていた段ボールを落としてしまった彼女に手を差し出す。
「あ、あ、あの、ごめんなさい」
手を取るか迷った挙句自分一人で立ち上がって目を伏せて謝った。
落してしまった段ボールには、箱いっぱいに服が入っていた。
「ん、このデザイン……私の作ったものですねって。あぁ!社長の言ってたパタンナーの人ですね。初めましてこの服のデザイナーをしました『才川 優』です。よろしくお願いします」
首からかけている社員証がゲスト用ではなく、このビルの物であることからも多分この人が西園寺社長の言っていたパタンナーの人だろう。名前は『水城 葵』さんというらしい。
「あ、あの……ご、ごめんなさいぃぃいい」
「えっ、あ、あのちょっと」
目を伏せてわなわなと震えたと思ったら、バラバラになった段ボールの中身もそのままに謝りながら走って出て行ってしまった。
「……行っちゃった」
取り残された服を一つ手に取ってみる。
「すごく可愛い……」
デザイン画の状態がそのまま服になったようなむしろ可愛くなっているようにも見える。
「それにこの生地も凄く良いどこでみつけたんだろう」
肌ざわりが良くて凄く良い。それだけじゃない。柔らかそうにみえて意外と生地がしっかりしてる。それに凄く丁寧な縫合で違和感を感じさせない。
「……すごい」
私のパターンなんかとは比べ物にならないほど完成度が高い。技術力もそうだし発想力が凄い。生地の使い方が凄く巧い。
「西園寺社長を通して今度合わせて貰わないと……っ」
少しでも何か掴めるものがあるかもしれない。
「……とりあえずこの大量のパターン明日咲ちゃんと見なきゃ」
服を段ボールへとしまう。
「宅配便でーす。荷物お届けにあがりましたー」
「あ、夜遅くまでお疲れ様ですー」
丁度宅配便の荷物が届いた。自分の頼んだ生地を使って明日咲ちゃんのデザインを早く仕上げたい。
「今日は遅れて申し訳ありません。すぐに代車は用意したんですけど、こんな時間になってしまって」
「いえ、大丈夫ですよ。今日中に届けてもらってこちらこそありがとうございます」
申し訳なさそうに頭を下げる配達員から貰った伝票にハンコを押して返す。
「そう言って貰えると助かります」
配達員はもう一度ぺこりと頭を下げて帰って行った。
「……今日はとりあえず帰って早く明日に備えよう」
手がうずうずしてくる。あまりにも強烈な才能に思わず気持ちが焦ってしまう。理性でしっかり気持ちを抑える。今から作り始めたら朝になってしまう。咲ちゃんに心配させるのもまずい。
一刻も早く帰ろうと帰宅の準備を進める。
―――
「ただいま」
靴を脱ぎながら家の中にいるはずの咲ちゃんに声を掛ける。
「……ん?まだ帰ってないのかな?」
部屋の電気がついてるからそんなことはないはずだけど、もしかしたら早く寝たのかもしれない。そう思って静かに部屋のドアを開ける。
「……っ」
凄いスピードで紙にデザインを起こしていく。こっちが恐怖で震えそうになるほどの集中力。雰囲気にのまれてしまいそうになる。こんな咲ちゃんを見たのは学生の時に見た以来だ。確かアレはコンクールで賞を取るとったときのデザインを上げないといけない締め切りぎりぎりの日だったはず。何度も何度も描き直してはの繰り返し。咲ちゃんは普段ならゆっくりと自分の作りたい物をつくるが、その日だけは違った、ぜんぜんアイデアが出なくて、煮詰まっていた時突然糸が切れたかのように自分の世界に入ってデザインを描き続けた。朝から日が暮れてもそれは終わらず休むこともせずにデザインを吐き出し続ける機械のように止まることなくデザインを生み出した。周りの同級生も一切声をかけることが出来ず。最後の1枚を描き終えて電池が切れたかのように眠るまで私もそばで自分の作業することしかできなかった。
でも、なんだかあの時はもっと淡々とデザインを描いてた気がする。
(それに比べて今は……苦しそう)
「咲ちゃん……」
肩を少し叩く。
「えっ、あっ優ちゃん。今帰ったの?」
気が付いていなかったみたいだ。咲ちゃんがあんなに苦しそうにデザインしてたの初めて見たのが衝撃的過ぎていつものように笑えているか自信がない。
「うん。ただいま。帰ってからもデザインしてたの?」
「お帰り。そうだね、帰ってから少しだけ描いてた。キリもいいし、わたしは寝ようかな」
少しだけ……というには圧倒的な量のデザイン画を見る。
「……もう今日もわたし疲れちゃったからお風呂入ったら寝ようかな」
どう声を掛けたらいいかわからないまま、私は風呂場へと着替えを持って逃げた。
(西園寺社長の言ってた意味が分かった気がする。いつも楽しそうにしてた咲ちゃんと一緒には思えない……どうにかしてあげたいけど……そもそも咲ちゃんは服を作るのホントは楽しくなかったのかな……)
「……でも、咲ちゃん私には今まであんな姿見せたことなかったんだよね……」
不安な気持ちを誤魔化す様に服を脱ぎ捨てていく。
社長はもしかしたらそういうとこまで見抜いていたのかもしれない。そういう意味で少しよく見ていてって言っていたのかも。
「……」
ゆっくりと風呂場に入り、全てを洗い流す様に頭からシャワーを浴びる。冷たい水で少しずつ頭が冷えて冷静になっていく。
「私が動揺してたら駄目だよね。私は咲ちゃんの才能を今まで一番近くで見てきたんだ。私は咲ちゃんを信じて一緒に楽しく服を作って行こう」
強く決心をする。というより、初心に帰る気持ちで。いつものように仕事を、デザインをしていこう
―――
「……水城さんと連絡がつかない?」
次の日パターンのことを教えて貰おうと花さんに取り次いでもらったが一切連絡が取れなくなってしまったそうだ。
「何か心当たりはありませんか?いつもメールでやり取りしているんですけど」
「えっと……」
昨日あったことを花さんに伝える。
「あー……彼女極度の人見知りらしくて誰も居ない時間を狙って会社に来るって言ってましたから人が居てびっくりしたんでしょうね」
「それは凄く悪い事しちゃったかもしれませんね……」
「まぁ……後で何とか連絡とってみますね」
「じゃあ出来ればでいいんですけど……」
私が水城さんのことを怖がらせてしまったなら私が解決するのが一番だろう。それに私と葵さんはパートナーを組んでいくことになるんだから仲良くなっておいて損はないはずだ。
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